#24. ナイツ・オブ・アヴァロン

文字数 3,562文字

 私の予想通り、ウィリスに真っ向勝負をするのは無謀だった。このような強敵を相手にするには、チームの柱が必要だ。そう、例えばクラリスがいたならば、こうまで一方的にはやられなかっただろう。心を一つにした愛たちだが、戦いとは無情だ。それだけでは勝てない。

「ごめん、な、さい……私は、また、役に、立てなかっ……」

 エスメラルダが闘技場から消し飛んだ。魂魄の護牢の中、1羽の小鳥が消滅した。
 エスメラルダは、ウィリスの攻撃を真っ先に
受けていた。ウィリスは、エスメラルダを最も警戒したのだろう。戦いにまだ不慣れで躊躇いすらあるエスメラルダを最初に狩ったのは、私から見ても上策だった。ウィリスを唯一効果的に攻められるのは、エスメラルダの精神攻撃だったのだ。これでプリンセス・シールドの敗北は確定した。

「スマネエ……体ガ、モウッ……」

 次に、エルザ=マリアが闘技場から姿を消した。鳥かごの中、また小鳥が光の粒となり弾けて消えた。
 最も弱っていたのはエルザ=マリアだ。もし生身であったなら、とっくに退場していたダメージだ。とはいえ、魔力回路の行使は問題無かった。まだ何か隠していそうなエルザ=マリアを、ウィリスは叩きやすいうちに叩いたのだ。

「しまっ、わたくしと、した事がっ……!」

 アリスが霧に捕まった。羽ばたきを止められ、攻撃回避能力が著しく低下したアリスを、ウィリスの剣が四方八方から貫いた。
 飛べないアリスなど、普通の人間でも簡単に踏みつぶせる。それでもウィリスは、分身体まで使ってアリスを屠った。勝利を確信した最後のひと振りにこそ危険が潜んでいる事を、ウィリスは良く知っているのだろう。恐ろしい男だ。

「うわああああっ!」

 最後に残った愛は、まだ抵抗を続けていた。がむしゃらに刀を振り回し、闘技場を必死に転がり霧から逃げる。真新しかった制服も、すでに泥だらけになっていた。

「凄まじい少女だ。我が霧が、パワー負けしている」

 愛の思わぬ抵抗に、ウィリスは驚きを禁じ得ない。愛の攻撃はウィリスに通じないが、ウィリスの霧もまた、決定的な攻撃が出来ずにいた。

「負けない! 愛は、負けない!」

 効果が薄いと知りながら、愛は刀を振り続ける。しかし、その切っ先は、常に間違いなく本体を目指していた。本体。それは、ウィリスの核。ウィリスの魔力回路、そのものだ。

「これは……! ふふ。全く、凄いお嬢ちゃんだ。長引けば、俺の方が不利になる、か。……やむを得ん」

 ウィリスは分身を全て霧と化し、霧の濃度を上げた。それに囲まれた愛の視界はほぼゼロだ。戦いは振り出しに戻ったかに見えた。だが。

「苦しむ事になるが、恨むなよ」

 ウィリスの声だけが、霧の中に広がる。刹那。

「うっ!」

 愛が途端に苦しみだした。

「うげっ、がっ、ぐええっ」

 愛は喉を押さえ、地に膝をついた。そして体を折ると、激しく吐血した。それは地面が真っ赤に染まるほどの、大量の出血だった。
 馬鹿な。この力……レイスそのものではないか!

「愛!」
「愛さあん!」
「愛ー! ナンダ!? ドウシタ!?」

 マーリンの側に戻されダメージの消えたアリスたちは、愛の異変に悲鳴を上げた。

「愛! ウィリスめ、まさかあんな非道な力を使うとは!」

 エインズワースの隣では、クラリスが席を立ってウィリスを非難した。

「毒だ。それも、ひと呼吸で即死するほどの、神経系の猛毒だ。俺の霧は、毒を混ぜるとこんな風にも使えるのさ」

 とうとううつ伏せに倒れ、痙攣する愛に、ウィリスはその力を誇示するように説明した。ウィリスは黒騎士の姿に戻り、愛の横でしゃがみこむ。もはや勝利は決まった。そう思ったのだろう。しかし。

「たあっ!」
「うおおっ!」

 愛の刀が、地を這う蛇のようにウィリスを襲った。ウィリスは慌てて飛び退く。完全に油断していたのだ。

「あ、あー、苦しかったあ」

 そして、愛はふらふらと立ち上がる。袖でぐいっと口元の血を拭う愛は、もう笑顔を見せていた。
 これはモンスターの魔力回路が持つ能力の一つ、超回復が発現した結果だろう。怪我の治癒と同じく、解毒により身体を健やかに保つ。それも、常人を遥かに凌駕する速度で。それが超回復なのだ。

「そ、そんな、馬鹿なっ……」

 これを見たウィリスには、はっきりと恐怖の色が浮かんでいた。間違いなく殺したと思った相手が、死ぬどころか笑っているのだ。これほどの恐怖はあるまい。

「馬鹿で結構! 愛は、負けない! そう言ったでしょ!」
「ぬううっ!」

 愛はウィリスへと斬りかかった。ウィリスは愛の刀を受け流し、さらに後ろに飛び退くと、今回初めて見せる険しい顔で、愛を見据えた。これは覚悟を決めた目だ。この男、まだ奥の手を持っている!

「愛姫よ。今までの無礼を詫びよう。俺は貴方を舐めていた。その儀、心より謝罪する」
「へ?」

 ウィリスは手を胸に腰を折った。唐突にされた真摯な謝罪に、愛は面食らっている。

「これから、俺は本気を出す。貴方は、無残な姿となるだろう。酷い力なので、出来れば使いたくは無かった。しかし、ここまでせねば勝てない相手なのだ、と俺はようやく理解した。俺は好敵手と巡り会えた事を、誇りに思う。そして、敬意を表する。それを、全力をもって表わそう!」

 ウィリスは闘技場の上部で天井の端から端まで広がる霧となり、その気持ちを吐き出した。だが、吐き出したのは、敬意だけではない。いや、これがウィリスの敬意の形なのだろう。これこそが、敬意なのだ。

 雲のようになった霧から、雨が降り出した。

「きゃああああああ!」

 その雨を受けた愛が、激痛にのたうち回った。愛の制服や肌や髪が、じゅうじゅうと煙を上げて溶けてゆく。霧から雨のように滴り落ちて来るのは、酸だったのだ。それも、鉄すら瞬時に溶かすほどの強酸だ。

「降伏せよ、愛姫。俺とて、いたいけな少女をこんなに惨たらしく痛めつけたいわけではない。疾く降参せねば、貴方は白骨となるまでこの酸の雨に打たれ続ける事となる」

 ぐううっ。これは辛い。愛の痛覚を共有している私だが、これは耐え難い苦痛だ。愛には悪いが、感覚のコネクションを少々カットさせてもらおう。自分自身である指輪も障壁で守らねばならない。ウィリスめ、なんて面倒くさいやつなのだ。

 しかし、それもここまでだ。さあ、さっさと降伏しなさい、愛。なあに、プリンセス・シールドは、後で私が必ずなんとかしてみせる。私は宮宰。それくらい、造作もない事なのだ。

「いやだ」
「何?」

 だが、愛は降参しなかった。服が溶け、肉が溶けて、刀すら溶解しても、まだ愛の目は死んでいない。その瞳の中の光は、強く輝いていた。

「意地を張るな。痛かろう。辛かろう。貴方は良く頑張った。仲間も認めてくれるだろう。だから、もう楽になってもいい。潔さも騎士たる誉れ。引き際を間違えてはならないのだ」

 雨の中、実体化したウィリスが、愛を見下ろすように降り立った。そして、愛を説得にかかる。無情な軍人だと思ったが、敬意を持つ相手には違うのか。ウィリスも、根は騎士だと言う事か。

「愛は、まだ、負けて、無いからっ、愛、負ける、わけには、いかないからっ!」

 もはや愛の足に肉は無い。ウィリスの酸の雨には、超回復も間に合っていなかった。しかし、それでも愛は立ち上がろうと藻掻いていた。負け惜しみでもなんでもない。愛はまだ、本気で勝つつもりでいる。

「なんと醜い」
「うう、吐きそうだ」
「も、もうやめれ、もう勝負はついている」

 観覧席の貴族たちから、容赦ない愛への非難が投げつけられた。

「ぬううっ!」

 クラリスは、階下の貴族たちへと怒りに満ちた視線を向けている。クラリスには、いくら悔しくとも、それくらいしか出来ないのだ。

「…………」

 エインズワースは、そんなクラリスを興味無さげにちらりと見て、また闘技場に視線を落とした。

「…………」

 マーリンも、無言でただ見つめている。闘技場の二人を、冷静に見ていた。

「……そうか。その希望を断ち切らねば、貴方は永遠に立ち向かってくるのだな」

 ウィリスは剣を振りかぶった。

「俺は、貴方に最高の賛辞として、この称号を贈ろう。【ナイツ・オブ・アヴァロン】。貴方こそ、真の騎士だ」

 ウィリスは愛の首を刎ねた。

「愛ーっ!」
「愛さああああん!」
「愛ッ!」

 アリス、エスメラルダ、エルザ=マリアの悲痛な叫びが、闘技場に響き渡った。そして、小鳥が1羽、羽を散らした。
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登場人物紹介

 東条愛。15歳。倭の国の姫。魔力回路【モンスター】の保有者。

 王族専属護衛騎士団【プリンセス・シールド】に入隊した後、エルンスト教教皇マーリンより神器【クレイモア・ギガース】を賜る。

 愛の成長が、この世界を滅亡から救う鍵となる。

 木霊。4000歳以上。愛の左手薬指にはまる、白金の指輪。

 最強の魔力回路【ネクロマンサー】を持つ不死者。

 愛に残酷な試練を与えるべく寄生している。

 クラリス・ベルリオーズ。17歳。隻眼隻腕のプリンセス・シールド団長。

 仲間の仇である【黒騎士】打倒に執念を燃やす。

 魔力回路は【ファイア・スターター】。神器【アンフラム・ファルシオン】を自在に操るクラリスは、大陸最強の騎士との呼び声が高い。

 

 アリス・ベルリオーズ。?歳。自称クラリスの妹を名乗る妖精。

 魔力回路【オールマイティ】を駆使し、クラリスを補佐するプリンセス・シールド騎士団副団長。

 自らに定められた「消滅の時」を受け入れ、それまで必死に生きると決めた。

 エスメラルダ・サンターナ。16歳。ユースフロウ大陸南部地方エルサウス出身。

 クラリスにその強大な能力を見出され、プリンセス・シールドにスカウトされた。

 精神感応系魔力回路【アナライザー】の保有者。

 その能力ゆえ人々に疎まれたエスメラルダは、滅多にその力を使わない。

 エルザ=マリア・フェルンバッハ。14歳。エルグラン出身の大魔術師。

 特定危険人物に指定され、アヴァロン皇国首都エールにある城塞牢獄ダイアモンド・プリズンに収監されている。

 両親を殺害し、フェルンバッハ家を滅亡寸前にまで追い込んだ者への復讐を胸に秘め、プリンセス・シールドに加入した。本人は牢獄にあるため、くまのぬいぐるみを遠隔操作して戦う。

 ジャン=ジャック・ドラクロワ。20歳。軍務省所属。階級は少佐。正式呼称はメイジャー・ドラクロワ。魔力回路【コンダクター】により、飛空船を意のままに操る天才艦長。四大公爵の一人、デューク・エールストンと、対等に話せる友人関係にある。クラリスの許嫁だが、父親であるドラクロワ伯爵からは反対されている。

 プリンセス・アヴァロン。15歳。本名秘匿。アヴァロン皇国2000年の歴史の中で、初めて生まれた女児。王家が二児以上もうけたことはかつて無く、その為「不吉姫」などと揶揄する勢力もある。

 愛と同様、この世界を救う鍵を持つ姫だが、その力に気づく者はまだいない。

 黒騎士と呼称される謎の騎士。当時キングス・シールド騎士団を率いていたクラリスの仲間を、その圧倒的な戦闘力で惨殺した犯人。この戦いでクラリスは左腕と左目を失った。神出鬼没、正体不明、目的不明。剣も魔法も一切通用しない無敵の騎士。

 ベルトラン・ケ・デルヴロワ。23歳。キングス・シールド騎士団団長。

 人類であるかも疑わしい面貌を持つ巨漢騎士。魔力回路を持たない為、神器【ウイングド・ハルバート】のみを頼りにのし上がった剣技の実力派。

 顔も口も悪いが、正義の為、仲間の為なら血を流すことを躊躇わない熱血漢。

 ただ、少女のドレスを収集する趣味があり、性癖的には危険。

 オメガ。年齢不詳、能力不明の敵魔導師。木霊に深い恨みを持つ。

 獣人王ウィンザレオ、竜王ゲオルギウス、妖精王オベロン、魔王ディアボロと盟約を結び、世界を混沌へと導く。

 プリンセス・シールドは、この少年の掌の上で踊らされることとなる。

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