#3. 宙ぶらりん
文字数 2,313文字
「皆様。これで倭の愛姫が、いかに戦いを好まないかをご理解いただけたと思います。巷では、倭人は好戦的な野蛮人との誤った認識が広く横行しておりますが、決してそんな事は無いのです。今回、愛姫にも国王にも内緒にし、私の一存で、その性質を試させていただいたわけですが、期待通りの振る舞いを見せてくれました事、深く感謝すると共に、この無礼な仕打ちを心の底から謝罪いたします。愛姫、申し訳ございませんでした。そして、大変ありがとうございました」
舞台俳優のように大仰な所作による、唄うようなフェリシアーノの弁明に、まず若い女性たちが安心し、喝采を送った。それにつられ、男性老人子どもまでが、拍手した。
「あ、あれ? 愛、なんかしたっけ? でも、なんかめっちゃ褒められてるっぽい。えへへへへ」
フェリシアーノを讃える拍手は、やがて愛へと誘導された。これにより、愛は完全に王都の人々に受け入れられた。無論嘘だが、危機を好機と変換するフェリシアーノは、大した好漢だと私に評価させた。
「お調子者だな、あいつは」
クラリスはやれやれと肩をすくめた。
「あの子の場合、それは長所なのかも知れませんわね」
アリスはクラリスの頭の上、愛を優しく見守っていたが、ふと何かに気づいたように、慌ててクラリスの髪の中へと隠れた。その理由を私が知るのはもう少し後になる。まあ、大した理由では無かったが。
これで、また一つ危機は乗り切った。しかし、パレードの翌日に予定されていた任命式で、愛はまたひと騒動起こす事となる。
――翌日、早朝。本日の予定は、任命式及び教皇猊下への謁見だ。任命式にて正式にシールド騎士団団員の資格を与えられた後、教皇猊下より神器を賜るのが慣例なのだ。
「遅い。予定では、エスメラルダは昨日のうちに到着していたはずなのだ」
王城にあるプリンセス・シールド騎士団待機室にて、クラリスは窓から昇る朝日を睨んでいた。騎士の待機室とはいえ、王城内だ。部屋はそれなりに豪奢な造りとなっている。クラリスは本日も凛々しく白い礼装に身を包んでいる。
「おかしいですわね。何かあったのかも知れませんわ」
今日は黒いドレスで格式を高めたアリスは腕を組み、落ち着き無く宙をうろうろと漂っている。
「グー、グー」
エルザ=マリアのくまさんは、無造作に床に転がっている。本体がまだ眠っているのだろう。
「何? 誰か来るの? 誰? 誰?」
愛はぴょんぴょんと跳ねて、クラリスの肩越しに窓の外を見ようとしている。他にも窓はあるのだが。今日は楽な着物姿、そして、頭には、昨日エンヤから渡された赤いカチューシャがはまっていた。エンヤに贈られた物である以上、お洒落の為にあるカチューシャでは無い。鋼鉄製なのがその証左だ。
騎士となる愛を、エンヤなりに寿ぐ贈り物なのだろう。兜代わりに、という事らしい。これが後々の私にとって、とても重要なアイテムとなるとは、この時は思ってもみなかった。
「ええい、鬱陶しい。そっちの窓から見れば良かろう」
「えー? やだ。なんか寂しいもん。一緒に見よ、クラリス」
「寂しいの意味が分からん。くっつくな」
クラリスは背中に張り付く愛を剥がそうと体を振るが、もちろん効果はまるで無い。
「もー、クラリスのケチ」
「これ、ケチになるのか? 不本意過ぎる。それよりお前、私は団長なのだ。お前の上官になるのだから、言葉遣いに気をつけろ」
「えー? もー、クラリスって面倒くさい。面倒くさい女ー」
「おい。それ結構傷つくぞ。正当な指摘を面倒くさいとか言うな」
愛はクラリスの背中からぴょんと離れた。アリスはくすくすと笑っている。私は嬉しそうなアリスを不思議に思った。
「何がおかしい、アリス? しかし、困ったな。エスメラルダが来ない事には、今日の予定が進まない」
「ええ。国王陛下も教皇猊下もお忙しい身ですものね。任命式も神器下賜も、出来れば一度に終わらせたいのですけれど……中止にするか、それとも、愛だけ執り行うかを、考えなければなりませんわ」
国王陛下はともかく、教皇猊下はいつも暇を持て余している。実際は、そんなに気を使わなくてもいいのだが。
「ふむ。エスメラルダが間に合わねば、中止にするが妥当だろう。任命式やらをしている間は、ヘイゼルにプリンスとプリンセス、両方の警護をお願いしている状態だ。我々の仕事を、何度もヘイゼルに押し付けるわけにはいかん」
クラリスは室内に視線を戻し、礼装の詰襟のホックを外した。隊服に着替えるつもりらしい。
「でもお姉様、プリンセスには、まだ意向も確認出来ていませんわ。それに、新プリンセス・シールドの隊服も用意出来ていませんのよ。そんな状態では、警護しようにも……」
「そうだったな。ふうむ、順序を飛ばせば、うまくいかなくなるやも知れん。プリンセスに認めさせる為には、一分の隙もあってはならん、か」
クラリスはまたホックを留めた。なんとも宙ぶらりんな状態にあるものだ。私が出れば、これも一声で解決するが……当面、急ぐ理由は何も無い。ここは、彼女たちがどうするか、興味深く観察するとしようか。
私がそう決めた時、
「あ。あれ、なんだろ? 愛、ちょっと見てくるね」
「愛?」
「ちょっと、愛! 勝手な行動は」
アリスが止めるのが早いか、愛は待機室から飛び出していった。