#6. 尾行する事にした

文字数 1,721文字

 それは、昨日の昼過ぎの事だった。フォルスナロウへの公務が確定し、ジャン=ジャックとクラリスが船荷や人員の監督をしていた時、アリスがおずおずと申し出た。

「お姉様。わたくし、少し用事がありますの。ここを離れても構いませんかしら?」

 クラリスの右肩にちょこんと降り立ったアリスは、却下されるのを恐れているようだった。

 王城の横にある、ドーム型の飛空船用ドックに係留している飛空船3隻の横に、ちょこんとあるプリンセスの真っ白な飛空艇。今、出航準備で大わらわなのは、この飛空艇だけだ。

「なに? お前が、用事? 珍しい事もあるものだな」

 クラリスは少し驚いたが「まあ、構わん。ここはおそらく夕方には落ち着くはずだから、それまでに船に戻れ。ブリーフィングを行うからな」と、特に気にする事もなく答えた。

「あ、ありがとうございます、お姉様! はい、それまでには、必ず! では失礼致します!」

 言うが早いか、アリスは風のように飛び去った。私は荷物の積み込みに大活躍している愛に、それを伝えた。妙に気になったからだ。

(愛。見ましたか、今のアリスを?)

 周りには人がたくさん働いているので、当然思念会話だ。それにしても、騎士たる愛がこんな波止場の人足のような事をする必要は無いのだが、こういうのは手伝わずにいられない性分なのだ。怪力を活かした凄まじい働きぶりが重宝されたおかげで、積み込みをする人々や担当クルーとはすっかり仲良くなっている。倭にいた時と同じだ。愛はどこでも愛なのだ。

(ほーん? 見てないけど、どしたの、木霊ちゃん? ほっほっほっ)
(用事があるとクラリスに告げて、どこかに飛んで行ったのですが、許可された時の笑顔があまりにも嬉しそうでしたので。どこに行くのでしょうね?)
(さー? でも、よっぽど行きたいんだろうねー、そこに)
(そうでしょう? 気になりませんか? あのアリスが、そんなに嬉しそうに行くところ)
(あー、そうだよね! うんうん、気になる! だって、友達だもんね! よっこいしょ)

 愛は一つでも自分の背丈を軽く越える木箱を、5段ほど積み上げて一度に持ち上げた。周りの人足から「うおおお! すげえ!」と歓声が上がる。

(友達だからというのは良く分かりませんが、私も気になるのですよ。どうですか、愛? ちょっと、後をつけてみませんか?)
(行くー! と、その前に、これだけ積んじゃうね。ほいっと)

 愛は本来甲板上から下げられた貨物ゴンドラに載せるはずの荷物である木箱を担ぎ、そのままジャンプした。飛空船より小さいとは言え、地上から甲板上まで10メートルはある船だ。が、愛は軽く飛び越えて甲板上に着地した。

「はい、これ。ここに置いとくね」

 ずしん、と荷物を降ろす愛に、甲板上のクルーは何も答えられない。驚きすぎて言葉が出ないのだろう。愛は気にせず甲板から身を乗り出して、クラリスに手を振った。

「クラリスー! 愛、ちょっと気になる事が出来ちゃったから、ここ離れるねー!」

 そして愛は飛び降りた。

「うむ? なんだ、それは」

 真横に降り立った愛に、クラリスは問いかけようとしたが。

「あ。えっちゃーん! ちょうどいいとこにいたね、えっちゃん! えっちゃんも一緒に行こー!」
「ふえ? ふえ、ええええーーー!」

 側でアナライザーの魔力回路を用い、船内の貨物状況をジャン=ジャックに伝えていたエスメラルダが愛に担がれ、人さらいよろしく連れ去られた。

「お、おい! 私は良いと言っていないぞ! こら、愛! 愛ー!」

 クラリスは必死に呼び掛けた。が、すでに愛の姿は無い。下手をすると音速を越える脚力だ。愛には声を届かせるのも難しい時がある。

「無視、か……。なあ、ジャン。私、団長なんだよな?」
「わははは。気にすんな、クラリス。こういう時は、どっしり構えてりゃ周りが勝手に勘違いしてくれる。部下を抑えつけない、いい団長なんだな、ってな感じでな」
「うーむ。それは私の理想とする団長像では無いのだが……」
「よしよし」

 ジャン=ジャックがクラリスの頭を撫でた。
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登場人物紹介

 東条愛。15歳。倭の国の姫。魔力回路【モンスター】の保有者。

 王族専属護衛騎士団【プリンセス・シールド】に入隊した後、エルンスト教教皇マーリンより神器【クレイモア・ギガース】を賜る。

 愛の成長が、この世界を滅亡から救う鍵となる。

 木霊。4000歳以上。愛の左手薬指にはまる、白金の指輪。

 最強の魔力回路【ネクロマンサー】を持つ不死者。

 愛に残酷な試練を与えるべく寄生している。

 クラリス・ベルリオーズ。17歳。隻眼隻腕のプリンセス・シールド団長。

 仲間の仇である【黒騎士】打倒に執念を燃やす。

 魔力回路は【ファイア・スターター】。神器【アンフラム・ファルシオン】を自在に操るクラリスは、大陸最強の騎士との呼び声が高い。

 

 アリス・ベルリオーズ。?歳。自称クラリスの妹を名乗る妖精。

 魔力回路【オールマイティ】を駆使し、クラリスを補佐するプリンセス・シールド騎士団副団長。

 自らに定められた「消滅の時」を受け入れ、それまで必死に生きると決めた。

 エスメラルダ・サンターナ。16歳。ユースフロウ大陸南部地方エルサウス出身。

 クラリスにその強大な能力を見出され、プリンセス・シールドにスカウトされた。

 精神感応系魔力回路【アナライザー】の保有者。

 その能力ゆえ人々に疎まれたエスメラルダは、滅多にその力を使わない。

 エルザ=マリア・フェルンバッハ。14歳。エルグラン出身の大魔術師。

 特定危険人物に指定され、アヴァロン皇国首都エールにある城塞牢獄ダイアモンド・プリズンに収監されている。

 両親を殺害し、フェルンバッハ家を滅亡寸前にまで追い込んだ者への復讐を胸に秘め、プリンセス・シールドに加入した。本人は牢獄にあるため、くまのぬいぐるみを遠隔操作して戦う。

 ジャン=ジャック・ドラクロワ。20歳。軍務省所属。階級は少佐。正式呼称はメイジャー・ドラクロワ。魔力回路【コンダクター】により、飛空船を意のままに操る天才艦長。四大公爵の一人、デューク・エールストンと、対等に話せる友人関係にある。クラリスの許嫁だが、父親であるドラクロワ伯爵からは反対されている。

 プリンセス・アヴァロン。15歳。本名秘匿。アヴァロン皇国2000年の歴史の中で、初めて生まれた女児。王家が二児以上もうけたことはかつて無く、その為「不吉姫」などと揶揄する勢力もある。

 愛と同様、この世界を救う鍵を持つ姫だが、その力に気づく者はまだいない。

 黒騎士と呼称される謎の騎士。当時キングス・シールド騎士団を率いていたクラリスの仲間を、その圧倒的な戦闘力で惨殺した犯人。この戦いでクラリスは左腕と左目を失った。神出鬼没、正体不明、目的不明。剣も魔法も一切通用しない無敵の騎士。

 ベルトラン・ケ・デルヴロワ。23歳。キングス・シールド騎士団団長。

 人類であるかも疑わしい面貌を持つ巨漢騎士。魔力回路を持たない為、神器【ウイングド・ハルバート】のみを頼りにのし上がった剣技の実力派。

 顔も口も悪いが、正義の為、仲間の為なら血を流すことを躊躇わない熱血漢。

 ただ、少女のドレスを収集する趣味があり、性癖的には危険。

 オメガ。年齢不詳、能力不明の敵魔導師。木霊に深い恨みを持つ。

 獣人王ウィンザレオ、竜王ゲオルギウス、妖精王オベロン、魔王ディアボロと盟約を結び、世界を混沌へと導く。

 プリンセス・シールドは、この少年の掌の上で踊らされることとなる。

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