第37話 もう一つの標的

文字数 1,895文字

「ええ、あなたたちと同じく私たちは全員超能力者なんですよ」
 皆と少し離れた町側に位置する岡の上。コズーフ率いる傭兵部隊の一人とSTCO所属部隊KSAの藍は、にらみ合うように一定の距離を保っていた。
「それでも嬢王には勝てない」
 自分の中にあるゆるぎない事実を淡々と口にする。
「勝算がないならでなおしますよ。目的はあくまでも『井坂藍』一人なのですから」
 藍の名前を強調し動揺を誘う。聞いていた七瀬さんが思わず藍の名前を呼んだ。しかし、そんな心配など不要だった。藍は相手の傭兵をあざ笑うように言う。
「もう一度言うけど、彼女は『無敗の嬢王』だ」
 その言葉を元手に、創り出した壁を砕くかのように力強く蹴り地面の上を平行に飛ぶ。両拳の前に目えない壁を手慣れた要領で瞬く間に生成する。
「でたらめな」
 後ろに大きく跳躍しながら吐き捨てる。相手の能力は異能知覚で相手がどんな超能力を使えるのか、また使っているのかが見える能力。藍の所見での強み、ましてや見えないという特性を潰されてはいるが、STCOのランキング戦ではそんな効果などないに等しい。彼のでたらめという発言は、藍の超能力に対してだと思われるが理由は定かではない。
 見えない壁による打撃を傭兵が右腕に装備していた魔導機具GW―48の打撃で相殺した。魔導機具GW―48は以前、岩手県の戦闘で少年が使っていたものとほぼ同じ。作っている会社は違うが風魔法が源となっており、チャージなどの機能は付いていないものの汎用性、耐久力、その他面々に優れており使い勝手がいいと評判だ。STCOの中でもある一定の人気を博しているため、馴染み深い。しかし、常に一定数のパワポを魔道具に取られ、自身の持っている固有の能力を阻害する場合もある。その為に、自分の超能力とパワポの制御率、パワポの補給率、そして最後にパワポの保有率を考慮したうえで使用する。
 藍は空中に何度も見えない壁を瞬間的に生み出し、それを足場にして尋常にはできない動きで間合いを詰める。相手にどう行動するか、測らせないためだ。だが、本来見えないはずの壁も相手の能力で見られているため、容易に反応してくる。
 相手は藍が攻撃しなければ一定の距離を保ち、何もしてこない。こちらから仕掛ければ、攻撃を受け流しながらまた距離を取る。何かを狙っているのは明らかだが、狙いが分からなければ相手を追い詰めることもできない。
 藍は、同じ場所で傭兵と戦い見えない壁で動きを封じたいと考えているが、それをわかっているのかどんどんと場所を変え、一度も同じところへは行かなかった。
 そこへ唐突に七瀬さんか連絡が入る。
「これ以上東へはいかせないで、住宅街に入ってしまうから」
「了解」
 相手を睨みながら藍は短く返事を澄ませる。
 傭兵は少しの間、耳元に手襲えてから手を離すと、こう言った。
「発見」
 不穏な笑みを含んだ言葉と同時に、東に向かって走り出した。今まで自分からは一切動かなかったのにもかかわらず、しかもよりによって東側へ。
 急いで藍は傭兵の後を追いかける。しかし、一向に距離が縮まるまることは無い。すると再び、七瀬さんからの通信がはいるが、それは容易に想像できた。
「ちょっと、何をしているの。街へ一直線に向かってるじゃない」
「《発見》という言葉と同時にいきなり走り出したんですよ。どうしようもないじゃないですか」
「え、どういうこと……狙いは井坂じゃないの?」
 珍しくと戸惑いと少しの焦りを含んだ声が聞こえる。
「そんなこと俺にはわかりませんよ。ただあの感じだと、俺が付いてくるよとは前提としてないみたいですよ」
 藍の言葉が聞こえているのか、いないのか、返事の代わりにぼそぼそと一人事がもれでるだけだった。
「山を抜けました。街に入っていきます、どうしますか?」
 連絡するまでもなく、その状況をわかっているはずの七瀬さんから、未だに命令は降らない。戸惑いつつも、藍は後を追いかけるのに専念した。
 すると、さっきからつぶやいていた独り言がマイクを通り聞こえてくる。
「目的は井坂ではない……そんなはずはない。でも、今は住宅街へ向かってきている……自分からは攻撃を仕掛けないで……時間稼ぎ?……違う、それだと…………《発見》……そして、東へ……住宅街に出て……通信後すぐ?逆探知……」
 明らかにいつもと違う七瀬さんに藍は強く名前を呼んだ。
「七瀬さん‼」
「コズーフ率いる傭兵は……もう一人いる。そして狙いは……」
 重みをもったその言葉はゆっくりと、確かに震えを含んだ声で発せられた。
「私」
 突然の爆発音と同時に、イヤホンからの音はぷつりと切れた。
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