#8. エスメラルダは脱がされたい
文字数 3,222文字
王城の中、騎士待機室で、例のメイドが腰を折った。黒髪の清楚なメイドは、今日もやはり有能過ぎた。
「分かっている。急かすな」
下着姿のクラリスが、マホガニー製の重厚なテーブル上に綺麗に折り畳まれた服を、その赤い隻眼で親の仇のように睨んでいる。
そろそろ9時を回るところ、落ち着いた室調の待機室も、すっかり朝日に満たされた。それに照らされた塵が、ダイヤモンド・ダストのように煌めいている。
「ねー、これ、どうやって着るの? ねーねー」
愛は全裸だった。クラリスと同じく用意された制服を、何も考えずにばんばん広げては床に並べて眺めている。
「愛様。まずは、そこのシャツを着るのです。私がお手伝い致します」
「ホント? ありがとう! あ、ねえ。ところであなた、なんていう名前なの? 教えて教えて!」
「名前、でございますか? ……いえ、私などの名前をお知りになる必要はございません。今まで通り、メイド、とお呼び下さいますように」
「えー? 愛が知りたいのにー」
「申し訳ございません。しかし、勿体無いお言葉には感謝いたします」
メイドは後ろから愛の腕にシャツの袖を通しつつ、丁寧に頭を下げた。変なメイドだ。名乗ったところで、特に無礼でも失礼でもないはずだが。むしろ、聞かれて答えない方が失礼にあたる。何か、どうしても名乗りたくない理由がありそうだ。
「ふひい、ふひいいい」
エスメラルダは脱衣室の時と同様に、服を脱ぐのを躊躇っている。視線は私に固定され、噴き出す汗はとめどない。服は脱衣室でメイドから提供された物に着替えている。きれいさっぱりとしたエスメラルダは、思った通り、かなり可愛い部類に入る子だった。しかし、やはり長い前髪で目を隠したいようだ。
それにしても、すでに大浴場で私に全裸を見られているのだから、下着姿になるくらい平気では? なんと諦めの悪い子なのか。おい、やめろ。そんなに凝視されては、さすがにクラリスに気づかれる。やむを得まい。
(操魂潜法!)
私は、ネクロマンサー固有の魔法をエスメラルダに放った。そのまま放てばクラリスやアリスに感づかれるので、魔法本体である緑の蛇の周りには、ステルス機能を付与した。これで、誰にも気づかれずにエスメラルダの体内に潜り込ませる事が出来るだろう。
ただ、エスメラルダの魔力回路は精神感応系、それもかなり強力だ。ステルス重視で出力を最低限に抑えたこの魔法が、通用するか?
「ふにゃああああっ!」
果たして、魔法はエスメラルダの中に潜入した。こんなにあっさり私の魔法を潜伏されられるとは思っていなかった私は、肩透かしを食らった形だ。まあ、いい。すぐにエスメラルダの操作に取り掛かろう。
「うにゃ、むに、ふああああっ!」
私はエスメラルダの体を操り、早速着替えを始めさせた。上着を脱ぎ捨て、シャツの胸をがっちり掴み、左右に思い切り開き切る。ボタンが千切れ飛び、エスメラルダの豊満な胸がぷるんと外に飛び出した。私は構わず袖を引き抜き、シャツを床に叩き付けた。脱ぎ方、雑。
「うわあー! えっちゃん、凄い脱ぎっぷりだねー!」
シャツだけ着た姿になった愛が、エスメラルダ、と言うか、私の派手な脱ぎ方に拍手した。
「ええー……? わたくし、エスメラルダのイメージが、完全に崩れていくんですけれど」
アリスは顔を顰めている。アリスも小さなシャツに袖を通したところだ。やはり背中の翅は上手に穴に通している。妖精用の服を作れる者などいないはずだが、これは大したものだ。
「ダメダメダメえ、それはダメですううううーーーっ!」
私のエスメラルダのスカートに手をかけた。何がダメなのだ、何が。脱がねば制服に着替えられない。ダメもクソも無いのだ。私はずばっとスカートを脱ぎ捨てた。が、手元が狂って下着も一緒に下ろしていた。
「いやああああーーーっ! ももももも、もうお嫁にいけませええええーんっ!」
エスメラルダは滝のような涙を流し絶叫した。アホか。今時、下着姿を見られたくらいで嫁に行けなくなるわけがない。大体、そんなのは今更だ。だから、もう全裸も見られていると言うのに。
そもそも、エスメラルダのプロポーションは素晴らしい。見られたところで、泣くほど恥ずかしいものでも無いだろうに。それにしても、愛と一つしか違わないのに、これほど完成するものなのか。ううむ、これは素晴らしい肢体だ。是非、愛にも見習ってもらいたい。まあ、私には関係の無い話だが。
「エスメラルダ……お前、一体どうしたのだ? 言っている事とやっている事がバラバラだぞ?」
さすがにやり過ぎたのか、クラリスがとうとうこちらに猜疑の眼差しを向けてきた。これはまずいな。
「いいええ、私には、これが普通なんですよお。私、叫びながら脱がないと落ち着かないというか、もう癖になっているのでえ。今は、野性的な殿方に、無理やり衣服をはぎ取られるというシチュエーションを妄想しながら脱いでいたんですけれどお、やっぱり、これが一番興奮するんですよねえー。はあはあ」
咄嗟に、私は怪しまれないような嘘を捏造し、エスメラルダの口から言わせた。我ながらうまい言い訳だ。これならば、クラリスにも怪しまれまい。
「なん、だと……? そ、そうか……お前には、そんな趣味があるのだな。……意外だったが、何も言うまい。趣味は人それぞれ、自由に楽しむべきものだから、な」
良し。クラリスは納得したようだ。言っている途中から視線が冷たくなり、外の方に向いてしまったが、特に問題は無いだろう。おかげで、首をぶんぶんと横に振って涙を撒き散らしているエスメラルダも見ていないようだ。
この子、私の支配から部分的にでも抵抗出来るとは、やはりかなり使い手だ。油断すると断ち切られる。手を抜かないようにしなくては。
「……エスメラルダ……わたくしも、気にしないようには致しますわ……けど、けど……」
「ひがっ、ちが」
おっと。今度は口が反抗した。しかし抑えた。そして、アリスのエスメラルダを見る目も氷点下だ。あんなに優しいアリスでも、こんな目をする時があるのか。私はアリスへの理解を深めた。
「お姉様、人の事を言っている場合ではありませんわ。お姉様、まだシャツも着られていないではありませんの」
着替えを終えたアリスは、クラリスの元へ飛び去った。ん? 小さくて良く確認出来なかったが、あれが新プリンセス・シールドの制服か? んんん? 皆、あのデザインなのか? いや、まさか。
「う、うるさい。こんなにボタンの多い服、そう簡単に着られるものか。私は、片腕になってから、まだ日が浅いのだ」
「もー。それならそれで、わたくしに仰って下さいな。そしたら、お手伝いいたしますのに」
片手でシャツのボタンと格闘しているクラリスに、私は違和感を覚えた。随分と不器用な子のようだ、と。一時はキングス・シールド団長にまでなった騎士が、こんなに不器用なものだろうか、と。
「着られたー! ありがとう、メイドちゃん!」
「どういたしましてでございます、愛姫」
着替えを終えた愛が、嬉しそうにくるくると回っている。て、え? サイズがぶかぶかなのは、まあ、とりあえずいいとして。
なんだ、あのデザインは!? こんな制服はあり得ない!
「うおおおお! なんだ、これはあっ!?」
こちらも着替えを終えたのだろう。クラリスが叫んだ。
「ふええええ。私も、早く何か着せて下さいいいい」
つい周りばかり見てしまっていた私は、下半身丸出しのまま、エスメラルダを放置してしまっていた。
ああ、すまないエスメラルダ。
お嫁に行くのは、もう諦めてもらおうか。