第47話 黒

文字数 2,799文字

 言い終わると並んで走り出した二人の目指す場所は体育館倉庫裏。すぐ後ろを紗香が、そのまた後ろに西条さん。彼女の背中を押しながら走っているのは青薔だった。
 疑問と不安が皆の顔をからは立ち込めていた――ただ一人を除いて。
「さー、いこー!」
 一番後ろから聞こえる謎にテンションが高い透き通る青薔の声が立ち込めていた邪念を蹴散らしてくれる。
 皆よりも少し先に着いた夏希とカイトは立ち止まり、視界に映る情報を改めて整理する。
 目の前には制服を着た夏希さん、そしてその足元に寝ているように倒れている孝蔵と周磨。二人はおそらく気絶しているのだろう。
 続いて少し遅れて着いた紗香、そして体操服姿の西条さんと青薔。カイトは振り返りみんなを確認してから、改めて前を向き直り制服姿の西条さんを凝視した。
 全く瓜一つの容姿にどっちが本物か良く分からなくなる。
「ねぇ、あなたは誰なの?」
 夏希の言葉に制服を着た西条さんは黙ったまま体操服を着た西条さんを見つめた。体操服を着た西条さんは押されるように下を向いて、ただもじもじするだけで声を発することは無い。
「おい、なにかしたのか!」
 制服姿の西条さんの無言の目線に嫌な予感を感じたカイトは警戒した声で問いかけた。
 全く疲れた様子のない上に二人を気絶させていることからも、そして全く同じ姿になることができる力を持っていることも考えれば、警せざる負えない。
「孝蔵くんと周磨くんから西条さん助けてくれて、ありがとー」
 唐突にそういったのは青薔だった。
「ああ!そうか、たしかに!」
「あんたは突っかかりすぎ、もう少し頭を使いなさいよ……じゃなくて、結局誰のよ」
 目の前の謎の人物を置いてきぼりにして言い合いを始める夏希とカイトを、青薔は無視して続ける。
「駿くんだったりして、全く見当たらないから」
 夏希とカイトは、青薔の冗談を顔の前で手を振りながら、同じように否定した。
「まさかな」「さすがにね」
 しかし、二人の否定に異を投じるように、青薔の言葉を肯定する意見が飛び出した。
「私もそう思う」
 紗香のその一言に、二人の体を弾丸で打ち抜かれたような衝撃に襲われる。
 あまりの衝撃のせいか、仲良く頭にクエッションマークを浮かべ動けずにいる二人を無視し、制服姿の西条さんはゆっくりと近づいてくる。
 目の前に来てから、まるで駿であるかのような声色で彼女は言った。
「説明はあとでします。西条さん来て」
 その口調から確かに駿らしさを感じ、また紗香の言葉を否定せず肯定したことで、夏希とカイトはさらなる衝撃を受ける事となった。
 両目にクエッションマークを浮かべる二人は、頭が空っぽになってしまったかのように駿を見つめる。
「もう時間がないので、行きますね」
 駿は西条さんをお姫様抱っこしてから優しく囁いた。その姿を紗香は訝しい目で見ては、視線をあからさまにそらす。
 いつの間にか駿の足元にできていた魔法陣が強い輝きを放ち、髪と服をたなびかせながら駿の体を浮かせる。弧を描くように三階の技術準備室の一角空いた窓に吸い込まれるように飛ぶ。
「あ、黒」
 カイトは空を飛んで行く駿の姿を追いながらぼそっと口から声を漏らす。
「あんた馬鹿!」
「いったぁ~」
 夏希に勢い良く頭を叩かれ、カイトは情けない声を上げながら下を向いてうずくまった。
 それから、元の姿に戻った駿が今回の事の経緯を全て説明してくれた。
 また、孝蔵や周磨は今回の件だけで大人しくなることは無く、もっと過激になるとだろうと駿は警告してくれる。
 西条さんには紗香からこの文芸部に入部するか聞いてみてくれたが、駿の予想通り遠慮しておくとのことだった。西条さんが文芸部に入るかどうか、駿の口車に乗せられ無謀にも賭け事をしたカイトは、御覧の通り敗北し帰りのコンビニで何か一つ駿に驕ることに。
 今回の孝蔵と周磨に関わるにあたって、駿と紗香はどちらもトラウマを克服し、しっかりと向き合うことができるという事実に皆は喜んだ。
 そして、次の日には藍が学校に返ってきた。久しぶりの再会に、放課後の部室ではみんなでお祭り騒ぎをしたが、心なしか藍から休暇前の自信のような元気がないように駿には見えていた。



「こっちの準備はできとるんじゃがの~」
「ええ、わかってます。慎重にそして一回で成功させなくては、こんな大規模な実験は目立つでしょう」
「ひっひっひっ。おぬしが仲間になってくれて本当に助かったわい。わしはおぬしを気に入った。……場合によっては契約内容を変えてやらんこともないぞ。わしが一塔の座をいただいたときにはの。では引き続きと協力しつつ頼むぞ。ひっひっひっ」
 日が沈んだ街路の中、遠くから聞こえる車の音と無線の切れ残響だけが残る。
 直樹はアービスとの連絡を取っていた。それもすべての準備が整う寸前だからだが、相変わらず歪な声音に不快感を抱く。
 今回色々調べ分かったことは、完全に元通りでの死者蘇生は限りなく不可能に近いということだ。それこそ、どこまでを死者蘇生というかが問題だ。肉体だけなのか、もしくは魂だけなのか。肉体ならば、ゼロから生成してしまった方が速い。魂ならば供物など必要なく神霊の宿る東京大神宮の泉で扉を開けば声を聴くことができる。そこで魂を零体として呼び出せばいいが、問題はそう簡単えではない。
 今回の目的の神降ろしだが、死界の先の神界にまで扉を開かなければならず、その為には東京大神宮の泉だけでは足りず、もっと強力な神威を持つ聖遺物が必要となる。
 しかしまあ、よく三種の神器の一つの―ーそれも本物の八咫鏡を見つけ出し手に入れられたものだ。これさえあれば、神界までの扉など造作もないだろう。
 直樹の目の前には土下座している二人の学生がいた。彼らは直樹が以前バス遠足の時、保険として雇った学生だ。たしか、名は孝蔵と周磨と言ったか。話の途中できたアービスからの連絡で話が途切れてしまっていた。
 どうやら奴らは力が欲しいらしい、圧倒的な力が。一応、彼らはこちら側の世界に完全には入ってはいないただの学生だ。一度完全に入ってしまえば抜け出せない、命を狙われる可能性があることも伝えた。しかし、彼らはおれずになお土下座して頼み込む。こんな性格の二人が力に固執する当たり、相当プライドを傷つけられたのだろう。
「本当にいいのか」
 その問いに二人は同時に顔を上げる。黙って見つめるその瞳には確かに魂が宿っていた。
「ああ、わかった、いいだろう。しかし、お前たちの目的が済めば私の部下として生きてもらう。もう二度といつもの生活には戻れなくなるぞ」
 ため息混じりの直樹の言葉を黙って頷く二人は直樹と契約を結んだ。
 陰陽師から学んだ術で二人の体に契約の陰を刻み込む。
 直樹はあれから独自に陰陽師の妖術について学んでいた。体に刻み込まれた契約を断ち切りアービスから解放されるために。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み