#13. アンフラム・ファルシオン

文字数 2,009文字

「うっ、しまったっ……!」

 クラリスは確かに何かの魔法を発動させようとした。だが、それは不発だった。クラリスの隻眼の奥にあった炎は消えている。

「くっ!」

 クラリスは慌てて愛の刀をかわした。何かをうっかり忘れていたような、そんな不自然な動きをした。愛の刀をかわすつもりでは無かったのか? しかし、かわさなければ斬られている。不可解だ。

「やるね! でも、まだまだあ!」

 愛は横薙ぎに振るった刀をそのまま返し、再びクラリスの首を狙う。それもクラリスにひらりと避けられた。さっきクラリスは行動予定を変更しても避けたのだ。彼女に刀を触れさせるのは至難の業か。

「たあ! とお! はあっ!」
「む。ほう。うっ」

 愛の回転数が上がってゆく。それにつれ、徐々に、徐々にクラリスから余裕が失われた。避けるだけ、か? なぜ反撃して来ない? 剣が無くとも戦える自信が垣間見えた気がしたが、気のせいか?

「あ、あれ? 木霊ちゃん、地面」
(ええ。私も気づいていますよ、愛)

 地面には、血と思われる滴が点々と増えている。愛の刀はクラリスに触れてもいない。なんだ、この血は? 誰のものだ?

「はあ、はあ」

 クラリスの息が上がってきた。動きにもキレが無くなってきている。このままだと愛に斬られるのは時間の問題か。おかしい。鍛え抜かれたシールド騎士団の、それも団長が、たったこれだけの戦闘で?

「くっ、やむを得ん。使うか」
「ダ、ダメですわ、お姉様! 神器を使うのは、今は無理ですわ!」
「え? あの赤い女、誰と喋ってるの?」

 赤い女とはクラリスの事だ。愛が辺りを見回した。戦闘中なんですが。

「仕方あるまい」
「ダメですわ! どうしてもと言われるなら、わたくしに任せて下さいな!」
「そうはいかん。これは一騎打ちなのだ」
「わたくしとお姉様は一心同体! わたくしが出ても、一騎打ちに違いはありませんわ!」
「ええっ? 今度ははっきり会話が聞こえたよ! 誰? 誰なの⁉」

 増える血の跡。謎の会話。愛は気味悪そうにクラリスを見て引いている。足も本当に引いてしまい、戦闘に空白が訪れた。他人からすれば、私と謎の会話をしているのは愛も同じなのだが。

「ふ。ははははは。これは収穫だ。おい、東条愛。お前、私と賭けをしないか?」

 間が空いたのを好機と見たか、クラリスは楽しげに提案した。

「賭け?」
「ああ。お前が私に負ければ、アヴァロンの騎士となれ。私が負ければ我々は飛空船と共に撤退し、以降5年は倭を攻めない」
「アヴァロンの、騎士? 愛が?」

 愛はクラリスに刀を向けたまま聞き返す。話がピンと来ないのだ。

「待て、クラリスとやら。貴様にそのような事を決める権限があるのか?」

 その話に割って入ったのは将軍だった。出来ない約束をされても意味がない。乗るかどうかはそこを確認してからだ。

「ああ、あるとも。それ、銃士隊が飛空船から出てきただろう? あの先頭にいるのは、アヴァロン皇国三番目の位にある四公爵の一人、デューク・エールストンだ。あいつなら、私の出した条件は必ず守ると保証する。救世主エルンストに誓ってな」

 アヴァロンの人間がエルンストに誓うのは、最大の決意を表す。4000年前、人類を滅亡から救った救世主エルンストは、この大陸全ての民の道標だ。彼と共に戦った私にとっても、それは同じだ。

「良かろう。やれ、愛」

 将軍は頷いた。すでに腹を括ったのだ。将軍もアヴァロンの気質は理解している。これでどうなろうと、もう将軍が迷う事は無い。

「はい、お父様!」

 愛はそれを将軍からの信任と受け取った。愛の体を喜びが駆け抜けた。それを示すように、愛は風のようにクラリスへ迫る。速い! 

「今の私の全力を、出す。後は、頼んだぞ、アリス」
「お姉様あ!」

 クラリスの直前まで来ても、会話の相手は分からない。名前がアリスだと分かっただけだ。これは魔法による念話で遠方通話をしているわけでも無い。そうであれば、私は傍受出来るのだ。と、そんな事を考えている場合では無かった。クラリスの動きの鈍さに、私は油断していたらしい。

「出でよ! 【アンフラム・ファルシオン】!」

 クラリスが叫んだ。直後、クラリスの右手から真紅の輝きと共に出ずるものがあった。それは凄まじい魔力を激しい火炎に変えて放出しながら現れた。これは。これは!

「これぞ、神器! アンフラム・ファルシオン(紅蓮の剣)!」

 クラリスが神器を振るうと、ぶおおおおおと松明を振るうような音がした。なんという熱量! 火の粉が濁流と化して襲い掛かってくる! これは剣などという生易しい武器では無い!

「うわ、わああああ!」
(愛っ!)

 アンフラム・ファルシオンの剣撃を受け止めようとした愛の刀が蒸発した。

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登場人物紹介

 東条愛。15歳。倭の国の姫。魔力回路【モンスター】の保有者。

 王族専属護衛騎士団【プリンセス・シールド】に入隊した後、エルンスト教教皇マーリンより神器【クレイモア・ギガース】を賜る。

 愛の成長が、この世界を滅亡から救う鍵となる。

 木霊。4000歳以上。愛の左手薬指にはまる、白金の指輪。

 最強の魔力回路【ネクロマンサー】を持つ不死者。

 愛に残酷な試練を与えるべく寄生している。

 クラリス・ベルリオーズ。17歳。隻眼隻腕のプリンセス・シールド団長。

 仲間の仇である【黒騎士】打倒に執念を燃やす。

 魔力回路は【ファイア・スターター】。神器【アンフラム・ファルシオン】を自在に操るクラリスは、大陸最強の騎士との呼び声が高い。

 

 アリス・ベルリオーズ。?歳。自称クラリスの妹を名乗る妖精。

 魔力回路【オールマイティ】を駆使し、クラリスを補佐するプリンセス・シールド騎士団副団長。

 自らに定められた「消滅の時」を受け入れ、それまで必死に生きると決めた。

 エスメラルダ・サンターナ。16歳。ユースフロウ大陸南部地方エルサウス出身。

 クラリスにその強大な能力を見出され、プリンセス・シールドにスカウトされた。

 精神感応系魔力回路【アナライザー】の保有者。

 その能力ゆえ人々に疎まれたエスメラルダは、滅多にその力を使わない。

 エルザ=マリア・フェルンバッハ。14歳。エルグラン出身の大魔術師。

 特定危険人物に指定され、アヴァロン皇国首都エールにある城塞牢獄ダイアモンド・プリズンに収監されている。

 両親を殺害し、フェルンバッハ家を滅亡寸前にまで追い込んだ者への復讐を胸に秘め、プリンセス・シールドに加入した。本人は牢獄にあるため、くまのぬいぐるみを遠隔操作して戦う。

 ジャン=ジャック・ドラクロワ。20歳。軍務省所属。階級は少佐。正式呼称はメイジャー・ドラクロワ。魔力回路【コンダクター】により、飛空船を意のままに操る天才艦長。四大公爵の一人、デューク・エールストンと、対等に話せる友人関係にある。クラリスの許嫁だが、父親であるドラクロワ伯爵からは反対されている。

 プリンセス・アヴァロン。15歳。本名秘匿。アヴァロン皇国2000年の歴史の中で、初めて生まれた女児。王家が二児以上もうけたことはかつて無く、その為「不吉姫」などと揶揄する勢力もある。

 愛と同様、この世界を救う鍵を持つ姫だが、その力に気づく者はまだいない。

 黒騎士と呼称される謎の騎士。当時キングス・シールド騎士団を率いていたクラリスの仲間を、その圧倒的な戦闘力で惨殺した犯人。この戦いでクラリスは左腕と左目を失った。神出鬼没、正体不明、目的不明。剣も魔法も一切通用しない無敵の騎士。

 ベルトラン・ケ・デルヴロワ。23歳。キングス・シールド騎士団団長。

 人類であるかも疑わしい面貌を持つ巨漢騎士。魔力回路を持たない為、神器【ウイングド・ハルバート】のみを頼りにのし上がった剣技の実力派。

 顔も口も悪いが、正義の為、仲間の為なら血を流すことを躊躇わない熱血漢。

 ただ、少女のドレスを収集する趣味があり、性癖的には危険。

 オメガ。年齢不詳、能力不明の敵魔導師。木霊に深い恨みを持つ。

 獣人王ウィンザレオ、竜王ゲオルギウス、妖精王オベロン、魔王ディアボロと盟約を結び、世界を混沌へと導く。

 プリンセス・シールドは、この少年の掌の上で踊らされることとなる。

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