第38話 狂剣士

文字数 3,625文字

 殿草先輩は五人の傭兵の連携に攻めあぐねていた。ついさっき、七瀬さんと連絡が取れなくなってから、藍から端的な報告を受けた。早く五人を倒して藍に合流したいという焦りが戦闘に影響してしまうことを分かってはいても難しい。
「おい、どうした。……焦っているようだな」
 コズーフの言葉に重い一撃で返すが、未来予知で避けられてしまう。
「さっきよりもためが長いな、大丈夫か」
 言葉縫い揺さぶられるように、自然とコズーフに目線が向いてしまう。その隙を見逃すはずもなく、弾丸が殿草先輩の頬をかすめた。
 いったん距離を取り、自分の頭から邪念を振るい落とす。すると、すぐ後ろから聞きなれた声が聞こえてくる。
「おお、またせ」
「遅い!状況分かってるの⁉」
 我慢できず石原先輩に殿草先輩は怒鳴りつける。頬を引きつりながら両手を上げ、降参の態度を取りながら登場する石原先輩。それに構わず、殿草先輩はなおも続けた。
「私たちとは違って非戦闘員の七瀬さんが襲撃されて、それに藍一人で向かってるのよ!」
「まあ、落ち着けって」
「あんたがのんきにしてるからでしょ。なんでもっと早く来ないの!」
「大丈夫だ。こういう時のために最低限の訓練は受けて居るだろ」
「だからこそ、早く助けないと、もしかしたら、生き延びているかもしれないでしょ」
「だから藍が向かっているんだろ」
「これこそ罠で相手の計画通りかもしれない」
「藍はそこらへん察しいいし、あいつの性格上もし自分の命が危なくなったら容赦なく見捨てるだろ」
「そうだけど……でも明らかに私たちの中で経験が一番浅いの」
「大丈夫……少しは仲間を信じようぜ」
 その言葉に殿草先輩は口をつむり、何も言い返すことはなくなった。静かに敵の方へ向き直ると、嗄れ声で言う。
「ええ、ごめんなさい。この戦いのために出来る限りパワポを温存しながら下準備してたんでしょ」
「ああ」
「ありがとう、冷静になれた」
 その言葉を聞いてから石原先輩は殿草先輩に並ぶように前に立つ。二人とも目の色を変えてワントーン低い声で答える。
「本気で行きますか」
「ええ」
 次の瞬間、起きた出来事を全てを判断することは、石原先輩以外はほぼ不可能だった。それは、《空間把握》であっても《未来予知》を持っていたとしても。
 石原先輩は一秒以内に、アトランダムに敵と入れ替わり、どこに誰がいるかをめちゃくちゃに連続で入れ替えた。攻撃力はないが、自分が今どこにいるのか判断がとてつもなく難しい。目くるめく変わり続ける視界と位置、そのせいで強い酔いが体を襲う。しかし、一番酔いの負担を強いられているのは間違いなく石原先輩だった。いかに、能力の使い手として慣れていたとしてもこれだけ高速に何度も何度も入れ替わりをすれば、負担は物凄いものとなる。
 その中に、ただ一人自由に動けるものがいた。そう、殿草先輩。
 殿草先輩は大袈裟にも思えるほど拳を大きく引き、隣を向く。殿草先輩の目の前には、方向感覚を失っている傭兵が次々に入れ替わっていた。
「今だ!」
 石原先輩の言葉と同時に、入れ替わりで飛ばされてきたのは《幻惑虚像》の使い手だった。状況を把握できていない《幻惑虚像》は、殿草先輩の一撃を受け身を取ることもなく食らい、顎の骨を打ち砕く。顔から体を回転させながら地面へと倒れた。
 しかし、そんな光景を最後まで見届けることは無く、大きな踏み込みと同時に大振動を引き起こし、次の敵へと弾丸のように飛んで行く。
 酔いによる眩暈と振動による平衡感覚の狂いがあってもなお、《区間把握》と《未来予知》の二人はしぶとく反応してくる。ここまできたら、維持と維持のぶつかり合いだった。
 前もって下準備してある石原先輩専用の入れ替えアイテムで、二人の傭兵を別々の場所へと往復しながら移動させる。
 もう、誰が見てもほとんど結果は明らかだった。殿草先輩と傭兵五人で釣り合っていた均衡は石原先輩の登場によって一瞬で傾いた。

 藍は、ただひたすら傭兵を追いかけていた。五メートル程の距離が全く縮まらない。
 深夜を過ぎた真夜中の住宅街を傭兵と藍が瞬く速度で駆け抜ける。藍の目線の先にはがら空きな傭兵の背がずっと見え続ける。だが、藍には攻撃を入れる手段がなかった。
 そんな矢先、傭兵が目指している奥に一際大きな明かり灯している家がある。あれは……火事だ。恐らく、あそこに七瀬さんがいる。
 藍は一つの考えが湧く。距離を少しでも詰めれる攻撃、一撃で殺せる技。銃のような飛び道具を作り出すなど、夢のまた夢だが長細い棒のような棒を作り、相手の心臓を突き刺す、というのは前者より可能性が高い。しかしながら、以前動かすことのできる壁を作るのは極めて困難である。
 なぜこの現状で低い可能性にかけて考えを巡らせ行動しているのだろうか。それはたぶん、あの時、バス遠足の時。カイトから二次被害を受けていた紗香と駿を助けた話を聞いたことが要因であるのかもしれない。その話を聞いた時、藍はなぜか胸が熱くなった。なぜそう感じたのかはよく分からないが、もしかすると絶対に諦めないという意思に、少しだけ心を動かされたのかもしれない。今までの藍なら自分の命が全てで、仲間なんてどうでも良ければ、誰が死のうがどうでも良かった。そもそもめんどくさいことが嫌いだ。だから、命令以上のことは絶対にしないし、お願いなど聞かない。あの学校に通い始めてから……いや、あの六人で一緒に行動するようになってから、藍の中の何かが少しずつ変わり始めている気がした。
 賭けることを決めた藍は、何度も頭の中でイメージを作り出し右腕に長細い棒を作り出そうとする。が、形すら形成できない。
 繰り返すこと四度目、形を作ることに成功した。しかし、粗暴は空中に止まったまま、全く動じることなく空中に停滞する。
 その間にも火事の建物へと近づいた。奥にある十字路を左に曲がり、五十メートル進めば燃えている家に着く。目的地がそこならば、曲がり角で一瞬の硬直が生まれるはずだ。
 その時だ、傭兵は予想通り曲がり角で左を向き……固まった。何かを見て打ち抜かれたかのように、動きを止めた。
 今だ!
 頭の中に雷が落ちかのに、仕掛けるのは今しかないと体全身が勝手に動いた。走りながらジャンプした藍は、横に壁を作り、その壁を全力で蹴る。
 突き伸ばした右腕は弾丸のように空気を裂き、傭兵の元へと飛んで行く。
「うおおお」
 今まで抱いたことのない感情を一度も出したことのない咆哮へと変えた。
 だが、突き伸ばした右手に壁はまだ形成できていない。
 叫び声に反応した傭兵は藍の超能力を確認する。藍の体の周りには何もできてないことを確認するやいなや、待ち構えるように魔導機具GW―48を装着した右腕を大きく引き絞る。
 次の瞬間。
「ぐはっ」
 傭兵が呻き声を出すように血を吐いた。
 藍の作り出した壁は傭兵の心臓を突き刺し、本来見えないはずの見えない壁を傭兵の血があらわにさせる。藍が手を放しても二メートルほどのその槍は、消えることなく傭兵の血を滴らせる。傭兵はかすかに顔を上げると力なく言った。
「まさか、今この瞬間に超能力を成長させるとはな……それに、お前たちにも……まだ……仲間が。……いた、とはな」
 その言葉を最後に傭兵の首がうなだれる。
「どういう……ことだ?」
 理解不能な最後の言葉に思わず心の声を漏らしてしまう。
 とりあえず、もう一人の傭兵と七瀬の生存確認のため、思い出したように燃えている建物のある。左側の道路を覗く。
 そこには、倒れている人間……傭兵の様だ。その隣に、深くフードを被ったローブ姿の誰か。が、勇ましくもこちらをずっと見つめながら立たずンでいる。顔は全く目えないが、その相手からは物凄く鋭い目線を感じた。そして、その隣には七瀬が立っている。
 藍は傭兵に刺さっている見えない槍を背中側から引き抜き、二人の方へ歩いていった。
「あの人は味方」
 七瀬はローブ姿に教えるが、一切反応を示さない。ただ、明らかに藍に対しての殺意を感じた。
「誰なんです?」
 ローブ姿の人に少し眉を寄せてから、いつもの表情で藍にこたえる。
「ええ……私も分からない。さっき襲われていた私をいきなり助けてくれたの、藍は丈夫そうね」
 その言葉を聞くやいなや、フードからか持ち出す殺意が確かに藍を襲った。右手で何かを下からもち上げるよう手のひらを上に向ける。
 まずい。と、体全身の細胞が藍に訴えて来ていた。戦っても勝ち目がないとおしえてくれているように。
 体の内側から出た光の粒が大まかな形を描き出す。集まった光の粒は間隙を開けているが棍棒の様な形に捉えられなくもない。
「バアルペオルゥゥゥウウ‼」
 ローブ姿の男が聞いたこともない言葉を発しながら絶叫した。まるで雲の様に実体がなさそうな棍棒を確かに腕に掴み、藍に向かって尋常ではない速度で飛び掛かってくる。まるで、我を忘れた狂剣士の如く。
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