第3話 悪夢3

文字数 4,069文字

 コノハは下校中、静かに一人考えていた。つい先日、駿のほうから接触があった。それは駿からの交渉だった。
 内容は、コノハの取り巻く環境についてと駿の取り巻く環境について。駿は初めに、コノハの母親のアルコール中毒と重度のうつ病の特効薬。入手経路は闇市からというその薬。
 コノハのポケットに入っているその薬の存在が駿の言っていた『ルインの悪魔』を思い起こす。
「まさか、そんなわけないでしょ」
 コノハは自分の思考に思わず失笑する。なぜそんな存在が学校にいて、なぜ私たちと行動を共にしているのか。
 話を戻すと駿がコノハに求めたことは文芸部のメンバー一切にかかわらない事。特に、成瀬紗香に一切接触しないことだった。
 駿は自らの弱みをさらけ出し、コノハは利害の一致を受け入れた。コノハは、最愛の芽瑠を助けたい気持ちはあり、たった一人の家族も助けたい。駿も最愛の紗香を守りたく、文芸部の仲間も守りたい。
 しかし、コノハの心から駿に対して不穏な気持ちは消えなかった。時々見せる異質な雰囲気はまるで別人に取りつかれたように気迫が違う。それに本当にこの薬が効くのかもわからない。完全に信頼できるわけではないが、駿はどうしてもコノハの信頼を勝ち取りたいようだ。でなければ、ここまで仕入れた情報を自ら開示する意味も、自分の弱点を知らせる意味も分からない。それにもしも本当に「ルインの悪魔」なら私たち二人はとっくに殺されていてもおかしくない。
 答えの出ない思考を練っていれば家に着いたコノハは早速薬を試してみた。最悪……母が死んでもいいそう思っていたが、母の容態はよくなっていった。
 放課後、改めてコノハは駿を呼び出した。
「あなたの案を飲んだけど、どうして私の信頼を得たいの。本当の目的は?」
「俺の狙いはただ一つ『ゼティス』だ。」
「はっ?面白い冗談いうのね」
 突拍子もない言葉に思わず笑ってしまうコノハ。駿は同様ににこやかな笑顔を向ける。しかし、逆にそのあどけない笑顔が不自然に感じたコノハは静かに口を瞑んだ。
「俺は本気だ。その下準備中の遊び相手にでもなってやるって話だ。俺はおもしれえ事が大好きだからな」
 愉悦に溺れる駿の隠しきれない歪なオーラが体全身からあふれ出しコノハの精神を包み込む。
 とっさに目に魔力を込め駿の意識をコントロールする。
 しかし、結果は違った。
 駿に魔力を流すと同時にコノハの頭に、彼の声が響いた。
『さすがだよ、コノハ先輩。そういうところが気に入ってるんすよ。俺をもっと自由に使っていいですよ。試しに生徒会でも、どうですか?』
 目の前に立つ駿は頬が避けるほど引き上げ笑う。その姿はコノハに『ルインの悪魔』であるといわせるのに十分の迫力があった。
 その後、教室でいつものように遊ぶために三人が合流する。先に教室にいた芽瑠は同時に来たコノハと駿に訝しげな視線を注ぐ。
「また来たのかよ、あんた」
 芽瑠の言葉をコノハが遮る。
「やめて、今は仲間」
「どーも、ああ俺は何もしねーから安心しろ」
「言われなくても分かっている」
 後ろで改まった駿の意思表示を一瞥し芽瑠と向き合う。無言の目線でこれ以上駿に噛みつかないように警告するコノハ。
 長年一緒にいた芽瑠はコノハの意思を理解し、何とか想いを飲み込んだようだった。それ以上無駄に威圧する事はなかった。
 それからという物、母はお酒を飲まなくなったが異常にテンションが高い日が続いた。相変わらずあの悪夢も続き、最近は夢と現実が区別しにくくなってきた。事あるごとに芽瑠の言葉が夢の言葉と重なった。
 それだけではなく芽瑠と喧嘩することも増えていってしまった。闇市にかかわった経験があまりにも乏しい芽瑠には容易に踏み込んでほしくないが、いつどこで、後輩の男子生徒二人と同じ末路をたどるかわからない。
 コノハにとって一番の願いは芽瑠が安泰な生活を送ること。しかし芽瑠はより闇市へと近づこうとしていた。
 そんな芽瑠を説得しようとしても昨日、喧嘩したことが足かせになり上手くいかない。
 闇市は深淵の始まり、一度踏み込んでしまえばもう後戻りは出来ない。さらに現状のやり取りが悪夢で見たやり取りとどんどん重なっていく。
「いい加減にっ……!」
「ごめん」
 そして、ついに芽瑠に対して超能力を発動してしまった。それからというもの、悪夢と現実世界の重なりに拍車がかかった。夢と現実の区別がおろそかになっていく。そんな状態でも学校に行かないと、芽瑠との距離を巻き戻せない。


 午後の授業。
 疲れからか、気付けば寝てしまっていた。久しぶりに悪夢も見ることなく気持ちよく眠ることが出来た。
 あたりを見渡すと授業中にもかかわらず教室はうるさくい。
 せっかく久しぶりに夢も見ずに気持ちよく眠れたのに、その騒がしさに目を覚ましたコノハは周囲を見渡してから、小さく溜息を吐く。
「はーよ、なんか夢目たのか?」
 一つ前の席に座る芽瑠が笑ってコノハに微笑んだ。その言葉にはっと息を飲み、ただ茫然と芽瑠を見つめる。
「コノハ?だいじょーぶか?」
 その返事に少し安心するが芽瑠はさらなる言葉にもう一度コノハの心を締め付ける。
「席替えでコノハすぐ隣ってさー、あんたまさかやった?」
「……ええ」
「」

 夢の中で芽瑠がコノハを起こす。決まってこの悪夢はそうやって始まった。電車の中やグラウンド、飲食店、カラオケ、今期は教室だった。
「先生はいないのね」
「席替えしたのに座席表のシート忘れて取りに行ってんだ。にしてもすぐ隣の席なんてラッキーだよなー。ってあれか、そうさせた?」
「……ええ」
「ねえ、コノハ。最近疲れてるでしょ。休みなよ」
「……ええ、そうね駿もいる事だし」
 その言葉で芽瑠の態度が凶変する。コノハは自分の失態に遅れながら気が付いた。
「なんでまたあいつなんだよ!」
周りの生徒が注目する。コノハは悪夢と同じ結末にならないように、現実世界だからこそできる手段をとった。
「落ち着いて」
 コノハはそういって芽瑠の意識を支配する。芽瑠は急に落ち着きを保ち自分の席に戻った。
 またやってしまった。芽瑠に超能力をかけてしまった。あの日にした、約束をまた破ってしまった。その後悔の念に押しつぶされる。
 その日を境に芽瑠とは口数が減っていった。芽瑠はいらだちを西条たからにぶつけた。そして、何度もコノハは行き過ぎた芽瑠の行動を能力を使って止めた。
 そしてその日はついに来た。
 コノハの今まで見てきた夢が現実となった。
 その日は部活動もなく、特別終礼という形で全生徒が早くに帰宅することになっていた。
 黄金色の夕日が差し込む校舎は静寂に包まれ、静かに寝ている。
 その校舎の屋上にコノハと芽瑠が立っていた。
 フェンスの先で今すぐにでも飛び降りそうな芽瑠にノハは微かに震えた声で問いかける。
「なぜそんなことを」
「うちはあんたを信頼してた!何度裏切られても!でも何も言わなかった!だからうちも言わない!これはうちが決めたことだから!」
「……それは」
 コノハの声を芽瑠は両耳をふさぎ叫ぶ。
「うるさい!うるさい!うるさい!もうその声に支配されるのは嫌‼」
 その言葉がコノハの胸を締め付ける。あの悪夢は正夢。その未来を変えられるとするならコノハに残された選択は一つしかなかった。
 コノハは咄嗟に芽瑠の意識を支配しフェンスの内側へ呼び戻す。そして、意識を支配した芽瑠を優しく抱きしめ懺悔の言葉を述べる。
「許してほしいなんて言わない。私があなた好きだった。貴女が生きていればなんでもいいと思っていた。だから、あなたに手出しできる人が現れないようにこの学校の裏のトップに立とうとした。結果、その夢はかなわなかったけど、貴女を私のエゴで独り占めできた。この力をその人からもらった時の約束、守れなかったね。私は貴女を救うためだったら何でもする。たとえそれであなたに憎まれることになったとしても」
 夢で選択できなかった最後の選択肢。
 瑠璃の代わりにコノハはフェンスの向こう側に立った。コノハは芽瑠に向き直り見つめ合う。悪夢と同じ光景だが、今回は二人の立ち位置が違う。瑠璃は虚ろな瞳でコノハを見つめているが、その眼には一筋の涙が流れていた。
「自力で、ずるいわ……芽瑠。……ごめんさい」
 コノハは涙を流し最後の言葉を告げる。両手を横に伸ばし、落ちていくコノハは横目で一人の生徒を見た。窓から見えたその生徒に心の中で最後の言葉を投げかけた。
 あなたでもあの人には絶対にかなわない。あなたにかなわなかった私にもそれくらいのことはわかる。せいぜい頑張りなさい。

グシャッ‼

 嫌な音が芽瑠の目の前で響く。何度も支配の超能力を受けていた芽瑠は無理矢理にその力に抗い意識を戻すことはできた。しかし、体のゆうことは聞かない。体の支配までは解けていなかった。だから、芽瑠の心の中で閉まっていた思い、言えなかった気持ちにたいし何も声をかけてあげることができなかった。言葉の代りに涙だけが溢れ出る。
 彼女が死んでから、体の拘束が解けた芽瑠はただその場に立ち尽くしていた。一歩も動くことができず現状を受け入れることができない。自分のしようとしたことの重さをただ思い知らされた。
「なんでよ!ひきょーよ!ずるい……」
 言葉を口にするたびに声が震え、嗚咽が止まらない。芽瑠はただ感情に任せ大声で泣き叫んだ。



 その一連の流れを校舎から見届けていた生徒がいた。廊下に立った一人立っている駿は歪な笑みを浮かべ目の間の惨劇を楽しんでいた。
 駿の中にあるものは高揚、歓喜、享楽、狂喜だった。必死に胸の内に隠そうと体を内側に丸め込むが、だんだんと肩が震え沿っていく。
 愉悦が彼を支配し、抑えきれない感情が溢れ出す。
「クックック……。フハハハハハハ。ハーッハッハッハッハッハッハ!!!」
 薄暗い放課後の廊下でただ一人、高ぶる感情を吐き出すように上を向いて悪魔のような笑い声を響かせるた駿は溢れ出す魔力が目を赤く光らせ、屋上にいる瑠璃を見つめ歯をむきだし嘲笑う。
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