第53話 決着

文字数 3,530文字

 物凄い衝撃波と爆音が五人を襲う。
 脛煙漂う中、皆はカイトの行方を不安げに見つめていた。
 砂煙の中から、似つかわずビリビリと小さな雷の音と光が聞こえたような気がする。
 そんな中、夏希は穏やかな声で囁いた。
「行け、カイト」
 その刹那。
「おらぁぁ!」
 カイトの咆哮と同時に、アマテラスの片腕はおろか砂煙ごと吹き飛ばす。
 それから目にもとまらぬ速度でアマテラスの懐に入っていたカイト。続けて大きな打撃音が五回響く。一瞬の隙に、アマテラスのお腹に大きな打撃を五回分打ち込んだようだ。
 アマテラスはそこで初めて体ごと大きく後ろへ仰け反った。
 明らかにカイトの攻撃が効いている。
 アマテラスは体勢を立て直すと先ほどと同じように大きな奇声を上げカイトに両腕で高速に殴り込む。
「アアアアアアアア―――――ッ」
「うおおおおおおおおおおおッ‼」
 同じように負けじと咆哮を上げるカイトはその高速な連打すら目にもとまらぬ速度で回避し、更にはアマテラスの連打と同じ回数、体に打撃を与えた。
 アマテラスとカイトの壮絶な戦闘は数分後に終わった。カイトの無数の連打がアマテラスの体を打ち破り最後の一撃が孝蔵の体に直接届いた。
 吹き飛ばされた孝蔵は周磨の目の前に倒れる。周磨にそっと手を伸ばす孝蔵は力尽きた。
 カイトも力尽きたように膝から倒れ込み、呆然とその場に佇んだ。
「カイト!」
 名前を叫びながら一目散に飛び出したのは夏希だった。カイトに優しく寄り添う夏希は目を真っ赤にさせながらやさしく微笑んでいた。
「少しは……報われたかな」
「ええ、きっとそうよ」
 夏希はそう言って、正面から力強くカイトを抱きしめた。さっきまで堪えていた涙は止まることを知らず、夏希の両目から滴り続ける。
「ああ」
 カイトは目をつむりながら力なく、夏希の頭を優しく撫でた。
 そこにゆっくりと近づく駿は、夏希に声をかけた。
「夏希さんちょっとカイトくんを借りてもいいですか」
「ええ」
 戸惑いながらも頷く夏希はそっとカイトから離れた。
 駿はカイトに肩を貸しながらゆっくりと大社の前に移動する。駿が八咫鏡を拾うと、静かに魔法陣を足元に描き始めた。
 直径五メートルほどの大きな魔法陣に囲まれる二人。魔法線から溢れ出る光がカイトと駿を優しく包み込む。
 駿が何をしているのか聞く者はもう誰もいない。黙ってその美しい光景を見届けるだけだった。
 鏡から溢れ出す光は空中にたくさんの人魂を呼び出し、美しく宙を舞う。
「さあ、これでお母さんに語りかけてください」
 そう言って駿はその場から離れ皆の横に並ぶ。
 カイトが八咫鏡を望み込み、少しすると光は徐々に弱まり人魂も姿を消した。同時に、地面に広がっていた水銀の鏡も解けるように消えていく。
 気づけばいつも通り殺風景な景色に戻っていた。ただ、激しい戦闘の痕跡だけははっきりと残っていた。
 東京大神宮の入り口から聞こえる一つの足音が、皆の意識を奪い参道のその先に目線を向ける。
 姿を現したのは二十過ぎの気の強そうな男だった。大袈裟にも人柄良さ祖には思えない、そんな風貌をしていた。
「お前らか、アマテラスを殺したのは。それに……今何してた、面白い力持ってんじゃねーか。なあ、見せてくれよ‼」
 激しい口調でいうスーツを着た男は、鋭い目つきで不敵に笑う。
ボンッ‼
 男から溢れ出した驚愕的なパワポが衝撃波となり、とんでもない爆音を作り出す。あまりにも驚異的なパワポが熱風として皆を襲った。先ほど戦ったアマテラスの比ではない程、あまりのも尋常離れしたパワポに全ての思考が置き去りになる。
 その時、何かが空から落ちてきた。
 爆発音にも似た衝撃音が響きクレータを作り、その上を砂煙が立ち込める。次から次の出来事に驚くように見つめる皆は、もはや状況を整理することに手いっぱいで何も言葉を発することができない。
 しかし、六人の中でただ一人、藍だけは皆と少し違った。
 こんなド派手な登場の仕方、藍には頃覚えがある。砂煙の中から薄っすらと見える綺麗な女性の後ろ姿。藍の顔に思わず笑みが零れる。
 そう、彼女は殿草カナ。
「おお、久しぶりだな殿草ァ‼」
 彼女の名を咆哮にかえ、瞬く間に接近し右拳を顔へと伸ばした。あまりの速度にあっと息をのむ。
 しかし、彼女も負けてはいなかった、ノーモーションで顔の前でその拳を左手でしっかりと受け止める。
「竜命、いい加減にして!度が過ぎるわよ。この人達は部外者、巻き込まれただけよ」
 しばらく睨み合う二人、初めに力を緩めたのは竜命と呼ばれていた男だった。
「あーわかってんだよ。ちょっとカマかけただけだ」
 引いた拳をそのまま後ろに持っていき、頭を掻きながら吐き捨てた竜命はカイトの元へまっすぐと歩いて行く。緊張が走る中、カイトに対し命令口調で続けた。
「おい、その鏡をよこせ。それはこっちが保管する」
 いわれるがままカイトは鏡を渡し、受け取った竜命は黙って来た道を引き返す。
 殿草の隣を通り過ぎ少し進んだ所で立ち止まり振り返る竜命は疑いの目を向けていた。
「お前……まだ引きずってんのか。いまだに出てないって聞いたぞ」
「……」
「俺は……認めないからな」
 静かな怒りを含んだ声に殿草先輩は何も答えることなく、ただ強く手を握りしめた。
 竜命の後ろ姿が見えなくなるまで見届けた殿草は、振り返るとにこやかな笑顔をのぞかせる。
「ごめんなさいあなた達。こんな事件に巻き込ませちゃって……嫌だとは思うけど、事情聴取に付き合ってもらわないといけないの。……それに、彼の治療もあるしね」
 殿草はカイトと目が合うと優しく微笑んだ。

 それからあっという間に日常が戻ってきた。
 あんなに体を酷使していた夏希とカイトだが、幸い大きなけがはなく入院とまではいかなかったが、流石にカイトはしばらく過度な運動厳禁。
 魔法実験で二人の死者が出たという内容で東京大神宮事件とネットでは取り上げられていた。生徒会の先輩たちは亡くなった孝蔵と周磨の事について語ることは無かった。気遣っていてくれているのかもしれない。
 だが、どうしても二人の死がいつもの空気を重くしていた。誰も悪くなく気にしないでおこうと、みんなで話し合ってはいたが、簡単には亡くならない。
 それにカイトにはまだ気になっていることがあった。それは、あの時、死界の扉を開いた時、母の声が聞こえなかった。何となくだが、魔法は問題なく発動していたと感じたが、ならなぜ母の声が聞こえなかったのだろうか。
 理由があるとしたら、それはただ一つしかない。
 母は死んではいない。
 少しして部室にまたいつもの明るさが戻ってきた、その手助けとなったのが『キセキ』の新曲だった。歌詞が今のみんなの気持ちを代弁してくれているようなそんな素敵な曲でなによりも、その歌声がとてもきれいで美しく頭に体に直接響いてくるような、そんな楽曲だった。

 いつもの家の自室でパソコンとにらめっこしている駿は厄介事全てから解放されたことに、いや全ての計画が無事完了したことに深い達成感を感じていた。
 今回の出来事を一通りまとめ終わった駿は大きく伸びをする。気づいた時には、窓から見える外の景色はとっくに真っ暗になっていた。
 寝る前にお風呂に体を浸かると、先ほどまとめた一連の出来事に耽る。
 孝蔵と周磨のような奴らは、自分の力を証明し支配したがる。よって、まずはその自信の源をズタボロに傷つける。裏に関わりのあるやつらはより深くその世界に入り込み力を頼るのはいつの時代も変わらない。
 散々カイトの戦闘センスの良さと能力の強さは駿の目の力で確認していた。いかに、魔法で使い魔を召喚したところでカイトには十分に倒せるだけの力を持っている。さらに、あの二人のパワポの質で償還できる魔獣などたかが知れている。
 だが、まさかアマテラスを召喚するとまでは思わなかった。恐らく不完全体だったであろうアマテラスの力にも驚かされた。それに、波ならぬ力を持っていそうな藍が戦闘に参加できないのは予想外だった。
 カイトのあの力にも驚いた。
 目でも追うのがやっとだったカイトの超能力はおそらく加速だろう。尋常離れした速度ですべての攻撃の破壊力を桁違いに上昇させていた。
 正直なところ、カイトが超能力を上手く発動できていなければ、計画は失敗していたかもしれない。カイトの強さは、絶対に助けるという意識、その優しさから来ているのかもしれない。
 普段なら絶対考えないような非理論的で感情的な考察に鼻から笑いが零れる。
 疲れているのかもしれない、今日は早く寝よう。
 おでこに手を当てながら裕船に浸かっていた駿は早々にお風呂を出た。
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