#8. 将軍の決断

文字数 1,622文字

 これは面白くなってきた。愛をこの場に居合わせないようにするのは失敗したが、これはこれで良かったようだ。

 さて、将軍はどう返すのか? 武士団の先頭にある東条将軍は、クラリスなる女性騎士を見据え、堂々と構えているが……。

 クラリスの言の裏側に気づいているのか? 釈明次第で報復措置を取るということは、逆も然り、ということでもある。うまく言い訳をしてくれれば、戦わなくて済むと、クラリスは言っているのだ。愛の先制攻撃により、すでに実害が発生しているにも関わらず、大変寛大な対応だと言えるだろう。

 クラリスが怒り心頭というポーズをとっているのは、アヴァロンの面子にも配慮しての事だ。これはクラリス自身の判断か? それとも、あの船には他にこのような交渉に長けた人物がいるのか? どちらでも、私にとってはただ楽しみな事である。

「わしは倭の国征夷大将軍、東条英忠である! 王族専属護衛騎士団プリンセス・シールド団長、クラリス・ベルリオーズにお応えする!」

 東条将軍の大音声が、クラリスが支配した空気を解き放った。アヴァロン人より比較的背の低い倭人にあって、ひと際巨躯の目立つ将軍だ。その立派な緋色縅の甲冑と相まって、並の者ならこの一声で平伏してしまう威厳がある。

「使者を送ったと言われたが、我が方が承知した覚えはない! 手紙は受け取ったが門前払いし、返答も致しておらぬ! 確かに本日訪問すると書いてあったのは記憶しておるが、だが、しかし!」

 将軍はいまだ空で船底から黒煙を噴いている飛空船を指差した。

「我が領内にここまで侵入されては黙っておれぬ! 礼を尽くすと言われるならば、まずは領外にて停船し、改めて訪問の旨を告げるべきであろう! これは寝ている人を踏みつけて寝所に上がり込むに等しい所業ぞ! しかもその無礼者は、上からいつでも爆弾を雨あられと降らせるが可能であると知っておる! これに自衛力を振るわぬ馬鹿がどこにおる? 従って、我が方に落ち度は一切無いと言い切れる! この理や如何に!」

 将軍はまるで決まり切った演説であるかのように、淀み無く滔々と語った。

 ほう、これはうまい。確かに、いきなり自国の街中までこのような巨大兵器を乗り入れられては脅威に過ぎる。まあ、だからと言って呼びかけもせず攻撃するのはいただけないが……さて、クラリスはどう出るか?

「なるほど。それは確かに非礼であったかも知れん。だが、事前にこれは親善交渉の為の訪問だ、と伝えているはずだ。一方的であったにせよ、そこは分かっていたのではないのか?」

 クラリスは、その紅い隻眼で将軍を睨めつけた。凄い圧だ。これに怯まない者はなかなかいまい。

「分かっていたとも。それが、我らを油断させる計略であるやも知れぬ、という事も。奇襲の常套手段であるからな」

 そのクラリスの視線すら、将軍は鼻で笑って受け流す。やはり大した胆力だ。

「それは、アヴァロンに信無し、と。そう言っているのだな?」

 クラリスは左腰に提げていた剣の柄に手をかけた。いい流れだ。この問いを受け損なえば即開戦。しかし、戦力差は歴然だ。さあ、どうする将軍?

「ふはははは。アヴァロンに信を置ける理由などなかろう。我らには、疎まれ虐げられ攻められた覚えしか無いのだからな!」

 将軍はクラリスを完全に馬鹿にした。いや、アヴァロン全てを否定した。なんと愚かな選択なのか。しかし、これが倭の魂だ。不撓不屈の精神だ。例え一歩先に死があろうと、誇りを守る為には絶対に退かない。それが侍たちの美学なのだ。

「よくぞ言った!」

 クラリスが剣を抜き放った。逆立つ夕陽色の髪と両刃の直剣が、夏の陽光をぎらりと弾く。

「……無念。すまぬ、民たちよ」

 将軍は瞑目し、ひと言小さく呟いた。その後、

「総員、抜刀!」

 刀を抜いて天にかざすと、武士団にそう言い渡した。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

 東条愛。15歳。倭の国の姫。魔力回路【モンスター】の保有者。

 王族専属護衛騎士団【プリンセス・シールド】に入隊した後、エルンスト教教皇マーリンより神器【クレイモア・ギガース】を賜る。

 愛の成長が、この世界を滅亡から救う鍵となる。

 木霊。4000歳以上。愛の左手薬指にはまる、白金の指輪。

 最強の魔力回路【ネクロマンサー】を持つ不死者。

 愛に残酷な試練を与えるべく寄生している。

 クラリス・ベルリオーズ。17歳。隻眼隻腕のプリンセス・シールド団長。

 仲間の仇である【黒騎士】打倒に執念を燃やす。

 魔力回路は【ファイア・スターター】。神器【アンフラム・ファルシオン】を自在に操るクラリスは、大陸最強の騎士との呼び声が高い。

 

 アリス・ベルリオーズ。?歳。自称クラリスの妹を名乗る妖精。

 魔力回路【オールマイティ】を駆使し、クラリスを補佐するプリンセス・シールド騎士団副団長。

 自らに定められた「消滅の時」を受け入れ、それまで必死に生きると決めた。

 エスメラルダ・サンターナ。16歳。ユースフロウ大陸南部地方エルサウス出身。

 クラリスにその強大な能力を見出され、プリンセス・シールドにスカウトされた。

 精神感応系魔力回路【アナライザー】の保有者。

 その能力ゆえ人々に疎まれたエスメラルダは、滅多にその力を使わない。

 エルザ=マリア・フェルンバッハ。14歳。エルグラン出身の大魔術師。

 特定危険人物に指定され、アヴァロン皇国首都エールにある城塞牢獄ダイアモンド・プリズンに収監されている。

 両親を殺害し、フェルンバッハ家を滅亡寸前にまで追い込んだ者への復讐を胸に秘め、プリンセス・シールドに加入した。本人は牢獄にあるため、くまのぬいぐるみを遠隔操作して戦う。

 ジャン=ジャック・ドラクロワ。20歳。軍務省所属。階級は少佐。正式呼称はメイジャー・ドラクロワ。魔力回路【コンダクター】により、飛空船を意のままに操る天才艦長。四大公爵の一人、デューク・エールストンと、対等に話せる友人関係にある。クラリスの許嫁だが、父親であるドラクロワ伯爵からは反対されている。

 プリンセス・アヴァロン。15歳。本名秘匿。アヴァロン皇国2000年の歴史の中で、初めて生まれた女児。王家が二児以上もうけたことはかつて無く、その為「不吉姫」などと揶揄する勢力もある。

 愛と同様、この世界を救う鍵を持つ姫だが、その力に気づく者はまだいない。

 黒騎士と呼称される謎の騎士。当時キングス・シールド騎士団を率いていたクラリスの仲間を、その圧倒的な戦闘力で惨殺した犯人。この戦いでクラリスは左腕と左目を失った。神出鬼没、正体不明、目的不明。剣も魔法も一切通用しない無敵の騎士。

 ベルトラン・ケ・デルヴロワ。23歳。キングス・シールド騎士団団長。

 人類であるかも疑わしい面貌を持つ巨漢騎士。魔力回路を持たない為、神器【ウイングド・ハルバート】のみを頼りにのし上がった剣技の実力派。

 顔も口も悪いが、正義の為、仲間の為なら血を流すことを躊躇わない熱血漢。

 ただ、少女のドレスを収集する趣味があり、性癖的には危険。

 オメガ。年齢不詳、能力不明の敵魔導師。木霊に深い恨みを持つ。

 獣人王ウィンザレオ、竜王ゲオルギウス、妖精王オベロン、魔王ディアボロと盟約を結び、世界を混沌へと導く。

 プリンセス・シールドは、この少年の掌の上で踊らされることとなる。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み