#12. 隻眼の炎
文字数 1,084文字
だが、意外な方面が騒がしくなってきた。飛空船の向こうの地平、エールスタへと続く細くうねる街道から、砂煙を上げて何かがやって来る。微かに聞こえる金属音。そして地響き。馬の嘶き。あれらは行軍により発生する特徴だ。どうやらあれは。
「むう。来おったか、マーグレイヴ・レオパルディ……」
将軍が唸った。私の遠視によれば、あれは確かにマーグレイヴ(辺境伯)・レオパルディの騎士団だ。今時、フルプレートメイルを着込む重騎馬隊を主とした古めかしい軍など、彼の騎士団しか存在しない。銃士隊の登場により、鈍重な重騎士は弱体化したからだ。
それでも、レオパルディは古式ゆかしき騎士の姿を頑なに継承する。レオパルディは教皇に賜ったその使命により、伝統を重んじるのだ。彼らの名は【聖地守護騎士団】。偽りの聖地を愚直に護る、アヴァロン建国と同時に設立された騎士団なのだ。
「ふうん。余裕ぶってるのはあれのせい?」
愛はクラリスに刀を突きつけたままがっかりしている。クラリスを倒そうが、あれがここに到着すればやはり倭は滅亡する。聖地守護騎士団の軍勢は1万ほどあるだろう。レオパルディは総勢を率いて来たようだ。今までの局地戦とはわけが違う。あれは本気のレオパルディだ。
「ん? ああ、邪魔が来たようだな」
クラリスは軽く振り向くとそう答えた。
愛の指摘は的外れと言う事だ。それはそうだろう。クラリスが軍を頼りにするのであれば、すぐ真上にある兵が、とっくにここに降りている。
「どっちでもいいや! 今すぐ斬るから!」
愛は刀を引いてつま先を蹴り出した。クラリスは「ふ」と鼻で笑っている。
おかしい。そもそも、クラリスは最初の突きで刀の柄頭ではなく、愛の首を狙えばそれで終わらせる事が出来たはず。柄頭を押さえていた時も、自由な左手で短刀を使う事も出来た。騎士は主武器である剣とともに、腰の後ろに短刀を差している場合が多い。1流の騎士であれば、それを持っていない方がおかしいくらいだ。つまり、クラリスには愛を倒す機も手段も2つはあった。それをせず、今も手ぶらで愛を迎え討とうとしている。
この騎士は、危険だ!
(止まりなさい、愛!)
私は咄嗟に思念で呼び掛けた。無数の激戦を経てきた私の勘が、そうさせた。
「ふふふ。どこを焼けば大人しくなるかな、この野蛮な姫は?」
ぞっとする台詞を吐いたクラリスの隻眼の中に、紅蓮の炎が揺らめいた。