#19. 友達になろう
文字数 1,873文字
「消え、」
クラリスが目に残る残像を疑うほどに、黒騎士は瞬時に消えた。そしてクラリスが「消えた」と言い終わる前には、もう黒騎士は愛の目前に立っていた。
「うえ?」
クラリスと同じく黒騎士を見上げていた愛がそれに気づくのに、数瞬かかった。
「なんじゃとっ!」
敵を目で追うより気配を察する方が速いエンヤでさえ、黒騎士の瞬間移動について行けなかった。私は、こんなに驚くエンヤを見た事が無い。
「そんな馬鹿な!」
クラリスの元へ急いでいたアリスが振り返る。
「何故だっ!?」
少し遅れてクラリスが振り向いた。赤いウェーブかかった長髪が、遠心力で広がった。
「ぬおおっ!? いつの間に!」
国王陛下を庇いつつ後退していたベルトランは、クラリスたちより黒騎士に近い。黒騎士は国王陛下の馬車と我々の馬車の間に現れたのだ。
「逃げろ、愛!」
クラリスが叫んだ。そしてそのすらりとした長い脚で地を蹴った。
「むう! こんな公衆の面前で、他国の姫を討たせるわけにはいかん! 出でよ! ウイングド・ハルバート!」
ベルトランは腕を横に振り抜き、神器を呼び出した。エメラルドの輝きと共に、暴風翼の大戦斧が姿を現す。
「姫しゃまっ!」
エンヤが背中から鍔無しの刀を引き抜いた。どうやらこれで背筋を伸ばしていたらしい。それに黒騎士が反応した。黒騎士はゆらり、と体を揺すったのだ。
「退がれい、曲者!」
「エンヤ!」
エンヤは黒騎士を極大の脅威と断定した。警告無く斬りかかったのがその証拠だ。これは問答の間に愛を害されては取り返しがつかないと判断した時の行動なのだ。エンヤの刀が、目にも止まらぬ速度で鞘走る。
「ふえっ!?」
そして、エンヤの刀を、黒騎士は何の抵抗も示さずに受けた。しかし、黒騎士は斬れなかった。それどころか、斬りかかったエンヤの刀の刀身が、きれいに半分無くなっていた。黒騎士の向こう側へ駆け抜けたエンヤは、斬りつけた刀の無残な姿に動揺を隠せない。
「ぬうん! 囲え、暴風よ!」
ベルトランの大戦斧から巻き起こったエメラルドの風が、黒騎士の体を包み込んだ。
「なあにいっ!?」
しかし、風は一瞬で消え去った。風は黒騎士に吸い込まれるようにして消えたのだ。それも、なんと大戦斧まで吸い込んだ。神器を失ったベルトランは茫然自失、立ち尽くす。無論、黒騎士にダメージは認められない。
その間も、私は黒騎士のステータス解析を試みていた。が、やはり分からない。分かった事と言えば。
(これはっ……! 少なくとも、魔王ディアボロに匹敵する力を持っている!)
これくらいだ。あまりにも曖昧で大雑把な解析に、私自身が信じられない。私は、こんなに弱くは無いはずなのだ!
「こにょおっ!」
エンヤは半分の長さとなった刀を振り抜き、再び黒騎士の脇を駆け抜けた。そして、ついに刀身は完全に消滅した。刀は柄しか残っていない。
黒騎士はベルトランにもエンヤにも目をくれず、愛へと更に歩み寄る。落ち窪んだ骸骨マスクの奥に、目があるのかすら疑問に思えた。なぜなら、この黒騎士には、生気がまるで感じられないからだ。意思や意志、戦意すらも伝わらない。まるで死人のようだった。
「姫しゃまあっ!」
エンヤが愛を庇うべく、黒騎士との間に割って入った。刀が通用せねば、エンヤに戦う術は無い。残る手段は肉の壁となる事だけだ。
「愛っ!」
「愛!」
クラリスとその頭に掴まったアリスも、愛を守るべく必死に戻る。しかし、もはや間に合わない。私は迷った。今こそ出るべき時ではないか、と。だが。
「いいよ、エンヤ」
「ひ、姫しゃま?」
愛は意外な行動に出た。庇うエンヤの肩を持ち、自分の後ろへ退らせたのだ。
「何を考えているのだ、あの馬鹿は!」
「お逃げなさいな、愛ーっ!」
クラリス、アリスは声の限りに呼び掛ける。しかし、愛は動かない。愛は、黒騎士を額がつかんばかりの距離で見つめている。黒騎士の仄暗い青い瞳を覗き込んでいる。黒騎士は、動かない。そして、愛が呟いた。
「……悲しい、色だね」
「……!」
その言葉に、黒騎士がびくりと体を震わせ、後退った。その様子に、愛は何かを閃いたのか、手をぽんと叩いた。
「そうだ。友達になろうよ、黒騎士ちゃん!」
それは、私の予想通りの、ろくでもない提案だった。