#10. 大戦――近い未来――

文字数 3,361文字

「ヘイゼルか。ああ、打ち合わせに来たのだな。少し待て。今、このオヤジを成敗する」
「ふごふごふごふごふごおおおおっ!」
「成敗しちゃダメだってば! だから、その人、有名なデザイナーさんなんだってばあ!」

 クラリスはヘイゼルの言葉を全く聞き入れない。頭に血が上っているのか、それとも理解した上で更に踏んでいるのか、私には判別がつかない。

「有名デザイナー? このハゲが? ふん、知らんな。私はそういうのに興味が無い。服など、その辺の店で安くて良い物がいくらでも売っているではないか。そんな物は、貴族連中の見栄でしかない。全く下らん」

 クラリスは自分の価値観を言いながら、ヘルメスをげしげしとまた蹴った。これで、クラリスは理解した上で無体を働いているのが分かった。

「ふごおっ!」
「やめなって! そのおじさんが怪我でもして制作が滞れば、発注してる貴族が黙っちゃいないよ! ヘルメス様の作る服は大人気だから、半年待ちとか当たり前なのに、もっと待たなくちゃならなくなったら絶対騒ぎ出すってば!」
「何? そうなのか? それは確かに面倒臭い事になりそうだ。ちっ。運のいいやつめ」
「ふがっ!」

 クラリスは最後にひと蹴りして舌打ちした。酷い子である。ヘイゼルはほっと胸を撫で下ろしているが、クラリスに言う事をきかせるとはなかなかの人物らしい。

「しかし、そんな有能なデザイナーが拵えたにしては、私を始め、皆サイズがぶかぶかだ。貴族どもめ、騙されているのではないのか?」
「あれっ? 本当だね。おかしいな、そんなミスをしたなんて話、あたしは聞いたことないよ」

 クラリスは右手の指先を隠すほど長い袖口をヘイゼルに見せ、疑問を呈した。それを見て、ヘイゼルも首を捻る。そう言えば、愛の制服も、アリスやエスメラルダの物も、かなり丈が長めになっている。なのに、なぜかスカートだけは短めだ。もしや、ただのスケベでは?

「それは、最後の仕上げがまだ残っているからでございます、ディム・クラリス」
「うお。いたのか、メイド。最後の仕上げが? 丈直しか?」
「左様でございます、ディム・クラリス」
「ふむ。では、お前がやってくれ、メイド。どうせ、お前なら出来るのだろう?」

 クラリスはもはやこのメイドが何でもありの存在だと思っている。しかし。

「それは無理でございます、ディム・クラリス。なぜならば、ヘルメス様が手ずから制作した服に関しましては、錬金術が施されているからでございます。下手に切ったり縫ったりいたしますと、それが破壊されてしまいます」
「なんだと?」
「錬金術? まさか。それは、エルサウスの大森林に住まう錬金術師たちのみに伝わる秘法のはずですわ、お姉様」

 アリスがクラリスの肩にとまり、耳打ちした。そう、アリスの言う通りだ。広大なジャングルを住処とするエルサウスの人々は、そこに棲息する無数の猛獣や毒性生物群に怯えて暮らさなければならなかった。その為、夜もおちおち寝ていられず、大変な生活を送っていたと聞いている。

 そこで考案されたのが、罠として自動的に作動する魔力回路、錬金術だ。木、石、大地、あらゆる物に魔力回路を練り込んで、特定の条件下でのみ作動するようにしたのが始まりであり、その後、その原理を応用し、金の錬成に取り掛かった事で、それを錬金術と呼ぶようになった。金が絡む事で錬金術は秘法となり、身内や仲間にのみ伝えられるようになる。

「本当でございます、ディム・クラリス。ヘルメス様は、錬金術の使い手なのでございます。どうかヘルメス様をお許しいただき、速やかなフィッティングをしていただきますように」

 メイドはいつものごとく頭を下げた。あまり感情を見せないメイドだが、今の台詞は妙に焦りを感じさせる。なるほど、時間がないからか。

「ちっ、やむを得ん。このままでは不格好で式典に参加するなど不可能だ。急いでなんとかせねば、ヘイゼルとの打ち合わせにも取り掛かれん。おい、メイド。このオヤジの縄を切れ」
「かしこまりましてございます、ディム・クラリス。そう仰ると思い、すでに縄は切ってございます」
「ぷわはあっ!」

 メイドが指を鳴らすと、ヘルメスを縛っていた縄がはち切れた。ついでに猿ぐつわもするりと取れた。クラリスはそれを冷静に見つめている。このメイドのやる事に、もう驚くつもりは無いらしい。ヘイゼルだけが、口をぽかんと開けていた。



「うわあー! 面白ーい!」

 愛は魔法陣の描かれた布の上ではしゃいでいた。その布の上に乗り、ヘルメスが「其が主。汝、主の形に忠実に寄り添い給え」と唱えると、制服と魔法陣は光を放ち、愛のサイズにぴったり合うようにみるみると縮んでいった。

「あ。なんか涼しい。なんで?」
「それはもう、私、仕事に誇りを持っておりますので!」

 よれよれになったヘルメスが、脂にてかる笑顔でサムズアップした。が、全く意味が分からない。

「ヘルメス様は、今回の新制服に、快適な温度を保つ機能を錬金術により持たせております。その為、夏場の今は涼しいのです、愛姫」

 代わりに、メイドが説明してくれた。このメイド、知らぬ事は無いのだろうか。

「ほう。確かに涼しい。これは凄いな。うむ」

 クラリスも感心している。口調が多少もにょっているのは、素直に認めたくない為か。

「ふわあー。凄いですう……でも、でもでもお……」

 エスメラルダも驚いているが、短いままのスカートが気になる模様。まだスカートの裾を下に引いている。それ脱げるぞ。

「大丈夫でございます! なにしろ私、仕事に誇りを持っておりますので!」

 ヘルメスはエスメラルダに向かい、またしてもそう言ってにかっと笑った。この男、口下手なのか? それにしても程がある。

「大丈夫でございます、エスメラルダ様。そのスカートには、中が見えないよう光学反射機能が備わっております。どんなに動いても、例え逆立ちしたとしても、スカートの中は見られませんので、ご安心くださいますように」
「ふえ? そ、そんな事が出来るんですかあ? 凄いい」
「あら? 本当ですわ。これは不思議ですわね」
「きゃ、きゃああああー! アリスさあん、見えないにしても、下から覗くのはやめて下さあああいっ!」
「あら、失礼。わたくしとした事が、少々下品でしたわね」

 ふよふよとエスメラルダのスカート下に潜り込んだアリスは、感心しきりだ。それにしても、本当に見えないとは驚きだ。がっかりなどしていない。本当だ。

「良かったねー、クラリス。その制服、すっごく可愛いよ! うんうん、あんたの脚は、そうやって皆に見せないとダメだよね。隠すなんて、世界の損失だと思うもん」
「私の脚は、見せる為にあるのでは無い。そして、騎士が可愛くなる意味も無い」

 ヘイゼルは仕上がった制服を着たクラリスらを見て、嬉しそうに頷いている。

「そう? その制服のコンセプトは、デューク・エールストン発案だって聞いてるけど? 彼がそうしたって事は、何か意味があるんじゃない?」
「フェリスが? あいつめっ……」

 なんと、この制服の原案はフェリシアーノによるものなのか。何を考えているのだ、あの男は? これは流石に私でも意味不明だ。

「ああ、やはり、私の仕事は誇り高い。私は、これからも仕事に誇りを持っていきますぞ!」
「凄いね、おじさん! 愛も、この服には誇りを持っていくからね!」

 この場で全てに納得しているのは、ヘルメスと愛だけだ。

 ふむ。ヘルメス・ヘンドリクス、か。元は馬具等を扱う皮革職人の家だったと記憶している。そう言えば、4代目の国王の時より、王家のお抱え服飾師となったはず。お洒落に熱心な4代目は、ヘンドリクス家を取り立てる事により、服職人の地位向上に寄与していた。

 現国王は、すでに63代目。思えば、永きに渡って仕えてきてくれたものだ。
 

 このヘルメスが、これから起こる大戦で、孤立無援に近いプリンセス・シールドと敵の大軍との、絶望的兵力差を埋める役割を果たすとは。

 ――この時の私は、まだ知らない――。
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登場人物紹介

 東条愛。15歳。倭の国の姫。魔力回路【モンスター】の保有者。

 王族専属護衛騎士団【プリンセス・シールド】に入隊した後、エルンスト教教皇マーリンより神器【クレイモア・ギガース】を賜る。

 愛の成長が、この世界を滅亡から救う鍵となる。

 木霊。4000歳以上。愛の左手薬指にはまる、白金の指輪。

 最強の魔力回路【ネクロマンサー】を持つ不死者。

 愛に残酷な試練を与えるべく寄生している。

 クラリス・ベルリオーズ。17歳。隻眼隻腕のプリンセス・シールド団長。

 仲間の仇である【黒騎士】打倒に執念を燃やす。

 魔力回路は【ファイア・スターター】。神器【アンフラム・ファルシオン】を自在に操るクラリスは、大陸最強の騎士との呼び声が高い。

 

 アリス・ベルリオーズ。?歳。自称クラリスの妹を名乗る妖精。

 魔力回路【オールマイティ】を駆使し、クラリスを補佐するプリンセス・シールド騎士団副団長。

 自らに定められた「消滅の時」を受け入れ、それまで必死に生きると決めた。

 エスメラルダ・サンターナ。16歳。ユースフロウ大陸南部地方エルサウス出身。

 クラリスにその強大な能力を見出され、プリンセス・シールドにスカウトされた。

 精神感応系魔力回路【アナライザー】の保有者。

 その能力ゆえ人々に疎まれたエスメラルダは、滅多にその力を使わない。

 エルザ=マリア・フェルンバッハ。14歳。エルグラン出身の大魔術師。

 特定危険人物に指定され、アヴァロン皇国首都エールにある城塞牢獄ダイアモンド・プリズンに収監されている。

 両親を殺害し、フェルンバッハ家を滅亡寸前にまで追い込んだ者への復讐を胸に秘め、プリンセス・シールドに加入した。本人は牢獄にあるため、くまのぬいぐるみを遠隔操作して戦う。

 ジャン=ジャック・ドラクロワ。20歳。軍務省所属。階級は少佐。正式呼称はメイジャー・ドラクロワ。魔力回路【コンダクター】により、飛空船を意のままに操る天才艦長。四大公爵の一人、デューク・エールストンと、対等に話せる友人関係にある。クラリスの許嫁だが、父親であるドラクロワ伯爵からは反対されている。

 プリンセス・アヴァロン。15歳。本名秘匿。アヴァロン皇国2000年の歴史の中で、初めて生まれた女児。王家が二児以上もうけたことはかつて無く、その為「不吉姫」などと揶揄する勢力もある。

 愛と同様、この世界を救う鍵を持つ姫だが、その力に気づく者はまだいない。

 黒騎士と呼称される謎の騎士。当時キングス・シールド騎士団を率いていたクラリスの仲間を、その圧倒的な戦闘力で惨殺した犯人。この戦いでクラリスは左腕と左目を失った。神出鬼没、正体不明、目的不明。剣も魔法も一切通用しない無敵の騎士。

 ベルトラン・ケ・デルヴロワ。23歳。キングス・シールド騎士団団長。

 人類であるかも疑わしい面貌を持つ巨漢騎士。魔力回路を持たない為、神器【ウイングド・ハルバート】のみを頼りにのし上がった剣技の実力派。

 顔も口も悪いが、正義の為、仲間の為なら血を流すことを躊躇わない熱血漢。

 ただ、少女のドレスを収集する趣味があり、性癖的には危険。

 オメガ。年齢不詳、能力不明の敵魔導師。木霊に深い恨みを持つ。

 獣人王ウィンザレオ、竜王ゲオルギウス、妖精王オベロン、魔王ディアボロと盟約を結び、世界を混沌へと導く。

 プリンセス・シールドは、この少年の掌の上で踊らされることとなる。

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