第33話 傭兵と陰陽師

文字数 1,931文字

 ゴールデンウィークに入りSTCO本部へ帰省した藍は訓練場での修練を積んでいた。
 天井にはたくさんのライトが一定間隔で市松状に設置され、地面や壁は全てコンクリートでできている。五十メートルの正四角形でかたどられた空間の壁には至る所にカメラが設置され自分の動きを3Ⅾ映像として確認できた。たった一つの出入り口、その隣には大きな防弾ガラスが張られ、管理室ではオレーターの七瀬さんが藍の動きを観察し記録してくれいた。
 藍はいつもの様に頭にイメージし、十センチほどの見えない壁を二つ作る。更に三つ目の壁を作り出そうとするが、展開と同時に焼失してしまった。三つ目を作るには、イメージとパワポのコントロールを同時に調節しないといけない。すでに作ってある二つの壁、それに流れるパワポの意識を崩さず三つ目の壁を作らないといけない。
 何度も挑戦し七割型は成功するようになった。しかし、動きながらの場合はいまだに成功したためしがない。それに、固定された壁を作るのは比較的簡単だが、動かすことのできる壁を作るのは至難の業。
 続けて練習をしていると聞きなれた声が、管理室を伝ってスピーカから訓練場に響き渡る。
「お疲れ様、元気にしてた?」
 管理室を見れば七瀬さんの隣に殿草先輩が立っている。終焉のルインの時と何も変わらない殿草先輩の右手にはスタンドマイクが握られていた。
「はい。殿草先輩こそ何も変わっていないようで」
 殿草先輩はスタンドマイクを七瀬さんに渡しながら何かを言うと訓練場の中へ入ってきた。
「練習手伝ってあげる。私も最近あんまり動いてなかったから」
「あ……ありがとうございます。で、では……お手やわらかにお願いします」
「ええ、もちろん!」
 意気揚々に手のひらにこぶしを打ち付けながら答える殿草先輩。藍は苦笑いし訓練が始まった。


 訓練を終えた藍はシャワーを浴びた後、部隊KSAの会議室に集まった。今回は小町七瀬さんを含む四人が集まる。ゴールデンウィークの最終日、本部から呼び出されたの藍だけではなかった。
「早速任務の話だけど、今回の敵はゲルト・ファン・コズーフ率いる六人の傭兵部隊。そして標的は……藍貴方よ」
「モテモテだな」
「またですか…」
「リーダーのゲルト・ファン・コズーフはデルタⅭマイナスよ。他の五人もゼータB以上の実力があると言われているの」
 相当まずい…と思う。STCOの部隊で例えるならばAランカー一人と五人の上位Bランカー部隊と例えても差し支えはないだろう。ガンマの下のデルタがSTCOのAランカー総統に値するかは、そもそもの指標が違うからだ。階級の数も違ければ、STCOは国内の組織内だけで、闇市の中にはもっと強い人間が隠れているかもしれない。それに比べ傭兵は全世界、更にガンマは世界の中でも数十人しかいないと言われている化け物級だ。
 少し重くなった空気を裂く枚の資料を渡す。顔写真と経歴が書かれているが見覚えはない。
「堂垣直樹、傭兵をしていて一人の子供、弟子を雇っていたそうよ。その子は福島県都市での仕事中一人の兵士に殺された」
 藍はその言葉を聞いて直樹があの時の殺した子供の親だと理解した。
「その情報はどこで?」
 藍の問いかけに殿草先輩は素直に答える。
「闇市で買ったものなの。それと決定的な情報は少ないけど彼の強さは…デルタA++」

 直樹はかざしたタグを服の中へとしまう。同じように目の前にいる傭兵もタグをしまい、続いて左手の人差し指と中指の二本を刀のように揃え何かを言い始める。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
 男の背中に円形と星が描かれたマークが光を放ち浮き出た。いや、形式が違うだけで、あれは……魔法だ!
 アマテラスを信仰する大社が傭兵を雇っていることだけで異様なのにもかかわらず、その傭兵が陰陽師など想定もしていなかった。どんな攻撃があるのかなど、陰陽師についての知識は何も入れては来なかった。
 その間に大きな魔法陣からは青白く光る細い四本の線が空へと昇っていく。一定の高さで上昇をやめ、他の光の線へ伸び、直樹を囲う様に巨大な四角形を作り出す。面は薄青い膜が張り傭兵もろとも密閉された。
「結界?」
 思わず漏れ出た言葉に唱え終えた目の前の敵が三人に分身した。
「ああ、空間結界だ」
 そう答えると同時に周りの建物がすべて消え、永遠に続くような薄黒い空間へと変わる。こんな大規模な魔法が存在していたことに超能力だけでなく色々な所で世界が進化していることを実感する。
 目の前にいる三人の敵だけは先ほどと変わらずその場に立っていた。三人の敵は全く同じような動きをしながら、また人差し指と中指の二本を刀の様に構え落ち着いた口調で言った。
「それでは…始めようか」
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