第5話 不安です。

文字数 1,827文字

パンッ

 拳銃の発砲音と同時に、右手を後ろに伸ばしていた貧困層の格好した男の頭を打ち抜いた。
 何事もなかったか様に誠の方に振り返り、傷の応急処置を始める。近くにあるマガジンの球を抜き、空のケースと破った服で、手を固定する。強い痛みに目を強く瞑り歯を食いしばる。そんな僕をよそにお父さんは容赦なく縛り付ける。ムスッとした顔でお父さんを睨むが、そっぽを向いていて僕とは目線があわなかった。一切僕に興味がないように、殺した兵士たちの荷物を調べに一人でずかずかと進んでいく。
 ズキズキと痛む右腕と冷たいお父さんに二つの意味でむかつく。お父さんの背中を見て僕はもっと大げさにムスッとして見せた。
 すると、急に振り返りお父さんが僕を見つめる。僕は思わずそっぽを向いてしまう。何をしているのだろう、と自分自身に言いう。そして、恥ずかしながらも、上目遣いでゆっくりとお父さんの顔を見る。お父さんは相変わらず表情が硬くなにも話さない。だから、僕にはお父さんが何を考えているのかさっぱりわからない。お父さんはしばらくたってから首を少し横に傾げたような気がした。呆気にとられている間に近づいてきて、僕を抱っこする。お父さんの感情的な行動を初めて見た僕はそわそわが止まらなかった。だけど、お父さんの硬くて大きい体と腕が僕をしっかりと支えてくれる。普段は不愛想で何を考えているか全くわからないお父さんだけど、僕は確かに温かさを感じた。直樹は、家族だ、お父さんだ。本物を知らない僕を包み込んでくれる直樹のぬくもりは僕の中では。

 本当のお父さんになっていた。

 仕事を終え、直接酒場によった僕達を迎えてくれたのはオーナーのおじさんだった。
「どうぞ、こちらへ。」
 オーナーは手の平を上へと向け道を示す。その後直ぐに動き出し酒場の横道を通る。どうやら、僕達を裏口へと案内してくれているようだ。
 オーナーが立ち止まると、そこには如何にも裏口と言う感じの扉があった右胸のポケットから取り出した鍵を扉に差し込み、捻る。カチっといい音を鳴らし扉を開ける。中は日が差さずまっくらポケットから、裏口の鍵と思われる鍵を取り出し鍵穴に指してから捻る。
 カチっと金具が外れる音同時に、扉がゆっくりと開く。オーナーは勝手に開いていく扉を追いかけるように押し開ける。扉の先に続く真っ暗な道を躊躇なく進むオーナー。それをゆっくりと追うお父さんとおんぶされてる僕。真っ暗な道の奥にある扉から微かに光が漏れでている。思うに、僕達がいつも飲んでいる酒場のカウンターがあるのだろう。今はまだ昼間なので人はほとんどおらず騒がしくはないようだ。オーナーはその光の漏れ出ている扉より少し手前の別の部屋へと繋がる扉を開ける。
 そして、先程とは違うカチっと言う音と同時に部屋から光が漏れ出てくる。お父さんに部屋へ運ばれた僕は、ベットへ寝かされる。
「あとは頼む」
 お父さんがいうとオーナーがコクっと頷く。
 お父さんは僕の目をじっと見てから、何も言わずに部屋を出ていった。僕はオーナーに傷の手当てをして貰った。それから、しばらくしてお父さんが帰ってくる。お父さんは、オーナーに小包を放り投げる。オーナーは受け取ると中身を確認した。
「おお、これはありがとうございます。ですがこれで、お別れになるかもしれませんね」
 その言葉を聞いてもお父さんは何も答えずに僕の腕を掴んで、その場を後にした。
 帰還しようとしている時だった。拠点にしている貧困層の集落がある方向から人々の悲鳴、また煙臭さが漂ってくる。近づくに連れ煙の量が増えていく。集落の手前でお父さんは立ち止まり、僕の前に立つ。そして、しゃがみこんで僕の口元を布の端くれで覆ってくれる。
「ここで待て」
 お父さんはそういって、携帯端末に示されたマップを見せてくれる。手のひらを広げられると、そこにその端末を置く。これを持って、目的地を目指せ。そう言っていたのだ。僕は黙ってうなずいた。
 お父さんは僕に背を向けると、焼け野原と化している集落を見つめた。普段なら僕は何も言わず見届けたと思う。でも僕の心の中で何かモヤモヤした嫌な予感を感じていた。背中を向けているお父さんに、声をかける。
「待ってるね…」
 お父さんは少し驚いたように僕を見た。そして、黙ってうなずくと、僕に背を向け焼けた集落の中に入っていった。
 すぐに見えなくなるお父さんの後ろ姿を見届けた後、僕は急いで目的地へと向かって走り始めた。
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