#9. 服飾職人、ヘルメス

文字数 2,471文字

 クラリスは、新しい制服に身を包んだ自分自身に驚愕した。着るのに必死過ぎて、どんなものなのかまでは気が回らなかったと見える。意外とドジな面もあるようだ、と私はクラリスへの理解を深めた。私はアリスとクラリスの事は、大体把握したのではないだろうか。

「こ、こここ、こんな制服、一体誰がデザインしたあっ!」

 怒鳴るクラリス。頬は恥辱からか、真っ赤に染まって膨れている。その表情は、年相応に幼く映った。

「なんで怒ってるの、クラリス? 愛、これ気に入ったよ」

 愛は大きな姿見の前で、いろんな角度から自分を見ている。にこにことポーズを取る様は、心の底から喜んでいると誰でも分かる。

「ふえっ、ふえええ。私も、こ、こんな」

 エスメラルダも紅潮し、困惑している。因みに着替え終えた時点で、私の魔法は解除した。今、エスメラルダは自由だ。

「こんな短いスカートで外なんて歩いたら、もうお嫁に行けませんよおおおお!」

 エスメラルダは、その自由になった両手で、スカートの裾を精一杯下に引っ張っていた。エスメラルダは、どうしてもお嫁に行きたいらしい。誰か意中の人でもいるのだろうか。

「う、うーん。わたくしは、それほど抵抗ありませんですけれど……確かにこれは少しおかしいかも知れませんわね」

 アリスも愛と一緒に姿見の前でひらひらと回ったりしているし、まんざらでもないようだ。

 クラリスたちプリンセス・シールドの新制服は、ピンクの大きなタブが特徴的なジャケットと、下は前代未聞のミニスカートだった。これは私から見てもふざけている。

 こんな格好で戦うとなれば、おかしな所にまで気を回さなければならなくなり、実力を存分に発揮出来なくなるだろう。まあ、見ている者には楽しいかも知れないが、プリンセス・シールドはショウガールでは無い。楽しませる必然性は皆無だ。

「メイド!」
「はい。御用でしょうか、ディム・クラリス」
「御用でしょうか、ではない! これは、お前が用意したのだろう!」
「その通りで御座います、ディム・クラリス」

 メイドはしれっと返事する。激高するクラリスにも、このメイドは全く態度を変化させない。大した肝っ玉の持ち主だ。

「では、作ったのはお前か!」
「いいえ、私ではありません、ディム・クラリス」
「ならば、製作者を呼べ! どういうつもりか、私が直々に問い質してくれるわ!」
「かしこまりました、ディム・クラリス。そう仰ると思い、すでにこちらにお越しいただいておりました」
「は?」

 メイドは深々とお辞儀すると、体をすいっとずらした。そのメイドの後ろから、上等なスーツを着込んだ恰幅のいい禿げた小男が現れた。小男のおっさんは、にこにこと手もみをしながらぺこりと頭を下げた。

「……誰だ?」

 意表を突かれたクラリスは、ぱっくりと開けたままの口でやっと尋ねた。

「こちらは、その新制服のデザイナー、ヘルメス・ヘンドリクス様で御座います、ディム・クラリス」
「これはこれは、初めましてディム・クラリス。私、ヘルメス・ヘンドリクスと申しまして、それはもう、仕事には誇りを持って取り組んでおります」

 メイドに紹介されたヘルメスなるハゲ男もといデザイナーは、さらに両手をもみもみと揉みしだき、脂性のてかてかとした顔でにっこりと微笑んだ。クラリスはしばし硬直しヘルメスを凝視していたが、はたと何かに気がついた。

「おい。お前、ずっとそこにいたのか?」

 クラリスがわなわなと震える人差し指をヘルメスに向けた。

「はい、それはもう! 私、仕事に誇りを持っておりますので!」

 ヘルメスは思い切り頷いて破顔した。何を聞かれているのか、このハゲ男は全く分かっていないようだ。

「ふあ、ふあああああーーーっ! じゃあ、私も、ずっと見られていたって事ですかああああーーーーっ! ももももも、もうお嫁に行けませええええーーーんっ!」

 エスメラルダはまたしても絶叫し、ぺたんとその場に座り込んだ。エスメラルダに関しては、私の予想通りの反応だ。

 では、クラリスは? 着替えにもたついていたクラリスは、エスメラルダ並にじっくりとその裸体を見られていたはずだが、どんな反応を見せるのだろうか?



「おーい、クラリスー。入るよー」

 プリンセス・シールド待機室のドアを、いきなり開けて入ってきた者がいる。
 ショートカットで元気のいい、20歳位のその女性は、シールド騎士団の制服と、団長専用の純白のマントを羽織っている。

「これはディム・ヘイゼル。ようこそおいで下さいました」
「やっほー、メイドさん。相変わらず堅いねー。あたしの事は、ヘイゼルって呼んでくれていいんだよー」
「滅相もございません、ディム・ヘイゼル。そんなご無礼は働けません」

 満面の笑みで、メイドに向けてしゅたっと手を挙げるこの女性、どうやらプリンス・シールド団長のヘイゼル・アップルヤードであるようだ。前プリンセス・シールドを務めていたので、当然女性である。細身で小柄だが、瞬発力のありそうな女性だ。私はヘイゼルに、ひまわりのイメージを抱いた。

「あっはっは。新人メイドさんだもんねー。無理も無いかー。あ、でさ、クラリスは? クラリス、いる?」

 ヘイゼルは手を目の上に当てて、部屋をきょろきょろと見回そうとしたが、すぐにその目は固定され、見開かれた。そんなヘイゼルが見た物は。

「おのれ、この出歯亀のクソオヤジめ! 汚らしい豚のように転げまわるがいい! これでもか、これでもかあっ!」
「ふがあ、ふがふがふがががが!」

 ロープで簀巻にされ、猿ぐつわをはめたハゲオヤジを、ロングブーツのかかとで激しく蹴りつけ踏みつけるクラリスの姿だった。

「ち、ちょっとクラリスー! なにやってんの、あんたー! その人、貴族御用達の高級服飾職人、ヘルメス様じゃないかー!」

 叫ぶヘイゼルは、真っ青に染まったひまわりと化していた。
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登場人物紹介

 東条愛。15歳。倭の国の姫。魔力回路【モンスター】の保有者。

 王族専属護衛騎士団【プリンセス・シールド】に入隊した後、エルンスト教教皇マーリンより神器【クレイモア・ギガース】を賜る。

 愛の成長が、この世界を滅亡から救う鍵となる。

 木霊。4000歳以上。愛の左手薬指にはまる、白金の指輪。

 最強の魔力回路【ネクロマンサー】を持つ不死者。

 愛に残酷な試練を与えるべく寄生している。

 クラリス・ベルリオーズ。17歳。隻眼隻腕のプリンセス・シールド団長。

 仲間の仇である【黒騎士】打倒に執念を燃やす。

 魔力回路は【ファイア・スターター】。神器【アンフラム・ファルシオン】を自在に操るクラリスは、大陸最強の騎士との呼び声が高い。

 

 アリス・ベルリオーズ。?歳。自称クラリスの妹を名乗る妖精。

 魔力回路【オールマイティ】を駆使し、クラリスを補佐するプリンセス・シールド騎士団副団長。

 自らに定められた「消滅の時」を受け入れ、それまで必死に生きると決めた。

 エスメラルダ・サンターナ。16歳。ユースフロウ大陸南部地方エルサウス出身。

 クラリスにその強大な能力を見出され、プリンセス・シールドにスカウトされた。

 精神感応系魔力回路【アナライザー】の保有者。

 その能力ゆえ人々に疎まれたエスメラルダは、滅多にその力を使わない。

 エルザ=マリア・フェルンバッハ。14歳。エルグラン出身の大魔術師。

 特定危険人物に指定され、アヴァロン皇国首都エールにある城塞牢獄ダイアモンド・プリズンに収監されている。

 両親を殺害し、フェルンバッハ家を滅亡寸前にまで追い込んだ者への復讐を胸に秘め、プリンセス・シールドに加入した。本人は牢獄にあるため、くまのぬいぐるみを遠隔操作して戦う。

 ジャン=ジャック・ドラクロワ。20歳。軍務省所属。階級は少佐。正式呼称はメイジャー・ドラクロワ。魔力回路【コンダクター】により、飛空船を意のままに操る天才艦長。四大公爵の一人、デューク・エールストンと、対等に話せる友人関係にある。クラリスの許嫁だが、父親であるドラクロワ伯爵からは反対されている。

 プリンセス・アヴァロン。15歳。本名秘匿。アヴァロン皇国2000年の歴史の中で、初めて生まれた女児。王家が二児以上もうけたことはかつて無く、その為「不吉姫」などと揶揄する勢力もある。

 愛と同様、この世界を救う鍵を持つ姫だが、その力に気づく者はまだいない。

 黒騎士と呼称される謎の騎士。当時キングス・シールド騎士団を率いていたクラリスの仲間を、その圧倒的な戦闘力で惨殺した犯人。この戦いでクラリスは左腕と左目を失った。神出鬼没、正体不明、目的不明。剣も魔法も一切通用しない無敵の騎士。

 ベルトラン・ケ・デルヴロワ。23歳。キングス・シールド騎士団団長。

 人類であるかも疑わしい面貌を持つ巨漢騎士。魔力回路を持たない為、神器【ウイングド・ハルバート】のみを頼りにのし上がった剣技の実力派。

 顔も口も悪いが、正義の為、仲間の為なら血を流すことを躊躇わない熱血漢。

 ただ、少女のドレスを収集する趣味があり、性癖的には危険。

 オメガ。年齢不詳、能力不明の敵魔導師。木霊に深い恨みを持つ。

 獣人王ウィンザレオ、竜王ゲオルギウス、妖精王オベロン、魔王ディアボロと盟約を結び、世界を混沌へと導く。

 プリンセス・シールドは、この少年の掌の上で踊らされることとなる。

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