#15. ペットの芸の教え方

文字数 2,087文字

 クラリスの指導は、アリスのものとは比べ物にならないほど厳しかった。愛は出来るまで頭を拳骨で叩かれ罵られ、出来るとおいしいおやつを与えられた。ここは王城迎賓館の小規模ダイニングスペースだ。小規模とはいえ、テーブルセットは四脚あり、ダンスフロアも確保されている。主に騎士同士の会合で使われる場であり、実用重視となっている為、品格は低い。クラリスはここを貸り切って愛の指導に充てていた。

「何これ何これ。おいしいーい。滑らかでふわふわで、口に入れるととろって溶けるー」

 それはアヴァロンで人気のスイーツだ。愛の笑顔も蕩けている。私はお菓子に詳しくないので分からないが、美味しいらしい。どうせ食べられないので興味が無いのだ。

「良し。それを行儀良く食べたら、次はこれだ。これは紅茶というもので、飲み方にも作法がある」
「お茶なら愛だってやったから大丈夫。偉い茶道の先生に習ったもん」
「さ、茶道? 茶に道が? 倭はそこまで茶に拘るのか……。あ、いや、おそらくそれとは違うぞ、愛。別物として考えろ」
「ふーん? 分かった」
「凄いな、愛。食べ物の礼儀作法やマナーになった途端、急に覚えが早くなるとは。やれば出来るではないか」
「えへへー。そうだよ、愛は出来る子だよー」

 にこにこまふまふとスイーツを食らう愛の頭を、クラリスがよしよしと撫でている。うむ。これ、動物に躾している画だな。ペットに芸を教えている感覚だ。クラリスは愛の扱い方を会得したようだ。

「出来るのは、食べる事だけでしょう? ただ食い意地が張っているだけではありませんの?」

 クラリスの肩にとまったアリスがそんな愛を批判する。正しい認識だ。優雅な振る舞いに関してのレクチャーは、まるで出来ていなかった。まずは優雅な、という概念の説明から愛は挫折していたし、ここは諦めて倭の様式で押し切る事になっている。

 愛とて、一応は姫なのだ。相応の正式な着衣もちゃんと持参しているので、これを用いれば少々おかしな挙動をしてもアヴァロン人には分かるまい。全て倭の作法で言い訳出来る。はずだ。

 ただ、着付けはどうするか? 愛一人では着られない。倭の女性が着用する正当な衣服は、かなり複雑で着るのに手間がかかる。ここは大問題だと思われる。

 ダイニングの隅では、あのメイドが澄ました顔で控えている。あのメイド、着付け出来れば助かるが……どう見てもアヴァロン人なので、無理だろう。

「えっへっへ。アリスちゃんにはバレてるかー」
「いえ、お姉様にもとっくにバレていますわよ。ああ、ほら、口の周りにクリームがついてますわ。もう、しょうがない子ですわね」

 アリスはクラリスの肩からひらりと舞い降り、愛の口をナプキンで拭った。おかんみたいな妖精だ。

 アリスは飛空船の中でも帰還してからも、クラリスのベッドにほぼつきっきりで看病していたが、随分と明るい表情を取り戻した。クラリスの傷からの出血が止まり、痛みもほぼ無くなったせいだろう。元々タフなクラリスは、それだけでもう普通に活動出来ている。

 王城には魔法医療団なる治癒専門の騎士団が存在する。彼らはどんな怪我や病気も治す、医療のエキスパートたちだ。クラリスは、そんな彼らに丸一日、完全看護を行われた。総数100名を超える治癒魔導師が、総出でクラリスの治療にあたったのだ。それでやっと止血が出来た。なぜか?

 それは、クラリスの持つ魔力回路が強大だったからだろう。魔力回路は他の魔法に干渉する。魔力回路同士なら反発する。一人一つの魔力回路しか持てない理由がこれである。つまり、クラリスの魔力回路が治癒魔法を弾き返すので、これほど大掛かりにならざるを得なかったのだ。魔力回路保有者には、魔法の効きが悪くなる。これは攻撃魔法も治癒魔法も同じだ。

 しかし、解せない。クラリスの魔力回路は壊れていた。不完全で発動しない魔力回路が、ここまで治癒魔法を阻害するのは意外に過ぎる。クラリスと、アリス。どちらも私の常識には無いものを持っている。

「もう夕方、か。なんとか間に合いそうだが」

 クラリスは人より大きな柱時計に目をやった。

「エスメラルダ・サンターナは、間に合わないようですわね、お姉様」

 愛の頭にちょこんと乗ったアリスが同調した。

 晩餐会には、王族重臣貴族連中はもちろん、他のシールド騎士団メンバーも出席する。

「エルザ=マリア・フェルンバッハも、ダイアモンド・プリズンから出監許可は得られなかった。いっそ晩餐会には不参加でいこうと考えたが……」
「ぬいぐるみでも、エルザ=マリアはエルザ=マリアですわ、お姉様。そんな除け者のような扱いはしたくありません」
「うむ。そうなると、他のシールド騎士団、特にベルトランからの嘲笑や挑発が予想されるが」
「堪えなければなりませんわね」
「うむ」

 隻腕隻眼の団長、妖精の副団長、ぬいぐるみや倭人のメンバー、そして欠員。プリンセス・シールド騎士団の晴れ舞台は、暗雲がこれでもかと立ち込めていた。
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登場人物紹介

 東条愛。15歳。倭の国の姫。魔力回路【モンスター】の保有者。

 王族専属護衛騎士団【プリンセス・シールド】に入隊した後、エルンスト教教皇マーリンより神器【クレイモア・ギガース】を賜る。

 愛の成長が、この世界を滅亡から救う鍵となる。

 木霊。4000歳以上。愛の左手薬指にはまる、白金の指輪。

 最強の魔力回路【ネクロマンサー】を持つ不死者。

 愛に残酷な試練を与えるべく寄生している。

 クラリス・ベルリオーズ。17歳。隻眼隻腕のプリンセス・シールド団長。

 仲間の仇である【黒騎士】打倒に執念を燃やす。

 魔力回路は【ファイア・スターター】。神器【アンフラム・ファルシオン】を自在に操るクラリスは、大陸最強の騎士との呼び声が高い。

 

 アリス・ベルリオーズ。?歳。自称クラリスの妹を名乗る妖精。

 魔力回路【オールマイティ】を駆使し、クラリスを補佐するプリンセス・シールド騎士団副団長。

 自らに定められた「消滅の時」を受け入れ、それまで必死に生きると決めた。

 エスメラルダ・サンターナ。16歳。ユースフロウ大陸南部地方エルサウス出身。

 クラリスにその強大な能力を見出され、プリンセス・シールドにスカウトされた。

 精神感応系魔力回路【アナライザー】の保有者。

 その能力ゆえ人々に疎まれたエスメラルダは、滅多にその力を使わない。

 エルザ=マリア・フェルンバッハ。14歳。エルグラン出身の大魔術師。

 特定危険人物に指定され、アヴァロン皇国首都エールにある城塞牢獄ダイアモンド・プリズンに収監されている。

 両親を殺害し、フェルンバッハ家を滅亡寸前にまで追い込んだ者への復讐を胸に秘め、プリンセス・シールドに加入した。本人は牢獄にあるため、くまのぬいぐるみを遠隔操作して戦う。

 ジャン=ジャック・ドラクロワ。20歳。軍務省所属。階級は少佐。正式呼称はメイジャー・ドラクロワ。魔力回路【コンダクター】により、飛空船を意のままに操る天才艦長。四大公爵の一人、デューク・エールストンと、対等に話せる友人関係にある。クラリスの許嫁だが、父親であるドラクロワ伯爵からは反対されている。

 プリンセス・アヴァロン。15歳。本名秘匿。アヴァロン皇国2000年の歴史の中で、初めて生まれた女児。王家が二児以上もうけたことはかつて無く、その為「不吉姫」などと揶揄する勢力もある。

 愛と同様、この世界を救う鍵を持つ姫だが、その力に気づく者はまだいない。

 黒騎士と呼称される謎の騎士。当時キングス・シールド騎士団を率いていたクラリスの仲間を、その圧倒的な戦闘力で惨殺した犯人。この戦いでクラリスは左腕と左目を失った。神出鬼没、正体不明、目的不明。剣も魔法も一切通用しない無敵の騎士。

 ベルトラン・ケ・デルヴロワ。23歳。キングス・シールド騎士団団長。

 人類であるかも疑わしい面貌を持つ巨漢騎士。魔力回路を持たない為、神器【ウイングド・ハルバート】のみを頼りにのし上がった剣技の実力派。

 顔も口も悪いが、正義の為、仲間の為なら血を流すことを躊躇わない熱血漢。

 ただ、少女のドレスを収集する趣味があり、性癖的には危険。

 オメガ。年齢不詳、能力不明の敵魔導師。木霊に深い恨みを持つ。

 獣人王ウィンザレオ、竜王ゲオルギウス、妖精王オベロン、魔王ディアボロと盟約を結び、世界を混沌へと導く。

 プリンセス・シールドは、この少年の掌の上で踊らされることとなる。

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