#15. ペットの芸の教え方
文字数 2,087文字
「何これ何これ。おいしいーい。滑らかでふわふわで、口に入れるととろって溶けるー」
それはアヴァロンで人気のスイーツだ。愛の笑顔も蕩けている。私はお菓子に詳しくないので分からないが、美味しいらしい。どうせ食べられないので興味が無いのだ。
「良し。それを行儀良く食べたら、次はこれだ。これは紅茶というもので、飲み方にも作法がある」
「お茶なら愛だってやったから大丈夫。偉い茶道の先生に習ったもん」
「さ、茶道? 茶に道が? 倭はそこまで茶に拘るのか……。あ、いや、おそらくそれとは違うぞ、愛。別物として考えろ」
「ふーん? 分かった」
「凄いな、愛。食べ物の礼儀作法やマナーになった途端、急に覚えが早くなるとは。やれば出来るではないか」
「えへへー。そうだよ、愛は出来る子だよー」
にこにこまふまふとスイーツを食らう愛の頭を、クラリスがよしよしと撫でている。うむ。これ、動物に躾している画だな。ペットに芸を教えている感覚だ。クラリスは愛の扱い方を会得したようだ。
「出来るのは、食べる事だけでしょう? ただ食い意地が張っているだけではありませんの?」
クラリスの肩にとまったアリスがそんな愛を批判する。正しい認識だ。優雅な振る舞いに関してのレクチャーは、まるで出来ていなかった。まずは優雅な、という概念の説明から愛は挫折していたし、ここは諦めて倭の様式で押し切る事になっている。
愛とて、一応は姫なのだ。相応の正式な着衣もちゃんと持参しているので、これを用いれば少々おかしな挙動をしてもアヴァロン人には分かるまい。全て倭の作法で言い訳出来る。はずだ。
ただ、着付けはどうするか? 愛一人では着られない。倭の女性が着用する正当な衣服は、かなり複雑で着るのに手間がかかる。ここは大問題だと思われる。
ダイニングの隅では、あのメイドが澄ました顔で控えている。あのメイド、着付け出来れば助かるが……どう見てもアヴァロン人なので、無理だろう。
「えっへっへ。アリスちゃんにはバレてるかー」
「いえ、お姉様にもとっくにバレていますわよ。ああ、ほら、口の周りにクリームがついてますわ。もう、しょうがない子ですわね」
アリスはクラリスの肩からひらりと舞い降り、愛の口をナプキンで拭った。おかんみたいな妖精だ。
アリスは飛空船の中でも帰還してからも、クラリスのベッドにほぼつきっきりで看病していたが、随分と明るい表情を取り戻した。クラリスの傷からの出血が止まり、痛みもほぼ無くなったせいだろう。元々タフなクラリスは、それだけでもう普通に活動出来ている。
王城には魔法医療団なる治癒専門の騎士団が存在する。彼らはどんな怪我や病気も治す、医療のエキスパートたちだ。クラリスは、そんな彼らに丸一日、完全看護を行われた。総数100名を超える治癒魔導師が、総出でクラリスの治療にあたったのだ。それでやっと止血が出来た。なぜか?
それは、クラリスの持つ魔力回路が強大だったからだろう。魔力回路は他の魔法に干渉する。魔力回路同士なら反発する。一人一つの魔力回路しか持てない理由がこれである。つまり、クラリスの魔力回路が治癒魔法を弾き返すので、これほど大掛かりにならざるを得なかったのだ。魔力回路保有者には、魔法の効きが悪くなる。これは攻撃魔法も治癒魔法も同じだ。
しかし、解せない。クラリスの魔力回路は壊れていた。不完全で発動しない魔力回路が、ここまで治癒魔法を阻害するのは意外に過ぎる。クラリスと、アリス。どちらも私の常識には無いものを持っている。
「もう夕方、か。なんとか間に合いそうだが」
クラリスは人より大きな柱時計に目をやった。
「エスメラルダ・サンターナは、間に合わないようですわね、お姉様」
愛の頭にちょこんと乗ったアリスが同調した。
晩餐会には、王族重臣貴族連中はもちろん、他のシールド騎士団メンバーも出席する。
「エルザ=マリア・フェルンバッハも、ダイアモンド・プリズンから出監許可は得られなかった。いっそ晩餐会には不参加でいこうと考えたが……」
「ぬいぐるみでも、エルザ=マリアはエルザ=マリアですわ、お姉様。そんな除け者のような扱いはしたくありません」
「うむ。そうなると、他のシールド騎士団、特にベルトランからの嘲笑や挑発が予想されるが」
「堪えなければなりませんわね」
「うむ」
隻腕隻眼の団長、妖精の副団長、ぬいぐるみや倭人のメンバー、そして欠員。プリンセス・シールド騎士団の晴れ舞台は、暗雲がこれでもかと立ち込めていた。