#4. 暴風翼の大戦斧

文字数 2,035文字

 ベルトランのとった仕草は、つい最近、倭の国でも見たものだ。それは!

「出でよ! 【ウイングド・ハルバート】!」

 振り払ったベルトランの手から、輝き出ずる物がある。それは翡翠色に煌めき、徐々にはっきりとした形を見せ出した。槍、か? いや、斧だ。長い槍のような柄の先に、翼のような形をした、肉厚な両刃がある。これは【戦斧】だ。それも大男であるベルトランよりもさらに大きな【大戦斧】だ!

「これぞ、我が神器(アーティファクト)ウイングド・ハルバート! 暴風翼の大戦斧の力、その身でとくと味わうがいい!」

 ベルトランはその重厚感溢れる大戦斧を、軽々と頭上で回すと、私に向けてぴたりと止めた。

 ほう、これが暴風翼の大戦斧、か。教皇猊下がなかなか下賜されなかった神器だが、とうとうこの男に与えたのか。こんな人類とも思えない面貌の男が、そんなに気に入ったとは意外だった。教皇猊下は面喰い傾向があるからな。

「ああ、きみ、少し待ちなさい。その神器、きっと凄まじい威力を持つものだと推測するが、こんな所で振るうのは危険では? すぐ後ろには、教皇猊下がおられるはずです」

 どうも血の気の多そうな男に見えたので、私はこれも一応問い質した。ツインタワー最上階は、アヴァロン皇国執政の象徴だ。これを吹き飛ばされてはさすがに困る。

「敵のくせに、妙な気遣いをするやつだ。だが、心配はいらん」

 ベルトランは柱に刻まれている鷹の彫像の頭を掴むと、左にぐりっと回転させた。直後、壁や天井の絵画や床のふかふかカーペットに、大小様々な魔法陣が浮かび上がった。

「なるほど。これならば大丈夫と」

 私は頷いた。そう言えばこんな仕掛けもあったな、などと思い出す。

「分かっておるではないか。そう、これは王城の魔導炉を利した魔法障壁よ。しかも、対物理力障壁と対魔法力障壁の2重障壁となっている。これならば、存分に戦えるというわけだ」

 ベルトランがにやりと笑う。おかげで無気味さが三割ほど増した。もはや直視に耐えられる顔ではない。

「うっ。自慢なのは分かりますが、その顔をこちらに向けるのは反則では? 顔を見て戦えない相手など、まるで異世界神話に登場するメデューサのようではないですか。これは卑怯との誹りを受けても仕方が無いと思われます」

 私は、思った事は言わなければ気が済まないタイプだ。生まれつきだろうが事故によるものだろうが、醜いものは醜いのだ。本人の責任を問えない事柄ゆえ、こんな私も批判されるのは常なのだが、それでも言わせてもらえれば、こんな醜いものと対峙しなければならなくなる側に、責任はもっと無いはずだ。見なくて済めばそれでいいのだが、見なければならなくなったのだからこの責任は是非問いたい。

「そんな事は知らん。見たくないのならば、見なければ良い。それは貴様の自由だが、戦いに於いてこれは俺のアドバンテージになるだろう。ぐふふふふ。俺を煽り冷静さを奪う戦略だろうが、そんなものは通用せんぞ」
「いや、戦略とかではないのですが。騎士であれば、兜とか持っているのではないですか? それを被ってもらえると、私としては助かります」
「ふははははは。効かぬ効かぬ。そんな罵倒ごときで俺が我を忘れることは無い。キングス・シールド団長である俺に畏怖するのは理解出来るが、それでは戦う前に負けていると知るがいい」
「え、えええー……まさかの説教、ですか……」

 どうしよう。この男、全く言葉が通じない。やはり亜人か? アトゥムの言語魔法は、人類に限定されているはずだからな。

「俺には、恐れをなした敵に情けがある。さあ、貴様が何者なのか、そして黒騎士との関係と正体を全て吐いてしまうがいい。されば、命まではとるまい」
「これはお優しい事で……」

 ベルトランは、もう私に勝った気でいる。当然か。キングス・シールド団長は、全騎士の頂点に立つ存在だ。敗北など思いも寄らないことなのだろう。

「ですが、その優しさは無用です。なぜなら、私はきみの一万倍は強いのですから」

 事実だ。騎士の頂点など、私の敵足り得ない。神器を持っていようが、こんなタコに遅れは取らない。

「そうかそうか。その減らず口、どこまで保つのか、身物だな。見た所、貴様は幽体らしいが、物理攻撃が効かないからと安心しているのならば間違いだぞ。なにしろ俺は、魔軍参謀レイスとも戦った事があるのだからな!」
「え? 見破られていましたか?」

 これはベルトランを見誤っていたかも知れない。しかも、魔軍参謀レイスと言えば、魔王の腹心であり高位の悪魔だ。私と同じく幽体であり、強さはともかくかなり厄介な相手である。

 あのレイスと戦って、今、生きてここにいるのか? この男、かなり強いぞ!

「覚悟はいいな? いざ、我が暴風の前に幾万幾億の塵となれ!」

 ベルトランが暴風翼の大戦斧を突き上げた。
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登場人物紹介

 東条愛。15歳。倭の国の姫。魔力回路【モンスター】の保有者。

 王族専属護衛騎士団【プリンセス・シールド】に入隊した後、エルンスト教教皇マーリンより神器【クレイモア・ギガース】を賜る。

 愛の成長が、この世界を滅亡から救う鍵となる。

 木霊。4000歳以上。愛の左手薬指にはまる、白金の指輪。

 最強の魔力回路【ネクロマンサー】を持つ不死者。

 愛に残酷な試練を与えるべく寄生している。

 クラリス・ベルリオーズ。17歳。隻眼隻腕のプリンセス・シールド団長。

 仲間の仇である【黒騎士】打倒に執念を燃やす。

 魔力回路は【ファイア・スターター】。神器【アンフラム・ファルシオン】を自在に操るクラリスは、大陸最強の騎士との呼び声が高い。

 

 アリス・ベルリオーズ。?歳。自称クラリスの妹を名乗る妖精。

 魔力回路【オールマイティ】を駆使し、クラリスを補佐するプリンセス・シールド騎士団副団長。

 自らに定められた「消滅の時」を受け入れ、それまで必死に生きると決めた。

 エスメラルダ・サンターナ。16歳。ユースフロウ大陸南部地方エルサウス出身。

 クラリスにその強大な能力を見出され、プリンセス・シールドにスカウトされた。

 精神感応系魔力回路【アナライザー】の保有者。

 その能力ゆえ人々に疎まれたエスメラルダは、滅多にその力を使わない。

 エルザ=マリア・フェルンバッハ。14歳。エルグラン出身の大魔術師。

 特定危険人物に指定され、アヴァロン皇国首都エールにある城塞牢獄ダイアモンド・プリズンに収監されている。

 両親を殺害し、フェルンバッハ家を滅亡寸前にまで追い込んだ者への復讐を胸に秘め、プリンセス・シールドに加入した。本人は牢獄にあるため、くまのぬいぐるみを遠隔操作して戦う。

 ジャン=ジャック・ドラクロワ。20歳。軍務省所属。階級は少佐。正式呼称はメイジャー・ドラクロワ。魔力回路【コンダクター】により、飛空船を意のままに操る天才艦長。四大公爵の一人、デューク・エールストンと、対等に話せる友人関係にある。クラリスの許嫁だが、父親であるドラクロワ伯爵からは反対されている。

 プリンセス・アヴァロン。15歳。本名秘匿。アヴァロン皇国2000年の歴史の中で、初めて生まれた女児。王家が二児以上もうけたことはかつて無く、その為「不吉姫」などと揶揄する勢力もある。

 愛と同様、この世界を救う鍵を持つ姫だが、その力に気づく者はまだいない。

 黒騎士と呼称される謎の騎士。当時キングス・シールド騎士団を率いていたクラリスの仲間を、その圧倒的な戦闘力で惨殺した犯人。この戦いでクラリスは左腕と左目を失った。神出鬼没、正体不明、目的不明。剣も魔法も一切通用しない無敵の騎士。

 ベルトラン・ケ・デルヴロワ。23歳。キングス・シールド騎士団団長。

 人類であるかも疑わしい面貌を持つ巨漢騎士。魔力回路を持たない為、神器【ウイングド・ハルバート】のみを頼りにのし上がった剣技の実力派。

 顔も口も悪いが、正義の為、仲間の為なら血を流すことを躊躇わない熱血漢。

 ただ、少女のドレスを収集する趣味があり、性癖的には危険。

 オメガ。年齢不詳、能力不明の敵魔導師。木霊に深い恨みを持つ。

 獣人王ウィンザレオ、竜王ゲオルギウス、妖精王オベロン、魔王ディアボロと盟約を結び、世界を混沌へと導く。

 プリンセス・シールドは、この少年の掌の上で踊らされることとなる。

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