#7. クラリス・ベルリオーズ
文字数 1,330文字
衝撃も音も無いので、愛は恐る恐る目を開けた。というか、戦闘中に目を閉じるとは何事かと叱りたい。今、自分で戦闘に入っておいて、随分と油断したものである。
「ほう」
葦毛の馬上にある将軍が、その女性の美しさに唸った……事にしておきたい。あの高さから落下して、何もなかったかのように静かに佇んでいる事にまず驚くべきだったが、私はそちらに目を奪われてしまっていたからだ。まあ、指輪である私に目は無いが。
夕陽の海原を思わせる、ウェーブかかった長い髪。その長身を支える、すらりと伸びた四肢。特筆すべきはその美貌なのだが、左半分は赤い仮面に隠されていた。仮面に目の為の穴は無い。あれでは左目は見えないはずだが……。
「うわあ……きれい……」
愛も知らずに嘆息している。見開かれた目は、瞬きを忘れたようだ。
凛として立つ彼女は、一般のアヴァロン兵と同じ砂漠色の軍服を着用しているが、下は市販の丈の短いスカートだった。軍服は中程のボタンまでしか留められておらず、胸の谷間がかなり目立つ。どうやらその胸のせいで、ボタンが留められないのだろう。それは巨大な胸だった。
団長専用の、シールド騎士団紋章の描かれた純白のマントは、左半身を隠すように覆っている。これも、正規の着用方では無い。服装の乱れが目立つ女性ではあるが、それが不思議とだらしないどころか厳かにすら映る。これは彼女の騎士としての誇りが、内から溢れ出しているからか。纏う空気がぴんと張り詰めている。全ての者に、一目で只者では無いと分からせる空気だ。
「おんやあ? あれはいけないやつですぞえ、姫様。ひゃっひゃっひゃっ」
「エンヤ?」
エンヤが皺で塞がっていた片目を開けた。愛は驚いてエンヤを見た。こんな事を言うエンヤを、私は知らない。つまり、愛にも初めての事になる。
「腰に剣を佩いている。剣士か」
「一人とて油断するな」
「みな、柄に手をかけておけ」
遠巻きに侍たちが警戒している。武の達人たる彼らには、彼女の危険さが私以上に分かるのだろう。
不意に、彼女はその長い足を包むブーツを、かつんと地に打ちつけた。「!!」侍たちが、音に驚く鼠のように、びくりと体を震わせ硬直した。
そして、彼女は口を開いた。
「我が名はクラリス! アヴァロン皇国王族専属護衛騎士団【プリンセス・シールド】団長、クラリス・ベルリオーズである!」
透き通るその音声は、その場を完全に彼女の空気に染め上げた。
「礼を尽くし、事前に訪問の使者を送った我らアヴァロン皇国訪倭使節団に対する、問答無用の先制攻撃が行われた! この無礼はいかなる理由によるものか! 倭への釈明を要求する! 返答次第では、こちらも報復措置を取るが、よろしいかっ!」
彼女は激怒していた。その怒声は大気をびりびりと震わせた。これは、彼女の魔力の奔流だ。凄まじい魔力量が溢れている。
ほほう。人間にしては、なかなかだ。
歴代のシールド騎士団を知る私は、過去の団長たちと彼女を即座に比較していた。
(ふふふふふ。いい素材だ)
クラリス・ベルリオーズ、か。
彼女は期待出来そうだ。