第32話 本当の母

文字数 2,619文字

 俺たちはあの後警察に保護され、事情聴取や病院での身体検査を行った。幸いにも重度の怪我を負った人は誰もいなかった。バス遠足では散々な目にあってしまったため、自分たちで集まってバーベキューをする約束をし、その日を終えた。
 家の前に着いた俺はいつもの様に家の玄関を繰り挨拶をする。
「ただいまー」
 その声は、ただ家の中を透きぬけていく。いつもなら明るい母親の返事が返ってくるはずなのに、今日は違った。少しの違和感を覚えつつ家に上がる。俺の足は無視意識のうちに差し足へと変わっていた。
 そのまま廊下を進むと奥の和室から、がさごそと、段ボールから何かをあさっているかのような音が聞こえる。すぐに映った視界の先では、母親が予想通り段ボールの中にある何かを見つめていた。
「かーさん?」
 すると母親は大きく肩をふるわせ勢いよく振り返った。俺の顔を見ると安堵するように苦笑いする。
「もう、びっくりしたんだから。夕ご飯は準備出来てるから、キッチンにあるの並べといてくれる?」
「わかった」
 俺はキッチンに向かい、盛り付けられている皿をダイニングのテーブルへと移動させ、橋などの食事の用意も一緒に済ませる。
 母親は何事もなかったように段ボールを押し入れにしまい、向かい合ってテーブルに座った。同じように手を合わせ「いただきます」といいご飯を食べ始める。
「本当に心配したのよ、事故に巻き込まれたって聞いたから……」
「全然大丈夫だよ!怪我なしだからさ」
 不安など消し飛ばすように元気よく笑って言った。母親一人でここまで育ててくれたことに感謝しているからこそ、余計な心配などかけたくない。
 小さい頃に父親は事故で亡くなり、それからと言うものずっと母親には迷惑をかけてきた。だから、さっき何を見ていたのか気になったが、聞くことはできなかった。聞いて欲しくはなさそうに意図的に隠した事は、流石に鈍感な俺でも理解はできた。今の事はさっさと忘れようと一端ご飯と一緒に飲み込んだ。

 それから数日後、俺たち六人はバス遠足のやり直しとして約束通り自分たちでバーベキュー場へ行き楽しんだ。あれ以来孝蔵と周磨が姿を現しちょっかいをかけてくることはなかった。そのまま時間は過ぎていきゴールデンウィークを迎えた。
 何も予定がなく家で一人過ごしていると、ふと和室の一角に視線がいった。それは以前母親が隠したがっていた何かが眠っている場所だ。余計なことは考えるなと自分に言い聞かせ、別の事に注意を向けようとするがどうしても目線が奪われてしまう。
 大丈夫、ちょこっとだけ見るだけだ。誘惑に負けた俺は言い訳をつぶやきながら、和室の押し入れから例の段ボールを取り出し中をあさった。そこには小さな時の思い出がたくさん詰まっており、懐かしい遊び道具に心躍らせた。一番底にある一つの写真が入った額縁が顔を覗かせた。暗くてよく見えなかった額縁を取り出し、ダイニングのテーブルに移動する。すると額縁の中には裏返しにされた写真が挟まっていた。せっかく額縁で丁寧に閉まってあるのに裏返しにしているのか、なぜ飾らないのか、そんな疑問を抱きながらテーブルに座った。
 額縁から写真を抜き取り裏返した俺は思わず固まってしまった。自分でも思考が追い付かない程の感情がどっと体を襲い涙が溢れる。しかし、あまりの衝撃で自分の涙を流している事に気が付くには少しの時間を有した。ぼやける視界を手の甲でふき取り写真をもう一度しっかりと見つめた。そこには二歳ぐらいの自分と亡くなった父親と確かに見覚えのあるが母親では無い女性が並んで立っていた。これは明らかに家族写真だ、って言う事はもしかっしてこの人が本当の母親……なら今の母親は?
 俺は本当の事を聞くために母親が返ってくるのを待った。そして帰ってきた母親は、ダイニングで座っている俺の姿に、母親は口を開け少し驚いたしぐさを見せる。その後テーブルの上に置いてある立てかけた額縁を見て口を閉じた。
 そのまま向かい合う様に母親は席に座ると説明してくれた。
 俺がまだ小さい頃、母親は突然行方不明になった。父親は今の母親に俺を預け、母を探しに家を出て行ったきり二年間帰ってくることは無かった。そして、二年越しに帰ってきた父親は、母は死んだ事と息子を頼んだとだけ言い残し、それ以外姿を現すことはなかったという。今の母親は父に片思いしていたこともあり、任された俺の命を本当の母の様に一生懸命育ててくれた。
 すべてを聞いた俺は笑って答えた。
「今までありがとう。今も昔も変わらず母さんはいつだって俺の母さんだよ」
 母親は俺の言葉を聞き泣き出してしまった。何年も支えてくれた、優しい背中をさすりながら俺も同じように頬に一筋の光を流した。

 日が沈み当たり一面が暗闇となっている中、かすかな明かりがともされていた。その明かりを頼りに近づくとほんのりと照らされる鳥居が姿を現す。その先には宇治橋と呼ばれる橋がかけられている。伊勢神宮の前にかけられた宇治橋に近づくにつれ、胸に強い不快感を覚えその先へ進むのをためらいそうになる。しかし、この現象を直樹は知っていた。
「人払いか」
 そう言いつつ精神的負担をものともせず宇治橋の真ん中を堂々と歩く。ちょうど折り返し地点に差し掛かった時の事、まるで棒のように足が動かなくなった。続いて橋全体を覆うような大きさの魔法陣が橋の下に浮き上がる。こんな規模の魔法陣など生まれてこの方見たことがない。もし攻撃系なら跡形もなく消し飛ぶだろうが、その可能性は極めて低い。神聖なこの領域での殺生および破壊行為はこの地を汚すことに繋がる。
 それ終わることは無く、ささやくような唱え声が聞こえ始める。暗くてよくは見えないが声で数十人入るということがわかる。この規模の魔法陣だ、数十人が協力して発動していることに納得がいった。
「祓え給い、清め給え、神かむながら守り給い、幸さきわえ給え」
 声に反応するように魔法陣の光は強さを増した。
 足が固まり動くことができない状況の中、追い打ちをかけるように正面からは一人がこちらに向かって歩き近づいてくる。近づくにつれ顔がよく見え相手が男だと確認できた。
 その男は続けて首から何かを掴み見せてくる。そう、タグだ。Δ(デルタ)Ⅾマイナスと書かれたそのタグが同じ傭兵業を営んでいると教えてくれる。大社が傭兵を雇うとは想定もしていなかった。ああ、かなりまずい。
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