#4. 王家の義務
文字数 2,123文字
「は。どうされましたか、プリンセス?」
ぼうっとしていたプリンセスだったが、どうやら意識がはっきりしてきたようだ。亜麻色のツインテールを手で払うと、いつものじっとりとした視線をフェリシアーノに向けた。
「あ。あの、目……悲しい色の、瞳……」
同時に愛もしゃきっとした。プリンセスの瞳に何か感じるところがあるらしい。だが、悲しい色? どこがだろうか? 私には不遜な色にしか見えない。
「私の初公務ですって? それが、フォルスナロウで暴れている銀狼王退治? あなた、馬鹿なの? なぜ私がそんな事をしなければならないの?」
プリンセスはおかんむりだ。机をばんと叩いて不貞腐れた様子は、何も納得していない。
「ご安心下さい、プリンセス。実際に退治いたしますのは、こちらのクラリス率いるシールド騎士たちとなりますので、プリンセスには何ら危険はございません」
フェリシアーノは恭しく頭を下げた。
「そんな事を聞いているのではありません。私は王女なのですよ? どこの世界に王女自ら獣人退治に出掛ける国があるのですか? 私は、そして私の持つ力は、そんな事をする為にあるわけではありません! プリンセス・シールドは、あくまでも王家護衛の為に存在するのです! その優れた武力を行使するのは、私を守る時だけのはずでしょう!」
プリンセスはばんばんと机を叩いて訴えた。
「いいえ、それは違います王女殿下」
「なんですって?」
しかし、フェリシアーノは静かに首を振って否定した。
「シールド騎士団は王家守護を主な任務としており、それは間違いありません。しかし、その王家は国家国民無しには語れません。初代国王の定めた王家心得十七条にも御座います通り、王家は国民の安寧慰撫を使命とし、恒久の平和を実現する意志なのです。王家はその持てる全ての力を用い、これを成す。
今回は地理的にも敵状に於いてもシールド騎士団の派遣が最も妥当と思われ、デューク・エルグランもそう考えたからこそプリンセスにご助力を願われた。他の公爵家、もちろん国王陛下におかれましても同様です。意思決定にも適正戦力の選択にも問題はありません。つまり、皆が、王女殿下のお力を必要としておられると言う事です。その旨、ご理解いただきますように。これは、王家の義務なのです」
愛はつらつらと弁舌を振るうフェリシアーノをぽかんと見ている。おそらく何を言っているのか、半分も理解出来ていないだろう。なにしろ私には、愛の眠気が伝わっているのだから。
「〜っ、そんな、調子のいい事を! どうせ、私なら万が一死んでも影響無いとか、むしろ死んでくれたら助かるのにとか思って、こんな公務を入れたのでしょう! そうなんでしょう、デューク・エールストン!」
「プリンセス! 何という事を! 我々がフェンリルごときに負けるとお思いか!?」
大人しく跪いていたクラリスも、これには堪らず立ち上がった。命懸けで守ろうという相手が、こんな考えではやりきれまい。
「控えなさい、クラリス! 立てと命じた覚えはなくってよ!」
怒れるクラリスに真正面から堂々命じるプリンセスは、これもかなりの気の強さだ。
「不敬は許しませんよ、クラリス。プリンセスの言うとおりです。控えなさい」
「フェリス! しかし!」
「デューク・エールストンと呼びなさい」
クラリスはフェリシアーノにも叱られ、憤懣やる方ない。先のプリンセスの発言は、クラリスからすれば主から信頼していないと宣告されたようなものだ。到底許せないだろう。
「第一、エルグラン地方の、しかも一番西の端にあるフォルスナロウなんて、どうやって行くつもり? 馬車でも一月はかかるでしょう? 私、そんな所に行くのは嫌よ」
プリンセスはくるりと椅子の背を向けた。窓に向いたプリンセスは、椅子の高い背もたれにすっぽり隠れてしまう。
フォルスナロウはユースフロウ大陸の西の果てにあるが、単純に距離を速度で割れば、二週間ほどの所になる。ただ、荒れ地が多く砂漠もある。普通に地を行けば、確かに一月かかるだろう。少女にとっては、なかなかに過酷な旅となる。
「いやあ、1週間もかからないぜ、プリンセス」
その時、いつの間にか執務室のドアを開け、入り口にもたれかかっていた男がそう言った。
「何ですって? あなた、何者?」
プリンセスは再び椅子を回すと、ぎろりとその男を睨み付けた。かなり無礼な口の利き方だ。プリンセスでなくとも睨むだろう。
「お、お前は」
クラリスが振り返って固まった。
190cmはあるであろうひょろ長い体躯に、後ろで結ばれたぼさぼさの長い黒髪。きちんと着れば、その袖口の4本の金のラインが威厳を示す上等なジャケット。無精髭は少し垂れ気味の目と共にその傲慢な性根を表している。
「よう、クラリス。プリンセスの初公務、この俺がしかと遂行させてやる。この俺が操る、飛空艇でな!」
その男は、ジャン=ジャック・ドラクロワ。
アヴァロン屈指の名船長が、そこにいた。