#18. 雷撃戦
文字数 1,843文字
そうだ。ウィリスがレイスと同じ力を使えていたならば、愛たちは最初の霧の発現で死んでいる。幻影など、レイスの操る霧の力の一端、ほんの一部に過ぎない。
これならば、私が出るまでも無いだろう。では、アリスの方はどうなった?
「雷衝壁!」
「むっ!」
「ちっ!」
「こいつ!」
アリスは群がる3人の黒騎士を、雷撃で引き下がらせていた。周囲にデタラメに放たれた雷撃は、すぐに地面に落ちていく。距離を取った黒騎士たちには届かない。
「トレール!」
距離を取った黒騎士たちに向けて、アリスが風属性の魔法、トレールを放った。これは風で作られる伝導路。雷撃を放つ為の予備魔法だ。
「かわせ!」
「く、速いっ!」
「このチビがっ!」
黒騎士たちは三方向に散っていく。目に見えないトレールをかわすのは難しい。しかし、これを受けたら最期。直後、絶対に雷撃が命中する。難しいと言って動かねば、即死する。
「やるぞ、あのチビ」
「ああ。雷撃使いなど、トレールさえなんとかしてしまえば怖くないのだが」
「チビめ、あんなに速くて正確なトレールを放てるとは。これは引き締めなければならん」
黒騎士たちは、次々と襲い来るトレールをかわすのに必死だ。雷撃は狙った所に命中させるのが難しい。それを風の伝導路によって補助するわけだが、実はこちらも扱いが難しい。光の速さで敵を攻撃する雷撃は、回避不能の強力無比な魔法だが、これがネックとなり、使い手は少ないのだ。
「あらあら、3人も殿方がいて、こんなに小さなわたくしに近づく事も出来ませんのかしら? それでは、軍部の騎士の、底が知れると言うものですわ!」
アリスは風を纏い、高々と舞い上がる。なるほど、副団長を任されるだけはある、か。アリスを見かけで判断すると、大火傷を負いそうだ。
「調子に乗るなよ!」
黒騎士の一人が槍を構え、炎を纏って突進した。その炎を、不可視のトレールの探知機として利用するつもりか。それはいいアイディアだ。だが。
「かかりましたわね!」
「ぬお! これはっ?」
突進した黒騎士が、がくんと速度を落として止まった。いや、止められたのだ。黒騎士の足には、蔦がうねうねと絡みついていた。これは土属性の魔法、速成令樹。流石は魔力回路オールマイティ、見事な他属性との合わせ技だ。
「動きさえ止めてしまえば!」
「しまっ、」
炎の探知機が反応した。黒騎士の体を覆っていた炎が、胸の辺りだけぽっかりと無くなった。トレールだ。ここに、アリスのトレールが命中したのだ。
「もらいましたわ!」
「ぐあああああああ!」
トレールを伝い、暴れる大蛇のごとき雷撃が黒騎士を撃ち抜いた。
「チャーリー!」
剣を構えた黒騎士が叫んだ。闘技場の直上にある魂魄の護牢の中、1羽の鳥が消滅した。
「はい、退場ね」
「うわ、わわわ」
アリスの雷撃に撃ち抜かれた黒騎士を、マーリンが魔法で闘技場からつまみ出した。その黒騎士は宙に浮かび、マーリンの横にすとんと下ろされた。
「き、教皇猊下! 私のような者が、御身のお側にいては!」
「構いません。そもそも私は、皆の上にいるつもりもありません。だから誰が私の側にいようとも、全く気にする事も無いのです」
「は、ははっ!」
黒騎士は兜を脱いでマーリンに平伏した。現れたのは、普通の顔だ。瞳は黒い。やはり、あの黒騎士では無い。
「一人やられたぞ」
「まずい。手間取れば、愛姫の相手をしているアルファが不利になる」
「そうか?」
「いや、そうでもないか。ふふふ」
アリスに一人倒された黒騎士チームだが、まだまだ余裕がありそうだ。一人は剣を、もう一人は弓を構え、アリスを左右から狙っている。
「……気に入りませんわね、その余裕」
アリスは左右に目を走らせ、手から炎を迸らせた。
「油断するなよ、アリス。敵は、まだ何の手の内も明かしていない」
気怠げに肘掛けにもたれて観覧するエインズワースの横で、クラリスが心配そうに呟いた。
「ふわあああ。アリスさん、つ、強いいいい……」
闘技場の壁際で頭を抱えて蹲っていたエスメラルダが、少しだけ目を出してアリスを見上げていた。