#6. 宿命は飛び降りた
文字数 2,130文字
「ああっ!」
その様を見て、愛は悔しげに唇を噛んだ。
「凄いや。あの光、硬い。でも」
(愛? 笑った?)
愛は笑った。両手にはまだ手斧が握られている。この子は、何かを思いついている!
「そこだっ!」
言うが早いか、愛は再び両手の手斧を投げつけた。
「おおおお!」
「さすがは姫様!」
最後の二本の手斧は、飛空船の底部を突き破った。愛は魔法障壁に阻まれた手斧が燃え尽きる前に、さらにそこに手斧をぶつけたのだ。その結果、手斧は魔法障壁を突き破り、飛空船に到達した。正確無比の、素晴らしいコントロールと桁外れの運動エネルギーの成せる業だった。当たりどころが悪かったのか、手斧の穿った穴からは、炎が噴き出した。
「見よ! 燃えておるぞ!」
「空飛ぶ船とは言え、船は船! 木材で出来ておるのなら、あの炎はまずかろう! 空の上ゆえ、水も無し! これは勝負あったであろう!」
炎を指差し、侍たちが歓喜した。
ふふ。無邪気なものだ。あの飛空船は、そんなに脆く出来てはいない。魔導炉の圧倒的魔力から生み出される魔法障壁を力尽くで打ち破る愛の馬鹿力には驚くが、所詮はそこまで。あれを沈めるにはまだ足りない。
「ようし、コツは掴めた! 斧は……、もう無いみたいだけど、その辺の岩でも同じ事が出来る気がする!」
御家老に手斧を請求するも、腕を大きくクロスされた愛は、本当に道端にある大岩を両手で引っこ抜いて振りかぶった。
あんな小さな手斧であの威力。これはもしかすると、本当に飛空船を落とすかも知れない。いや、そんな馬鹿な。足りない足りない。足りないはずだし、そうでないと困る。あの飛空船はアヴァロン皇国の権威の象徴でもあるのだ。こんな方法で落とされては諸外国への示威も地に落ちる。これ止めた方がいいかな?
「エンヤ!」
逡巡する私に喝を入れるかのような東条将軍の、怒声にも似た指示が飛んだ。
「はいな」
と、突如として、何もない所から老婆が現れた。老婆は私の背後、つまり愛の後ろから、滑るように接近する。足音が無い。気配も無い。まるで影のように、自然に愛のすぐ後ろに立った。
「せえーのー!」
愛が大岩を投げようとしている。
「やめなしゃれ」
「ふべっ」
が、それを老婆が愛の足を払って阻止した。愛は前のめりにずっこけて、大岩に強か顔を打ちつけた。愛は姫である前に、一人の少女だ。この止め方はいかがなものか。
「いったあーいっ! 何するのお、エンヤあ!」
愛が顔を押さえ、涙目で抗議した。
「将軍様が、やめれと言うておられるゆえな。やめろ言われたらやめなあかんえ、姫しゃま。かっかっか」
痛がる愛を愉快そうに笑うこの老婆は、エンヤさんと言う。真っ白な髪を頭上でひっつめ、地味な着物を召した、小さな小さな老婆である。これが愛が赤子の頃より養育者を務めた乳母なのだ。
何しろ、出生と同時にこの怪力を発揮していた愛だ。並の者では養育係など果たせない。この老婆でなければ、愛を無事ここまで育てる事は不可能だったはずだ。
私が愛の力を抑えつければ普通の赤子として育てる事も出来た。が、私はそれをしなかった。私は私の力を知られる事を良しとしない。然るべき時が来るまで、私の能力は秘匿しなければならない。
私は、この地上で、2番目に強大な魔力を持つ。獣人王ウィンザレオ、竜王ゲオルギウス、妖精王オベロン、魔王ディアボロら4大王とて私の敵足り得ない。彼らですら、私からすれば雑魚でしかない。……いや、訂正しよう。妖精王だけは相手にしたくない。妖精王だけは倒しようが無いからだ。
「だってエンヤ! あんな船が街の上に来たら……、あれ?」
エンヤに文句を言おうとして、飛空船を指差した愛が何かに気づいた。
「ふぉっ? あれは」
シワだらけでどこが目なのか判然としないエンヤも、愛の視線を追い、それが何かを言おうとして、止まった。
「人、だね? 女の人みたいだけど……」
愛がエンヤの後を受けたが、困惑は隠せない。なぜなら愛たちの見たその女性は、空中にあるからだ。それは飛空船から飛び降りたとしか思えない。ならば自殺か? わざわざ今? 愛とエンヤの脳内には、そんな疑問が渦巻いたのだろう。
「あ、ああ。ぶつかるっ!」
女性が自然落下に従い地面に激突しようとしている。瞬間、愛が目を覆った。人がミンチになる瞬間など、誰だって見たくない。私は割と平気、どころか好きなのだが。
しかし、そんな心配は無い。この女、私にとっては見慣れたマントを羽織り、風で目一杯に広げている。
それはこれを見ろと言わんばかりの自己主張。この女にとって、そのマントはそれほど誇りある物なのだろう。
それはそうだろう。そうでなくては困る。
それは限られた、選ばれし者のみが着用を許される強者の証。アヴァロン皇国最強の騎士団の一員である事を示す印なのだから。
それは【シールド騎士団】のマント。
それも、団長専用仕様のマントだった。