#11. 愛の本性

文字数 1,590文字

 人間は【肉体】、【精神】、そして【魂】から成り立っている。私の真の名は、それに由来しているが、今は【木霊】だ。エンヤに名付けられた名前である。

 肉体を持たない私は、【精神】と【魂】だけで生きている。そうする事が、私の【魔力回路】にとって最も都合がいいからだ。

 この【魔力回路】を持つ者を、アヴァロンでは【保有者】と呼ぶ。その【魔力回路】に【魔力】を通す事で発揮される不思議な力が【魔法】である。

 さらに、それを基にして研究開発されたのが【魔術】であり、これは誰でも使用可能だ。但し、【魔法】に比べ詠唱等の定められた作法が必要となる分、発動には時間がかかる。これを操る者を【魔術士】あるいは【錬金術士】と呼ぶ。

 さて、魔法を使う【保有者】には、先天性と後天性という種類がある。愛の場合は先天性だ。愛は生まれながらの【保有者】であり、アヴァロンでは【魔導士】に分類される。【魔導士】の中でも、特に優れた【魔力回路】を持つ私のような【保有者】は【魔導師】とされる。

 愛はその【魔力回路】の凡庸さから【魔導士】になる。何しろ特に珍しくもない、言ってしまえば一番保有者の多い魔力回路なのだから。それは【モンスター】と名付けられた魔力回路だ。しかし、こと愛が持つと、そんな魔力回路も特別な物となる。

「にひっ」
「むっ?」

 愛は意地悪な笑みを浮かべて鞘から左手を離すと、クラリスの剣を掴んだ。握ってしまうと手が切れてしまうので、挟む感じだ。クラリスは片眉を上げた。仮面に隠されていない、右の眉だ。眉毛も紅い。

「にひひひひひ」

 愛は剣を掴んだ左手に力を込め始めた。

「むっ、お、おおお!」

 クラリスが驚愕している。愛の掴んだ所が、曲がる、いや、捻れてゆく。剣が柔らかなタオルのように絞られてゆく。

 その剣の柄を握るクラリスの握力もかなりの物だ。普通はここまで剣を持ち得ない。愛もそれには少し驚いたようだ。だから。

「こんのおおおお!」
「むう! いかん!」

 愛は一気に力を入れた。クラリスがあくまでも剣から手を離さないのであれば、その腕ごと捻り折ってやろうとしたのだ。

「ちえっ」

 しかし、クラリスは流石だった。咄嗟に手を離し、愛の思惑から逃げたのだ。剣は竜巻のように回転した後、粉々に砕けた。

「なんという馬鹿げた力だ……」

 クラリスの口角が大きく吊り上がった。この女、愛の力の一端を見ていながら、なんと嬉しそうな顔をするのか。台詞と表情が一致していない。今までこれを見た騎士たちは、皆、顔面を蒼白にしていたというのに。

「馬鹿って言った?」

 愛は頬をぷくりと膨らませた。なんという事だ。愛から伝わるこの感情は私の想定外だった。その力ゆえに戦場に出ていたが、愛は好きで戦っているわけではないと、そう思っていたのだ。愛の出陣した戦は常勝だったが、愛はいつも悲しそうだったから、私はそう決めつけていたのだ。

 だが、違った。これは、昔、確かに私も持っていた感情だ。これは、これは!

(楽しい!)

 確かに、間違いなく、愛はクラリスとの戦いを楽しんでいる! 喜んですらいる! ああ、そうだ! 強過ぎるのは、退屈なのだ! 愛は、今、やっと! 生まれて初めての、好敵手に出会ったのだ!

 分かる。この気持ちは、私にも覚えがある。アヴァロン皇国初代国王、オズワルド・アヴァロンに出会った時だ!

「さあ、どうする? あなた、剣が無くなっちゃったよ? 降参する? それとも、」

 愛はクラリスに刀を突きつけ、

「死ぬ?」

 無邪気に笑った。
 圧倒的優位に立ったはずの愛だが、勝ち誇っているわけではない。

 愛は期待している。クラリスという騎士が、このまま終わる者では無いと、信じている。
 それは奇妙な信頼だった。

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登場人物紹介

 東条愛。15歳。倭の国の姫。魔力回路【モンスター】の保有者。

 王族専属護衛騎士団【プリンセス・シールド】に入隊した後、エルンスト教教皇マーリンより神器【クレイモア・ギガース】を賜る。

 愛の成長が、この世界を滅亡から救う鍵となる。

 木霊。4000歳以上。愛の左手薬指にはまる、白金の指輪。

 最強の魔力回路【ネクロマンサー】を持つ不死者。

 愛に残酷な試練を与えるべく寄生している。

 クラリス・ベルリオーズ。17歳。隻眼隻腕のプリンセス・シールド団長。

 仲間の仇である【黒騎士】打倒に執念を燃やす。

 魔力回路は【ファイア・スターター】。神器【アンフラム・ファルシオン】を自在に操るクラリスは、大陸最強の騎士との呼び声が高い。

 

 アリス・ベルリオーズ。?歳。自称クラリスの妹を名乗る妖精。

 魔力回路【オールマイティ】を駆使し、クラリスを補佐するプリンセス・シールド騎士団副団長。

 自らに定められた「消滅の時」を受け入れ、それまで必死に生きると決めた。

 エスメラルダ・サンターナ。16歳。ユースフロウ大陸南部地方エルサウス出身。

 クラリスにその強大な能力を見出され、プリンセス・シールドにスカウトされた。

 精神感応系魔力回路【アナライザー】の保有者。

 その能力ゆえ人々に疎まれたエスメラルダは、滅多にその力を使わない。

 エルザ=マリア・フェルンバッハ。14歳。エルグラン出身の大魔術師。

 特定危険人物に指定され、アヴァロン皇国首都エールにある城塞牢獄ダイアモンド・プリズンに収監されている。

 両親を殺害し、フェルンバッハ家を滅亡寸前にまで追い込んだ者への復讐を胸に秘め、プリンセス・シールドに加入した。本人は牢獄にあるため、くまのぬいぐるみを遠隔操作して戦う。

 ジャン=ジャック・ドラクロワ。20歳。軍務省所属。階級は少佐。正式呼称はメイジャー・ドラクロワ。魔力回路【コンダクター】により、飛空船を意のままに操る天才艦長。四大公爵の一人、デューク・エールストンと、対等に話せる友人関係にある。クラリスの許嫁だが、父親であるドラクロワ伯爵からは反対されている。

 プリンセス・アヴァロン。15歳。本名秘匿。アヴァロン皇国2000年の歴史の中で、初めて生まれた女児。王家が二児以上もうけたことはかつて無く、その為「不吉姫」などと揶揄する勢力もある。

 愛と同様、この世界を救う鍵を持つ姫だが、その力に気づく者はまだいない。

 黒騎士と呼称される謎の騎士。当時キングス・シールド騎士団を率いていたクラリスの仲間を、その圧倒的な戦闘力で惨殺した犯人。この戦いでクラリスは左腕と左目を失った。神出鬼没、正体不明、目的不明。剣も魔法も一切通用しない無敵の騎士。

 ベルトラン・ケ・デルヴロワ。23歳。キングス・シールド騎士団団長。

 人類であるかも疑わしい面貌を持つ巨漢騎士。魔力回路を持たない為、神器【ウイングド・ハルバート】のみを頼りにのし上がった剣技の実力派。

 顔も口も悪いが、正義の為、仲間の為なら血を流すことを躊躇わない熱血漢。

 ただ、少女のドレスを収集する趣味があり、性癖的には危険。

 オメガ。年齢不詳、能力不明の敵魔導師。木霊に深い恨みを持つ。

 獣人王ウィンザレオ、竜王ゲオルギウス、妖精王オベロン、魔王ディアボロと盟約を結び、世界を混沌へと導く。

 プリンセス・シールドは、この少年の掌の上で踊らされることとなる。

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