第40.5話 砕かれた藍(後)

文字数 2,265文字

 迫り来る黄金色の輝きにすかさず右腕をのばし、見えない壁を作り出す。
バキ―――ン
 一撃で壁を粉砕した美しい光は、藍の手のひらを打ち付ける。前に伸ばしていた藍の右腕は、鞭のようにうねりを上げなら後ろへと弾き飛ばされた。ちぎれることは無かったがまるでタコの足のように中の骨を粉々に砕き右肩からただ垂れ下がる。指は付いていたがもう赤黒くに染まった手のひらは見るに堪えない程、原形を保ってはいなかった。
「殺す殺す殺す殺す」
 怒りに満ちた叫び声を藍の顔の目の前で繰り返す。
 その隙に後に大きく飛び距離を取った。右腕がズキズキと痛むがそれ以上に命の危機からくる焦りで視野が狭くなり思考が回らない。
「お前、誰だよ!なぜそこまでして俺を……」
 藍の問いかけにローブの中から返ってくるのは殺意だけだった。
「バアルペオル!お前だけは……お前だけは絶対に許さない‼」
 その言葉とともに再び藍へ迫ってくる。藍は町中の方へと向かい必死に逃げた。一般市民の被害など、自分の命と比べれば軽いと感じていたからだ。途中、見えない大きな壁をもう一度作り出す、少しでも時間稼ぎになってくれることを期待して。
 以外にも謎の男は見えない壁に激突し動きを止めることができた。その姿を確認し内心喜ぶが、その直後、脳に直接ズキッと痛みが走る。方向感覚を失い地べたへと片手を着いた。
 超能力の使い過ぎによるリバウンド。
 藍はボロボロになりながらも立ち上がり、ふらふらな体で歩いた。ゆらゆらと体を揺らしながら、右手からは血を垂らし歩く姿は、誰が見たとしてもいつ倒れてもおかしくない、まるで死にかけている―とそう感じるほどだった。
 そんな藍は大通りに入ったところで、また倒れ込んだ。そんな藍の目には遠くから迫ってくる憎しみの化身がうっすらと見えた。だがもう意識すら朦朧とし始めていた。
 ああ――ここで死ぬのか。
 そう思った時、知らない四十過ぎのスーツを着たおじさん三人組が駆け寄ってくる。頬を赤く染めている三人組は飲み会の帰りだったのだろう、口は凄く酒臭かった。
 藍を心配しいろいろ声をかけてくるおじさんたち。今の藍にはもうほとんど何を言っているのか聞き取ることはできなかった。
 次々に藍の元に一般人が駆け寄り、藍を心配してか取り囲む。人ごみの隙間から微かに見えるフードを深く羽織った男は、動きを止めこちらをただ見つめるだけだった。
 なぜ、とどめを刺さない?
 そんな疑問を最後に藍は意識を失った。



 ゴールデンウィークが明け学校が再び始まったがいつもと少し違った。それは、久しぶりな学校の空気になれていないからではない、カイトにとって、いや皆にとってのリーダー的存在であった藍がいなかった。
 先生によると家の都合でしばらく学校を休むという事らしいが……正直少しひかかりを覚える。何かもっと別の要因があるのではないかと思うが、だからと言ってどんな鯨飲があるか思いつくわけではなかった。駿に聞けば、お得意の頭脳でいくらか候補を上げてくれそうだが、変に人の事情を探るのはよくないと自分自身に言い聞かせた。藍が戻った時に聞けばいいのだ。
「球技大会あるのに藍のやつ戻ってくんのか?」
 いつもの文芸部の部室で放課後を過ごしていた。
「藍は球技大会むずかしいって」
 青薔がなぜか手を上げアピールしながら発言する。特に会議をしている訳でもなく、適当に部室で過ごしているだけなのだが、藍が居なくても青薔の天然ぶりは相変わらずだ。
「そう先生が言ってたよー」
「まじかー藍のやつ運動神経いいから惜しい戦力失ったな」
 カイトはそう言いながら特に意味もなく駿の方を見た。
 すると駿はあからさまにカイトを意識したうえで顔を逸らした。
「おい、駿、どうしたんだよ」
「別になんでもないですよ」
 目を合わせずに答える駿の姿を見て、カイトは一つのアイデアを思いついた。勢いよく席を立ちながら、駿を指さしながら宣言する。
「そうだ。駿、お前がいるじゃないか!」
 駿は振り向いてカイトの顔を見るとわざと大袈裟に嫌そうな顔をして見せる。
「やです」
 カイトは駿に近づきながら驚いた顔をした。
「まだ何も言ってないじゃねーか」
「どうせ、素質あるからとか何とか言って球技大会の練習させるきですよね」
「な……なんでわかったんだ」
「それくらいわかりますよ。それに今年の競技何かわかってます?」
「それはな~……」
 肝心な種目を確認していなかったカイトは目を泳がしながら、三人で仲良く並んで座っている女子たちを見た。駿はそんなカイトのその姿を見てただあきれる。
 女子三人は今はやりのアーティスト「キセキ」の新曲を仲良く楽しそうに聞いていた。三人のうちの夏希がカイトの目線を感じてか、名指しで答える。
「カイト、教えてあげないわよ」
「えっとですね」
「紗香いいの教えなくて」
 優しい紗香の言葉を手を伸ばしながら夏希は遮った。
「ああー、とても残念です」
 下を向きながら力なく答えた駿はニヤリと笑っていた。
「まあ、どんな競技だろうが体作りは大切だからな!よし行くか!」
 カイトは駿の腕を掴むと強引に歩き出す。助け舟を求めるように駿は女子三人を見るが、青薔はどこか別の場所を見ていて目が合わず、夏希と紗香は笑顔で手を振って見送ってくれる。
 教室に残った三人。
 夏希は隣の紗香に聞いた。
「結局前期の球技大会って何なの?」
「やっぱり知らなかったんですねー。バレーです」
「皆のいるところで変にいじられたくなかったし」
 夏希の最後のつぶやきは流れていた音楽にかき消された。
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