#5. バンクシーの願い
文字数 2,310文字
「ふえ? 妖精さん? なぜ、私をご存知なんですかあ?」
「あ、いえ、それは。いや、わたくしの事はいいのです。エスメラルダ。あなた、その服や靴は、お姉様……クラリスお姉様に買っていただいたものでしょう? まだ一年も経っていないはずですのに」
エスメラルダに聞き返され、アリスは言葉を濁して逃げた。エスメラルダは、アリスを知らない?
「ふわあ、良くご存知なんですねえ。て、え? お姉様? にゅわあ! ふええ、そうなんですよお、ごめんなさいい。あれから、いろいろあったんですう。それでも、ここに来る前は、もう少し綺麗だったんですけどお」
ボロ雑巾のような少女は、慌ててぺこぺこと頭を下げた。何度も何度も頭を下げた。顔の半分以上を隠している前髪が、その度にめくれ上がってはまた下がる。
ん? この少女、大きな翡翠色の瞳が、随分と目を引く顔立ちだ。身なりを整え、おどおどとした表情をなんとかすれば、かなり見栄えしそうな子だが……あえて野暮ったく見せようとしているかのような気がしてならない。
「そっか。今日来る予定の子って、この子の事だったんだ。よろしくね、愛だよ。愛はね、倭の国から来たの」
愛はバンクシーへと構えたまま、エスメラルダに挨拶した。
「あ。し、知ってますう。クラリスさんからの書簡で、多分そうなるって……あ、私はエスメラルダ・サンターナですう。エルサウス方面の、ガラトゥーザって街から来ましたあ。よ、よろしくお願いしますうう」
エスメラルダは、再びぺこぺことお辞儀を繰り返した。おかげでキャラメル色の長い髪が落ち着き無く暴れている。
ううむ、何と言う卑屈な子なのだ。これは虐めたくなるタイプである。……あ。いろいろあって、とはこれが原因か? ここへ来るまでの間に、この騎士のように絡んで来る者がいたのではないだろうか? あちこち怪我をしているようだが、すでにかさぶたになっている箇所がある。そこは、この騎士以外にやられたのが明白だ。
「くっ。なんと苛々する女だ。こんな子が、シールド騎士に? なんとふざけた人選なのだ。これが、これが許せる事なのか? 他の皆は、なぜ諾々と従えるのだ? 俺には、とても耐えられない!」
抜き放たれたバンクシーの剣が、カタカタと音を立てている。怒りに震えているようだ。
「お黙りなさいな、バンクシー。クラリスお姉様への故なき中傷は、このわたくしが許しませんことよ。エスメラルダ。あなたも、何故言われるがまま、やられ放題にやられていたのですの? あなたの力をもってすれば、バンクシーなど全く相手にならないはずですのに」
「な! なんだと!」
「ふえっ? ふええええ!」
クラリスを批判するようなバンクシーに、アリスも挑発で応戦した。一度は我慢出来ても、二度目は無理のようだ。これで、この場を止める者はいなくなった。愛も暴走しかねない。
一方、エスメラルダは手をぶんぶん振ってアリスの言を否定している。アリスがここまで言うのであれば、こんなエスメラルダでも、かなりの実力を有していると見るべきか。エルザ=マリアの例もある。クラリスは、人格品格等は度外視し、実力本位で新メンバーを人選したのかも知れないが……このエスメラルダを見ていると、それも疑問に思えて来る。
「面白い。では、試してやろう。小娘! 俺は、貴様に一騎打ちを申し込む!」
「ふえええええ! うにゃあああああ!」
エスメラルダは泣きながら猛烈な勢いで首を振った。キャラメル色の髪は、びたんびたんと自らの頬を叩いている。
「嫌がってるからダメ! 愛がやる!」
「ふぁふふぁふ、ういいいい」
腕まくりして前に出た愛。今度は首をがくんがくんと縦に振るエスメラルダ。こんな子たちを相手に、真剣に一騎打ちを申し込むバンクシーが、私にはピエロに見えた。
「愛もダメですわ。あなた、まだ騎士ですらありませんのよ? 倭の姫が地位ある騎士と戦えば、下手するとアヴァロン対倭の国の、戦争に発展しかねないんですのよ!」
「アリスちゃん。でも!」
「ふあっ!? そ、そんなの、私、困りますう! 私のせいで戦争なんて、死んでもお詫びし切れませんようおうおうおう!」
「ええい、うだうだと鬱陶しい! もはや誰でも構わん! 俺と戦え! そして、打ち負かしてみせろ! いっそ殺してくれてもいい! 我慢ならん! 納得いかん! だが、戦い、負けて死ぬのなら清々しいわ! 頼む! 俺を助けると思って、戦ってくれい!」
「そこまで言うのであれば、わたくしが」
「いや、愛が!」
「ふあああー、やめやめやめ、てえええー!」
もはや、場はぐだぐだだった。どうなる事かと周りで見ていた群衆も、もはや苦笑いを浮かべている。なんともぴりっとしない元シールド騎士及び現シールド騎士、そして騎士候補たちだ。この時、こんな人材たちにアヴァロン皇国の柱たる王族護衛が務まるのか、という心配しか、私には無かった。
「お前たち、何をしている」
その時、落雷の如き声が轟いた。
「あ」
「うっ」
「ああっ、あ」
愛、アリス、クラリスが同時に振り返り、声の主を確認した。
「む、う。クラリス。ディム・クラリス、か」
バンクシーは、静かに歩いているだけにも関わらず、まるで炎を纏っているかのようなクラリスの威圧感に、足を引いてたじろいだ。