#16. エルザ=マリア・フェルンバッハ

文字数 1,986文字

 アリスは愛を止めた。そのアリスは魔法を使う気がない。フェリシアーノは公爵であり、戦士ではない。武士団は総勢300。巨大な一塊の槍と化したレオパルディの騎士団を押し返せる勢力は、私からは見当たらない。

「鶴翼の陣」
「はっ」

 将軍の下知に従い、武士団が街道の左右に展開した。武士団は背中の槍を構えている。一度突破させて、左右から突き崩す作戦だ。が、これは本来数に勝る軍が採る戦術だ。こちらの鶴翼よりもレオパルディが軍を広くすれば、面で圧し潰される事になる。

 まあ、将軍の操軍は変幻自在だ。レオパルディがそう出ても、今度は後ろに回り込むようにするだろう。倭の軍馬は鍛えられた駿馬が多い。装甲馬を翻弄するのは十八番だ。

「アリス」
「分かっておりますわ。倭とレオパルディを衝突させる愚は冒しません」

 アリスは空中にて腕を組んで、尊大に板のような胸を反らした。

「エルザ=マリア!」

 そして、その名を叫んだ。

「ハーイ」

 街道の外れ、関所の門前にいつの間にか着底していた飛空船の方から、間の抜けた返事があった。飛空船はクラリスを収容する為、着底したのだろう。見れば、飛空船の甲板柵に、ぴょこんと頭を出した影がある。

 返事をしたのはアレなのか? そうとしか思えない。が、いや、しかし。あれは、あれは。

「うわあー! くまさんだあー!」

 愛が目を輝かせた。

 それは確かにくまさんだった。なぜくまではなくくまさんなのかと問われれば、そう呼ぶ方が似合うからとしか答えようが無い。それほどにあれはくまさんだった。人間大の、青いぬいぐるみのくまさんだ。もう抱きつきたくなるほどもふもふのくまさんだ。

「呼ンダー、アリスー?」

 カタコトで喋るくまさんは、こちらに向けて真ん丸な手を振った。そのくまさんが手を振る飛空船の舷側に沿って、レオパルディ軍が駆けている。飛空船はその地響きで小刻みに揺れていた。

「ええ、呼びましたわ。エルザ=マリア! 眼下にあるレオパルディ軍をお止めなさい!」

 アリスは手を振り払った。

「イイノ? ヤッター! 殺シテイイ? 殺シテイイ?」

 見かけの可愛さに似合わず、物騒な事を口走るくまさんだ。発言が完全に殺人狂だ。

「ダメですわ! あなた、もう騎士なんですのよ! プリンセス・シールドの一員として、恥ずかしくない言動をして下さいな!」
「知ラナーイ。メンドクサーイ。殺スネ、イイ?」
「ダメえ! 怪我くらいなら仕方ありませんけど、殺すのはダメですわっ!」
「モー、ツマンナーイ。デモ、暇ダカラヤルー」

 くまさんは怠そうに飛空船を過ぎ去りつつあるレオパルディ軍に手をかざした。魔法を使えるのか、あのくまさんは?

 それにしても、あれが、騎士? ぬいぐるみの騎士など前代未聞だ。私が王都を離れている間に、アヴァロンも随分と柔軟になったものだ。帰ったら事の経緯を聞いてみよう。これで、楽しみがまた一つ増えたというものだ。

「スベスベ地獄ー」

 くまさんが魔法を唱えた。のか? 良く分からないが、直後、夥しい冷気が発生し、レオパルディ軍の行く手の道を瞬間的に凍結させた。やるな。あんなに怠そうにしながら、これだけの威力を発揮させるとは。見た目はくまさんだが、実力は確かにシールド騎士団に見合うもののようだ。

「うおおおお!」
「なにいいい!」
「ぎゃあああ!」

 真夏に現れた凍結路に全速力で突入したレオパルディ軍は、予想通り転倒転落滑走衝突を繰り返し、瞬く間に戦闘不能に陥った。人馬共に悲鳴が蝉時雨のごとく夏の街道に降り注ぐ。

「良くやりましたわ、エルザ=マリア」

 アリスは飛空船のくまさんに向けて親指を立てて見せた。

「コレクライ、チョロイ」

 くまさんもサムズアップを返すつもりで手を挙げたが、ぬいぐるみの手に指はついていなかった。

「ふうむ。さすがはエルザ=マリア・フェルンバッハ。大陸一の大魔術師、フェルンバッハ家の娘ですね……!」

 フェリシアーノが眼鏡のズレを人差し指で直しつつ嘆息した。

 ほう、あれがフェルンバッハ家の。
 エルザ=マリア・フェルンバッハ。
 が、あのくまさんの中にいるのか?
 いや、あのくまさんに生体反応は無い。つまりあれは本当にただのぬいぐるみだ。エルザ=マリアは、あのくまのぬいぐるみを、魔術で遠隔操作しているのだ。そして、どんなパペット・マスターでも、遠隔操作までが限界だが、さらに魔法を使って見せた。これはとんでもない高等技術だ。

「危険な魔術師だ、エルザ=マリア・フェルンバッハ。やはり彼女は、大監獄から出してはいけない。ダイヤモンド・プリズンで、厳重に監視しなければならない……」

 フェリシアーノが、一人しみじみと呟いた。
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登場人物紹介

 東条愛。15歳。倭の国の姫。魔力回路【モンスター】の保有者。

 王族専属護衛騎士団【プリンセス・シールド】に入隊した後、エルンスト教教皇マーリンより神器【クレイモア・ギガース】を賜る。

 愛の成長が、この世界を滅亡から救う鍵となる。

 木霊。4000歳以上。愛の左手薬指にはまる、白金の指輪。

 最強の魔力回路【ネクロマンサー】を持つ不死者。

 愛に残酷な試練を与えるべく寄生している。

 クラリス・ベルリオーズ。17歳。隻眼隻腕のプリンセス・シールド団長。

 仲間の仇である【黒騎士】打倒に執念を燃やす。

 魔力回路は【ファイア・スターター】。神器【アンフラム・ファルシオン】を自在に操るクラリスは、大陸最強の騎士との呼び声が高い。

 

 アリス・ベルリオーズ。?歳。自称クラリスの妹を名乗る妖精。

 魔力回路【オールマイティ】を駆使し、クラリスを補佐するプリンセス・シールド騎士団副団長。

 自らに定められた「消滅の時」を受け入れ、それまで必死に生きると決めた。

 エスメラルダ・サンターナ。16歳。ユースフロウ大陸南部地方エルサウス出身。

 クラリスにその強大な能力を見出され、プリンセス・シールドにスカウトされた。

 精神感応系魔力回路【アナライザー】の保有者。

 その能力ゆえ人々に疎まれたエスメラルダは、滅多にその力を使わない。

 エルザ=マリア・フェルンバッハ。14歳。エルグラン出身の大魔術師。

 特定危険人物に指定され、アヴァロン皇国首都エールにある城塞牢獄ダイアモンド・プリズンに収監されている。

 両親を殺害し、フェルンバッハ家を滅亡寸前にまで追い込んだ者への復讐を胸に秘め、プリンセス・シールドに加入した。本人は牢獄にあるため、くまのぬいぐるみを遠隔操作して戦う。

 ジャン=ジャック・ドラクロワ。20歳。軍務省所属。階級は少佐。正式呼称はメイジャー・ドラクロワ。魔力回路【コンダクター】により、飛空船を意のままに操る天才艦長。四大公爵の一人、デューク・エールストンと、対等に話せる友人関係にある。クラリスの許嫁だが、父親であるドラクロワ伯爵からは反対されている。

 プリンセス・アヴァロン。15歳。本名秘匿。アヴァロン皇国2000年の歴史の中で、初めて生まれた女児。王家が二児以上もうけたことはかつて無く、その為「不吉姫」などと揶揄する勢力もある。

 愛と同様、この世界を救う鍵を持つ姫だが、その力に気づく者はまだいない。

 黒騎士と呼称される謎の騎士。当時キングス・シールド騎士団を率いていたクラリスの仲間を、その圧倒的な戦闘力で惨殺した犯人。この戦いでクラリスは左腕と左目を失った。神出鬼没、正体不明、目的不明。剣も魔法も一切通用しない無敵の騎士。

 ベルトラン・ケ・デルヴロワ。23歳。キングス・シールド騎士団団長。

 人類であるかも疑わしい面貌を持つ巨漢騎士。魔力回路を持たない為、神器【ウイングド・ハルバート】のみを頼りにのし上がった剣技の実力派。

 顔も口も悪いが、正義の為、仲間の為なら血を流すことを躊躇わない熱血漢。

 ただ、少女のドレスを収集する趣味があり、性癖的には危険。

 オメガ。年齢不詳、能力不明の敵魔導師。木霊に深い恨みを持つ。

 獣人王ウィンザレオ、竜王ゲオルギウス、妖精王オベロン、魔王ディアボロと盟約を結び、世界を混沌へと導く。

 プリンセス・シールドは、この少年の掌の上で踊らされることとなる。

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