#5. 見るからに恋

文字数 1,604文字

 ジャン=ジャック・ドラクロワの登場により、フォルスナロウ行きを渋り駄々を捏ねまくっていたプリンセスも、ついに折れた。プリンセスを旗頭に出帆した愛たちは、今、空駆ける船にあった。

「どおーおだよおークラリスー。この船、前に乗ってたキング号よりはかなり小さいけどな、最新鋭艦なんだぜえー。凄いだろ? なあ、凄いだろおっ?」
「ああ、分かった分かった。凄い凄い。凄いから、ちゃんと操艦に集中してくれないか、ジャン」

 舵輪や方位磁針計などが並ぶ船のブリッジでは、キャプテンシートに腰掛けたジャン=ジャックが、その横に立つクラリスに、まるで子供のように嬉々として語りかけていた。

 この船、実はつい先日進水式ならぬ進空式を終えたばかりの飛空船、もとい飛空艇だ。これでアヴァロン皇国には空飛ぶ船が4隻となった。キング、クイーン、プリンスに、それぞれ専用の飛空船があり、プリンセスにもようやく充てがわれた格好だ。

 しかしこの船、他の3隻に比べて明らかに小さい。四分の一程度の船体で、マストも2本だけ。ただ、縦帆はやけに大きく作られているし、狭い甲板上には、不釣り合いに巨大な砲塔が、前後に一門ずつ聳えている。

「まあ、なりは小さいけどな、この船には今までの飛空船には無い最新装備があるんだぜ。他の3隻は飛空船(スカイ・シップ)だが、これは飛空艇(スカイ・スクーナー)なんて区分されて、露骨に差別されてるけどよ、なあに、要は中身だぜ。こいつ、俺は気に入ってんだ」
「はいはい。それは良かったな」

 クラリスは必死に平静を取り繕っているようだが、その内心は誰にでもバレバレだ。
 赤らめた頬、弛んでは慌てて引き締められる口元、下がる隻眼の目尻、そして、普段は直立不動の姿勢であるはずの体は、たまにくねくねとされた。

「うふふ。お姉様ったら、ジャンとお話出来て、嬉しそうですわね。あんなに楽しそうに話すジャンを相手にしたら、嬉しさを隠す事なんて無理ですもの」

 アリスはブリッジの中を飛び回り、色々と確認をするフリをしながら、クラリスの様子を満足そうに眺めている。

「なに? クラリスって、ジャンが好きなの?」
「そんなの、見たら分かりますでしょう? まあ、お姉様は小さな子供の頃からジャンの事が好きでしたけれど」
「そうなの? 凄いね。昔から好きだったなんて。そか。ああいう感じが、好きってことなんだねー」
「鈍いですわねえ。あなた、一体今まで……って、あ、愛っ!」
「うん、愛だよー。愛はいつもアリスちゃんの側にいるよー。えへへへ」

 なんだか少し怖くなるような事を言い放ち、愛はアリスを見上げている。今、ブリッジにはたまたまこの四人しかいなかった。
 アリスは呆れたようだが、愛には恋愛経験が無いのだから仕方が無い。他人の恋愛も間近に見た事は無いのだ。従って、クラリスの様子から恋愛に結び付けるのは無理がある。

 だが。

「そっかー。そう言えば、アリスちゃんも出航前に、あんな風になってたもんね。じゃあ、あれも好きって事なんだー」

 それをアリスに結び付ける事は、愛にも出来た。

「ふわあっ!? ななななな、何を言いやがってますの、愛いいいい!! ちちちち、違いますわ! あああああ、あれは、そういうのじゃありませんわああああ!!」

 アリスは頭をボンと爆発させて腕をばたばたと振り回した。真っ赤。まるで空飛ぶタコだ。

 しかし、愛の指摘は正しい。アリスは間違い無く恋をしていた。出航前、皆が船へと持ち込む荷物の準備に勤しむ中、珍しく単独行動をとったアリスが向かった先は、王城のローズガーデンだった。そこには、意外な相手が待っていた。そこで私は、私の四千年の生においても初めての、妖精の恋を目にしたのだ。

 アリスの恋する相手が、そこにいたのだ。
 それは、レイという妖精だった。
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登場人物紹介

 東条愛。15歳。倭の国の姫。魔力回路【モンスター】の保有者。

 王族専属護衛騎士団【プリンセス・シールド】に入隊した後、エルンスト教教皇マーリンより神器【クレイモア・ギガース】を賜る。

 愛の成長が、この世界を滅亡から救う鍵となる。

 木霊。4000歳以上。愛の左手薬指にはまる、白金の指輪。

 最強の魔力回路【ネクロマンサー】を持つ不死者。

 愛に残酷な試練を与えるべく寄生している。

 クラリス・ベルリオーズ。17歳。隻眼隻腕のプリンセス・シールド団長。

 仲間の仇である【黒騎士】打倒に執念を燃やす。

 魔力回路は【ファイア・スターター】。神器【アンフラム・ファルシオン】を自在に操るクラリスは、大陸最強の騎士との呼び声が高い。

 

 アリス・ベルリオーズ。?歳。自称クラリスの妹を名乗る妖精。

 魔力回路【オールマイティ】を駆使し、クラリスを補佐するプリンセス・シールド騎士団副団長。

 自らに定められた「消滅の時」を受け入れ、それまで必死に生きると決めた。

 エスメラルダ・サンターナ。16歳。ユースフロウ大陸南部地方エルサウス出身。

 クラリスにその強大な能力を見出され、プリンセス・シールドにスカウトされた。

 精神感応系魔力回路【アナライザー】の保有者。

 その能力ゆえ人々に疎まれたエスメラルダは、滅多にその力を使わない。

 エルザ=マリア・フェルンバッハ。14歳。エルグラン出身の大魔術師。

 特定危険人物に指定され、アヴァロン皇国首都エールにある城塞牢獄ダイアモンド・プリズンに収監されている。

 両親を殺害し、フェルンバッハ家を滅亡寸前にまで追い込んだ者への復讐を胸に秘め、プリンセス・シールドに加入した。本人は牢獄にあるため、くまのぬいぐるみを遠隔操作して戦う。

 ジャン=ジャック・ドラクロワ。20歳。軍務省所属。階級は少佐。正式呼称はメイジャー・ドラクロワ。魔力回路【コンダクター】により、飛空船を意のままに操る天才艦長。四大公爵の一人、デューク・エールストンと、対等に話せる友人関係にある。クラリスの許嫁だが、父親であるドラクロワ伯爵からは反対されている。

 プリンセス・アヴァロン。15歳。本名秘匿。アヴァロン皇国2000年の歴史の中で、初めて生まれた女児。王家が二児以上もうけたことはかつて無く、その為「不吉姫」などと揶揄する勢力もある。

 愛と同様、この世界を救う鍵を持つ姫だが、その力に気づく者はまだいない。

 黒騎士と呼称される謎の騎士。当時キングス・シールド騎士団を率いていたクラリスの仲間を、その圧倒的な戦闘力で惨殺した犯人。この戦いでクラリスは左腕と左目を失った。神出鬼没、正体不明、目的不明。剣も魔法も一切通用しない無敵の騎士。

 ベルトラン・ケ・デルヴロワ。23歳。キングス・シールド騎士団団長。

 人類であるかも疑わしい面貌を持つ巨漢騎士。魔力回路を持たない為、神器【ウイングド・ハルバート】のみを頼りにのし上がった剣技の実力派。

 顔も口も悪いが、正義の為、仲間の為なら血を流すことを躊躇わない熱血漢。

 ただ、少女のドレスを収集する趣味があり、性癖的には危険。

 オメガ。年齢不詳、能力不明の敵魔導師。木霊に深い恨みを持つ。

 獣人王ウィンザレオ、竜王ゲオルギウス、妖精王オベロン、魔王ディアボロと盟約を結び、世界を混沌へと導く。

 プリンセス・シールドは、この少年の掌の上で踊らされることとなる。

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