#19. 霧
文字数 2,104文字
「たあああああ!」
「ヒーーーハーーー!」
愛が超高速で刀を振り回し、エルザ=マリアが所構わず凍らせる。霧で出来た黒騎士の幻影は切り刻まれ、氷の結晶となって砕け散る。
が、これに全く意味は無い。黒騎士の幻影は、あとからあとから湧いて出た。つまり、本体にはなんらダメージを与えられていないのだ。これでは体力と魔力を消耗するだけであり、時間稼ぎを目的とするウィリスの思う壺だ。
「あっはっはっは! こんなに思い切り暴れるの、久しぶりだよー! 楽しいー!」
「ヒーーーハーーー! 愛、オ気楽ナヤツダナー! 同感ダケドヨー!」
ダメだ、この二人。戦いそのものが目的になってしまっていて、現状を打破するつもりが微塵も無い。これではただの荒くれ者だ。ウィリスはウィリスで、このまま出来るだけ引っ張るつもりなのだろう。なんと無能な戦いぶりなのか。相手がレイスではなく人間である以上、本体さえ叩けばそれで終わる話だというのに。
「ふふふふ。楽しんでもらえているようで、何よりだ」
ウィリスも嬉しそうだ。敵を喜ばせてどうする。ああもう、じれったい! 私が出ていけば、こんな不毛な戦いは一瞬でケリがつくのに!
とは言え、まだ私がここにいる事を悟られてはならない。エインズワースもそうだが、特に精霊溜りやワイバーン、黒騎士の件が気になるからだ。あれの原因をはっきりと突き止めるまで、私はまだ行方不明ということにしておきたい。
「はあ。愛……エルザ=マリア……あいつら……」
クラリスは額を押さえて深くため息を吐いている。私と同じように感じてくれているのか、クラリスよ。きみが私の救いだ。本当に助けて欲しい。
「あれ? ちょっと待って、くまちゃん。愛たちの相手、一人だよ?」
「アアン? ソレガドウシタ?」
「あとの3人はどこ? もしかして、みんなアリスちゃんのとこに行ってない?」
「ソーカモナー。ソレガドウシタ?」
「それがどうしたじゃないよ! もしそうなら、アリスちゃんは袋叩きにあってるかも知れないよ!」
やっと気づいたか。もし私がアリスなら、こんなに鈍いチームメイトはご遠慮したい。死ぬわ。が、エルザ=マリアは意外な事を言ってのけた。
「ハア? アリスガ、アンナノニヤラレルワケネーダロ。アッチノ黒騎士ハ、雑魚ダッタカラナ」
「えっ?」
驚いた愛は、エルザ=マリアをじっと見つめた。ぬいぐるみなので表情が読めないが、どうやら本気で言っているらしい。これは大した信頼だ。そして、エルザ=マリアはしっかりと敵の力を見定めていたという事にもなる。エルザ=マリアは、3人を相手にするアリスより、こっちが危ないと判断したのか、それとも、素直にアリスの命令に従っただけなのか?
「トニカク、オマエハコッチノ黒騎士ニ集中シロ。サポートハシテヤルカラ」
「う、うん。分かった! 愛、ここからは本気でやるよ!」
愛の雰囲気が少し変わった。戦いを楽しんでいる場合では無いと、ようやく分かったのだ。手間取ればアリスが危ない。エルザ=マリアはアリスを心配していないが、それでも愛は早く援護に行きたくなっていた。やれやれ。
「ふはははは。これからは本気でやるだと? 面白い。では、お前の本気を見せてみろ!」
霧を破って現れた無数の黒騎士が、四方八方から愛とエルザ=マリアに襲い掛かった。ふむ、良く出来た幻影だ。これは、実物と見分けがつかない。
「言われなくても! くまちゃん、お願い!」
愛が剣を引いて正面に突っ込んだ。愛はどれが本体なのかなど、分かっていない。しかし、迷い無く突き進む。
「アイヨー! 風ブワワワワワーーー!」
エルザ=マリアがまたしてもわけのわからない掛け声と共に魔法を繰り出した。風魔法だ。何の工夫も無い普通の強風が、愛を押し出すように発生した。
「くっ」
「むうう」
「これは、耐えられん!」
黒騎士たちが次々と粉々になって吹き飛んだ。所詮は霧だ。強風に煽られれば、姿を維持出来ない。さて、残った黒騎士が本体だが。
「みーつけたっ!」
果たして、それは愛の正面に残っていた。そんな馬鹿な。まるで分かっていたようではないか!
「やあーっ!」
「うおうっ!」
刃一閃、愛の刀が黒騎士を袈裟斬りに斬り裂いた。だが。
「ふはははは!」
「うわあっ!」
肩から斬り降ろされた黒騎士が、愛を後ろから拘束した。肩の傷はぱっくりと開き、脇腹で辛うじて繋がっている状態にも関わらず、黒騎士は笑いながら愛を捕えたのだ。
「愛! クソ、怪物メ!」
エルザ=マリアが氷の剣を持って黒騎士の背後に迫った。
「ウニャッ! ナンダト!?」
「ふははははは!」
が、更にその後ろから現れた黒騎士の剣が、エルザ=マリアの胴を貫いた。
「くまちゃん!」
愛が叫んだ。