#5. 砲撃と年齢談義

文字数 1,975文字

「へへ。精霊溜り、か。これだから、海でも空でも、船ってのは面白え」
「面白がっている場合じゃありませんわよ。きゃあっ!」

 甲板に立ち、空を見上げていたところで、またしてもワイバーンの火炎が船を包み、真っ赤な炎と真っ黒な空が混ざり合う。それは、この空にいる人間たちを、不自然な異物として拒絶しているかのようだった。空の住人ワイバーンは、人間たちの立ち入りを許さないと言っているのだろうか。

「強大な魔物には、エレメンタルが集まる。この精霊溜りは、やつの仕業か」

 ジャン=ジャックはワイバーンを睨めつけた。

「確かにエレメンタルにはそういう性質がありますけれど、でも、こんなに集まるのは変ですわ。前列はありますけれど、ここまで濃くなった記録は見た事が無いですもの」

 アリスは不審点が払拭出来ない。私も当然そう思った。いくらなんでもエレメンタル濃度が濃すぎる。こんなに集められる存在など、私の知る限り……、まさか!

「きゃあっ!」

 突如響いた轟音に、アリスが耳を塞いだ。

「お。グレッグめ、砲撃を開始しやがった。ま、正式にはもうあいつの艦だからいいけどな」

 前方甲板に鎮座していた主砲の一つが、いつの間にか回頭し、黒煙を吐いていた。三連装の砲身から放たれた砲弾は、三本の赤い軌跡を描いて闇に消えた。

「うわ、へったくそだなあ。どこ狙ってんだよ」

 ジャン=ジャックが頭を抱えて仰け反った。確かに、砲弾はまるで見当違いな方向へ発射されていた。練度の低さが一目瞭然な一撃だ。

「うわ、わわわわ。うるさあーい!」

 続いて、飛空船舷側の砲台が次々と火を吹いた。愛は話には聞いていたが、初めて実際に体験する砲撃に、かなり驚いている。

 舷側砲台の攻撃も、ワイバーンにかする気配すら見せず、闇夜へ吸い込まれていった。ワイバーンは「キュエエエエ」と嘲笑うように鳴き、我が空とばかりに悠々と翼をはためかせている。

「これはひでえ。いくら実戦経験が無いからっつっても、これはあんまりだろ」
「皆、焦っているのですわ。初めての実戦で相手にするには、ワイバーンは強すぎますもの」

 ジャン=ジャックは砲撃した舷側の甲板柵を握り締め、身を乗り出した。アリスはその上をひらひらと舞う。

「うーん。それにしてもかっこいいな、ワイバーンは」
「は? あなた、何を言っていますの?」
「何って。そう思わねえか、アリス? あの力強いフォルム、なのに理に適った空力特性がちゃんとあるんだぜ、あいつには」
「ジャン。あなた」
「思う思う。愛もね、さっきからかっこいいなーって思って見てた!」
「あ、愛? ちょっと」
「お? 愛ちゃんも? やるな。見る目があるじゃんか」
「おじさんもいい趣味だね!」
「おじさん言うな。俺、まだ二十歳だぞ」
「嘘ばっかり。あ、そう言えば嘘つきだったっけ」
「ちょ、愛? ジャン?」
「嘘じゃねーし。クラリスに聞けば、本当だって分かるし」
「え? なんでクラリス?」
「俺とクラリスは幼馴染、だからな」
「ホント? アリスちゃん」
「ええ、まあ。本当ですけれど、それより」
「じゃあさ、ちなみにクラリスって何歳なの?」
「クラリス? あいつは俺の三つ下だから、17歳だぜ」
「嘘つけえー!」
「ちょっと、失礼ですわよ、愛! お姉様は本当に17歳ですわ!」

 ほう、クラリスが17歳とは。随分若いが、それでプリンセス・シールド団長になるとは、大したものだ。ちょっと私も俄には信じられないが。本当に17歳?

「わはははは。クラリスは落ち着きすぎてるところあるからな、て、うおおおおっとお」
「危ないよ、おじさん!」
「ジャンもおじさん呼ばれる歳じゃありませんわよ、愛!」

 今度のワイバーンの火炎攻撃は、一番船体が傾いた。ジャン=ジャックは反対側の甲板の外に落ちる所だったが、危うく愛に腕を掴まれ助かった。

「ヤベー。アホな話してる場合じゃねーぞ、これは。このままじゃ、そのうち船がひっくり返されちまうぜ」
「あははは。今のは危なかったねー」

 甲板に手をついたジャン=ジャックは、顎に伝う汗を、袖でぐいっと拭った。胸の動悸が速い。この男、かなり怖かったようだ。

「だから! わたくし、さっきからそれを!」

 アリス、結局話に加わっていたが。私から見れば同罪。

「あっはははは。凄い揺れるー。面白ーい」

 愛は何も分かっていないので無罪。

「あーあー、しゃーねーなー。やっぱ、俺がやるしかねえな!」

 毅然と立ち上がったジャン=ジャックは、長い髪を縛り直し、ピシッと軍服の乱れを整えた。

(ほう。これは、まるで別人だ。軍人というよりは、貴公子か)

 私はジャン=ジャックの真の姿を目にしていた。
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登場人物紹介

 東条愛。15歳。倭の国の姫。魔力回路【モンスター】の保有者。

 王族専属護衛騎士団【プリンセス・シールド】に入隊した後、エルンスト教教皇マーリンより神器【クレイモア・ギガース】を賜る。

 愛の成長が、この世界を滅亡から救う鍵となる。

 木霊。4000歳以上。愛の左手薬指にはまる、白金の指輪。

 最強の魔力回路【ネクロマンサー】を持つ不死者。

 愛に残酷な試練を与えるべく寄生している。

 クラリス・ベルリオーズ。17歳。隻眼隻腕のプリンセス・シールド団長。

 仲間の仇である【黒騎士】打倒に執念を燃やす。

 魔力回路は【ファイア・スターター】。神器【アンフラム・ファルシオン】を自在に操るクラリスは、大陸最強の騎士との呼び声が高い。

 

 アリス・ベルリオーズ。?歳。自称クラリスの妹を名乗る妖精。

 魔力回路【オールマイティ】を駆使し、クラリスを補佐するプリンセス・シールド騎士団副団長。

 自らに定められた「消滅の時」を受け入れ、それまで必死に生きると決めた。

 エスメラルダ・サンターナ。16歳。ユースフロウ大陸南部地方エルサウス出身。

 クラリスにその強大な能力を見出され、プリンセス・シールドにスカウトされた。

 精神感応系魔力回路【アナライザー】の保有者。

 その能力ゆえ人々に疎まれたエスメラルダは、滅多にその力を使わない。

 エルザ=マリア・フェルンバッハ。14歳。エルグラン出身の大魔術師。

 特定危険人物に指定され、アヴァロン皇国首都エールにある城塞牢獄ダイアモンド・プリズンに収監されている。

 両親を殺害し、フェルンバッハ家を滅亡寸前にまで追い込んだ者への復讐を胸に秘め、プリンセス・シールドに加入した。本人は牢獄にあるため、くまのぬいぐるみを遠隔操作して戦う。

 ジャン=ジャック・ドラクロワ。20歳。軍務省所属。階級は少佐。正式呼称はメイジャー・ドラクロワ。魔力回路【コンダクター】により、飛空船を意のままに操る天才艦長。四大公爵の一人、デューク・エールストンと、対等に話せる友人関係にある。クラリスの許嫁だが、父親であるドラクロワ伯爵からは反対されている。

 プリンセス・アヴァロン。15歳。本名秘匿。アヴァロン皇国2000年の歴史の中で、初めて生まれた女児。王家が二児以上もうけたことはかつて無く、その為「不吉姫」などと揶揄する勢力もある。

 愛と同様、この世界を救う鍵を持つ姫だが、その力に気づく者はまだいない。

 黒騎士と呼称される謎の騎士。当時キングス・シールド騎士団を率いていたクラリスの仲間を、その圧倒的な戦闘力で惨殺した犯人。この戦いでクラリスは左腕と左目を失った。神出鬼没、正体不明、目的不明。剣も魔法も一切通用しない無敵の騎士。

 ベルトラン・ケ・デルヴロワ。23歳。キングス・シールド騎士団団長。

 人類であるかも疑わしい面貌を持つ巨漢騎士。魔力回路を持たない為、神器【ウイングド・ハルバート】のみを頼りにのし上がった剣技の実力派。

 顔も口も悪いが、正義の為、仲間の為なら血を流すことを躊躇わない熱血漢。

 ただ、少女のドレスを収集する趣味があり、性癖的には危険。

 オメガ。年齢不詳、能力不明の敵魔導師。木霊に深い恨みを持つ。

 獣人王ウィンザレオ、竜王ゲオルギウス、妖精王オベロン、魔王ディアボロと盟約を結び、世界を混沌へと導く。

 プリンセス・シールドは、この少年の掌の上で踊らされることとなる。

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