#20. 握手は遠く
文字数 2,129文字
良く見れば、黒騎士とは随分と小柄な騎士だ。甲冑に身を包んでいるにも関わらず、愛と背丈がほとんど変わらない。そういう種族か? それとも子どもか? ただの小さなやつなのか?
「ふぇっふぇっ」
愛の後ろで、エンヤが握りしめていた刀をぽいと捨てた。刀と言っても、柄しか無いが。
「愛! お前、ふざけているのかっ!」
柄が落ちた音で我に返ったクラリスが激昂した。黒騎士は仲間の仇であり、自分が殺されかけた相手だ。これから部下となる愛が、そんな者と友達になるのは許せまい。なれれば、の話だが。
「あ、愛っ……!」
黒騎士に微笑みかける愛を、アリスは悲しそうに見ている。
「どうしたの? 握手、知らない? 愛も知らなかったけど、アヴァロンでは友達になろうよっていう意味なんだよね?」
動かない黒騎士に、愛は距離を詰めて握手を催促した。しかし、黒騎士は再び後退った。
「馬鹿な事をするな、愛! そいつは」
「知ってる。聞いたよ」
「ならば!」
「でも!」
愛はクラリスの言葉を遮った。
「でも、愛はクラリスからしか黒騎士ちゃんの話を聞いてない」
「なにい?」
「クラリスは黒騎士ちゃんに酷いことされたって言ってたけど、もしかしたら、黒騎士ちゃんがそうしなくちゃならなくなった理由があるのかも知れないでしょ? もしかしたら、クラリスが先に黒騎士ちゃんに酷いことしてたのかも知れないよ」
「なっ!」
ほう。なるほど、それはそうかも知れない。私とした事が、その視点を忘れていた。普段は何も考えていない愛だが、たまにこうして私を驚かせる事がある。
「お姉様は騎士の頂点、キングス・シールド団長でしたのよ! これは人格品格、思想実力全てにおいて優秀だという証明ですわ! そんなお姉様が報復されるような事をしたとでも言うんですの、愛っ!」
これにはアリスも黙ってはいられなかったようだ。小さなアリスが、体全体で怒りを示している。
「そんなの、分かんないよ。愛はまだ、みんなもこの国のことも、何も知らない。でも、愛にとって、黒騎士ちゃんは、初対面の子でしかないの。敵でも味方でも無い、初対面の子。なら、いきなり敵になっちゃうよりは、友達になった方がいいと思う。クラリスやアリスちゃんは、気分が悪いのかも知れないけど……ごめんね。でも、愛、間違ってるかな、アリスちゃん?」
「うっ……、それはっ……」
アリスは返答に窮した。確かに、愛はアヴァロンの都合に巻き込まれているだけだ。それをアリスも思い出したのだろう。
「ふふん。黒騎士とやら、みるみる敵意が引いておるわ」
エンヤはにやりと笑っている。こんな生気も意志も感じられない相手でも、そんな事が分かるのか。倭人には、こうした不思議な力が備わっているらしい。エンヤでなくとも、こうした事が良くあった。
「クラリス」
「フェリスか。何だ? 危ないぞ、馬車に戻れ」
いつの間にかクラリスの側へ来ていたフェリシアーノが、クラリスに耳打ちした。
「現状、黒騎士に対抗する手段はありません。ここは、愛姫に任せましょう。もし、万が一友達となれたのならば、前キングス・シールド襲撃の理由なども聞けるかも知れません」
「……口惜しいな」
「今だけですよ。懐柔さえ出来れば、後はどうとでも出来るでしょう」
フェリシアーノは悪魔のような笑顔を浮かべ、そう囁いた。この男、陰謀の類が好きそうだ。私と同じ匂いがする。
「さあ、手を出して」
「…………」
愛の差し出した手に、黒騎士も手を差し出そうと動き出す。それは、緩慢な動きだった。その時。
「黒騎士、殺ス!」
「えっ?」
「危ない、姫しゃま!」
真夏の空から氷塊が降ってきた。エンヤが咄嗟に愛を抱えて飛び退いた場に落ちた人間大の氷が、石畳を砕いて地に刺さった。
「黒騎士ちゃーん!」
氷塊に圧殺させられたと思った愛は、エンヤに連れ去られながらも黒騎士へ手を伸ばした。
「なんだ!? 儀仗騎士団、盾構え! 沿道の人々を守るのだ!」
ベルトランの指示に、儀仗騎士団が速やかに反応する。儀仗騎士団団員たちは、背負っていたカイトシールド(人がすっぽり隠れるくらいの盾)を構え、街道沿いに整列した。氷塊は、空からどんどん湧くように現れている。
「皆さん、我々の盾の陰に隠れて下さい」
「うわあああ!」
「なんなの、あれは!」
「怖いよお!」
市民は儀仗騎士団団員の側に隠れると、頭を抱えて蹲った。
「…………」
氷塊が激突したはずの黒騎士は、手を差し出す形のままで立ち尽くしていた。確かに氷塊は直撃していたが、全く関係なく立っている。
「ヒャッハー! 黒騎士、殺ス! 黒騎士ト、戦ウヨー!」
空に浮かぶ無数の氷塊の一つに、エルザ=マリアのくまさんが立っていた。
「エルザ=マリア! あの馬鹿め!」
クラリスがエルザ=マリアを見上げ、歯を鳴らした。