第3話 実戦経験です。

文字数 3,796文字

 次の日、目を覚ました僕はテントの中にいた。
 また酔い潰れしまったようだった。昨日の酒場での記憶が全くない。
 まだ少しだけ気持ち悪さが残っているが、ただ寝ているわけにもいかないので体を起こす。すると、いきなり吐き気が襲った。うっと、口元に手を持って行くが、なんとか喉の手前で落ち着かせることができた。テントの中がゲボだらけにならずに済んでよかった。そう思い胸をなでおろしている時には、完全に吐き気は引いていた。
 近くにある水筒を手に取り、ゴクゴクと大きな音を立てながら、たっぷり水分を補給する。すると、微妙に残っていた気持ち悪さがまるで嘘であるかのように引いていく。
 完全に立ち上がり、身支度を整え外に出る。生きるか死ぬかの世界では、常に武器となるものを身に着けてなくてはいけない。それはテントの中でも同じ。直樹にはそう習った。
 テントから出ると太陽の光が眩しく顔を照らす。僕はほとんど目を開けることが出来ず、右手で太陽を隠した。周りに人がいる様子はなく、鳥の鳴き声や草木のたなびく声が聞こえる地を撫でるように吹く風が、丘の上にいる僕を優しく撫でた。
 丘の上には僕達以外のテントはなく、風を遮るようなものが何一つない。そんな見晴らしのいい丘からは、丘の下に点々とはられているテントの様子もよく見えた。
 僕達と同じ傭兵ではなく、難民たち。というのも僕達は難民を装って、ここに暮らしている。
「行くぞ」
 唐突に聞こえた直樹の声。
 僕は反応出来ず、返事を返す機会を逃した。
 そんな様子を見ていたか分からないが、直樹は僕に背を向けて歩きはじめた。そんな父の…いや、直樹の態度に色々な事を感じさせられた。もし、ここが戦場なら死んでいたし、潜入任務なら失敗していた。その事を言葉にはしない直樹。
 何を思って何を考えているのか分からない。なぜ僕の父になってくれたのかも分からない。そんな邪念を胸の奥にしまい、僕は直樹の後を追いかける。




 周りと比べて 明らかにに高い建物が立ち並ぶ一角。立ち並ぶ高層ビルの壁は爆発や弾丸によって 荒々しく削られた後がくっきりと、残っている。ほとんどのビルの壁は本来の形など保っておらず、壁は壁としての役割を残してはいなかった。何年も前に人がいなくなってしまったかのような廃墟となっている。
 そんな廃棄ビルの4階に潜んでいる直樹と僕。直樹は振り返り僕のほうを向くと右手を出せと言ってくる。僕は素直に従って、右手を差し出すと、魔法機具を取り付けてくれる。
 このタイミングから魔法機具を付けられることがなかった僕は驚いた。魔法機具を使うのは、訓練の時か、抵抗できない人間にとどめを刺す時だけだった。訓練では魔法機具を使った戦い方や扱い方。とどめを刺すときは、魔法機具の威力を生身の人間を通して、どうしたら殺せるかをいろいろ試してみる。
 いずれも安全になってからだった。しかし今は任務に集中しないといけない。そう言い聞かせ、頭の中から邪念を振り払う。
 直樹の合図を見て、僕はビルの下の通路に目を凝らす。すると、向かいのビルの一階の入り口には両手で拳銃を持った二人の見張りの兵士が立っており、ビルの中から一人の男が姿を現す。
「あの人をやるの?」
 直樹は黙って手の平を僕の方に向ける。それは、待てというサインだとすぐにわかる。普段から何も話さないお陰か、ジェスチャーの意味をよく理解している気がする。
 ビルの入口から出てきた男は、入口の前で止まったま一切動かなくなった。
 しばらく黙ってそこで待つが、直樹は一向に動こうとしない。焦れったく思い口を開こうとした時、直樹が違う方向に指をさしながら口を開く。
「あの男の殺害と今来ている物資の妨害」
 直樹が指さしてる方向に目をこらすと、農家の服装をしている人が、荷車を馬車で引いている姿だった。ボロボロの服を着ている所を見ると貧困層ように見える。それ以外に人の姿はなく、あのような者からこれ以上何かを奪うのは正直気が引ける。そんな同情するかのような優しい表情をする誠の顔を直樹は見つめていた。
「今回はお前一人の力でやってみろ」
 その言葉に誠は目を大きく見開き、直樹の顔を見る。しかし、直樹は無言で僕を見続けるだけで何も言ってこない。
 僕はもう一度、ビルの正面に立っている標的の男と、こちらに向かってきている荷馬車を確認する。それからはすぐに行動した。
 物音立てないように4階から1階までゆっくり移動する。その間に荷車はビルの目の前まで来ていた。荷車が着くと、標的の男が貧困層の男に近寄り何か話始めた。僕は、馬車の荷車の陰に身を潜める為に素早く移動する。
 しかし、ここまで近くに来れば砂利を蹴る音が敵にも聞こえる。
「何者だ!」
 標的が声を上げながら馬車の反対側へと覗き込みに回る。バレる事を想定していた僕は、荷馬車の影に隠れると同時に右手につけていた魔法機具を起動していた。僕は標的の男と目が合うとすかさず間合いを詰めるために素早くダッシュする。標的の男は、9歳の幼い少年に驚きと安堵が混ざったような顔している。誠はその隙を見逃さない。標的の男の股の間を滑り込むと、同時にすぐに向き直り、右手の魔法機具で足を殴る。風の魔法を纏いスピードと威力が跳ね上がった誠の拳。たった、9歳の少年の拳だったが、魔法具で強化された拳。標的の男の足に当たった誠の拳は、足の骨を砕いた。
 うわぁと断末魔を上げ、しゃがみこむ標的の男。あまりの激痛に目を瞑ってしまう。誠をもう一度拳を引き、大きなためをする。魔法機具のゲージメーターがどんどんたまり、50%と表記される。足の骨を砕いた攻撃で貯めたエネルギーは35%だった。50%もあれば確実に標的の頭を飛ばせる。誠から突き出される拳は先程よりも更に早く、空気を畝るように放たれた。ぶんと空気を切る音に続けてベチャッと嫌な音がなる。標的の男の首から上は綺麗になくなり、顔はバラバラ飛散していた。
 誠は貧困層のボロボロの服を着た男を馬車の影に隠れるように手招きする。体制を崩しながらも、急いで誠のもとまで近付き馬車の影に隠れる。誠はこの男の耳元で小さく囁き確認をとる。
「大丈夫ですか?」
 僕にはイヤイヤ敵の言う事に聞き従っているようにしか見えなかった。弱いものを助けてあげたい、そんな思いに駆られたのだ。
 貧困層のボロボロの服を着た男は首をこくこくと何度も激しく頷きながら言う。
「はい、それよりも、見張りの兵がまだ二人」
「はい、分かっています」
 誠はすぐに見張りの兵士を殺そうと動く。また、魔法機具のエネルギーを溜め、敵に向かって荷車を吹き飛ばそうと考え、エネルギーを貯める。しかし、誠は凄く違和感を覚えていた。標的の男を倒した後の貧困層の男との会話の間、敵の行動が何も見られないのだ。ほんの些細な時間ではあるが、僕が標的の男を殺した後なら、荷馬車事撃ち抜いてしまえばいい。今も僕がこうしてエネルギーを溜めてる間に打てばいい。何故だ?そう思いながら、誠が拳を引いた時。
「ゴキッ」
 鈍い音が体を通して聞こえてくる。音のした自分の右腕部分を見ると、普通には曲がらない方向へ、二の腕部分が外側へと曲がっていた。そこには、貧困層の格好をした男の両手が視界にうつる。そして、襲ってくる激痛。叫び声を必死に抑えるが、かすれた声がもれでる。
 僕に魔法具を使わせない為に、右腕の二の腕を狙ったのだ。男からしたら、9歳の細い少年の腕を折るなど容易いことだった。貧困層の男も敵側だったのだ、脅されていた訳でもなく、そもそもが、敵であった。僕のなんの確証も根拠もないはやとちり。そうあって欲しいと言う思い込みだった。どうにか状態を打開するために行動しなければならないが、あまりの激痛に頭も回らなければ立ち上がることすら、ままならない。涙で視界がぼやける一方だった。  貧困層の格好をした男は誠の髪を掴み、引きずりながら見張りの兵士二人ものとへ連れていく。
「よく見たらすげえ美人じゃねーか。これは高く行くかもしんねーな。顔は傷つけんなよ。連れて行け。」
「「ハッ!」」
 貧困層の格好をしたその男の言葉に見張りの兵士二人は敬礼し、短く答える。
 貧困層の格好した男が振り返ると少し離れた所からは一人の男がゆっくり歩いてきているのが見える。
 涙でぼやける視界からかすかに見える。ゆっくり歩いてくる男。だが、それが誰なのか僕にはすぐわかった。

 僕はいつも、静かにしていようとしていた。喋らないようにしていようとしていた。直樹が静かな人だったから。直樹は僕にとって、目標、憧れ、恩人、師匠、家族、そして、父だった。色々な事を教えてくれた。そんな直樹に感謝していたが、感謝の気持ちは伝えた事がない。実の親でない事ははじめから、わかっていて、僕自身、直樹の事を何も知らない。家族と言っていいのかも分からない、家族ごっこにもなっていない。とても酷く気まずい家族だった。だから、僕は直樹に自ら話しかけたり、お願いをしたことは一度もなかった。
 だが、直樹の姿を見ると同時、痛いよ、助けて、怖い、死にたくない、色々な感情が爆発した。
 そんな僕ははじめて大声で叫んだ。ただがむしゃらに。僕の口からはじめて出た名前で、はじめてのお願いを。
「お願い…お。……お、お父さん、助けて!」

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