第21話 凄い人。

文字数 2,606文字

「入って来い」
 担任の先生の言葉に続いて入ってきたのは、一人の男子生徒だった。教卓の前に立つと、みんなの前で一礼して自己紹介をした。
「井坂藍です、よろしくお願いします」
 先生は後ろにある黒板を振り向いて座席表を確認した後、井坂藍に向き直り言った。
「井坂の席はあそこだ」
 そう言って俺の方を指さす。一つだけ誰も座っていない席、そう俺の後ろの席がそうだった。それから先生は今日の日程と今後の日程を説明し始める。そして、始業式と言うこともありいつもよりも授業がはやく終わった。休み時間に入り俺は早速振り返って転入生の藍に話しかけた。
「なあ、俺菅崎カイトよろしくな!」
 すると続けて隣の席の夏希も言う。
「私は相川夏希。で、この子が成瀬紗香。よろしく~」
「よろしくお願いします」
 夏希は片手をあげて、紗香は丁寧に頭を下げる。
「よろしく」
 少し戸惑いながらも藍はそう答えた。
「なぁ、藍さっそくだけ…」
「久しぶり!藍」
 半ば強引に入ってきたのは、一人の女子生徒だった。
「ああ、青薔」
 どうやら藍の知り合いらしい青薔と言う女性は藍の腕にくっついた。物凄く大胆な行動に俺は驚く。夏希と紗香も俺と同じような反応していた。
「初めまして!私藍の幼馴染の越谷青薔って言うの、今年はよろしく!で、もう一人紹介したい人がいて…」
 そう言って手のひらを差し出す。皆は青薔の勢いに流されるように、その手の先の席を見る。そこには誰もいなかった。
「あれえー?居なくっちゃってる。てへ」
 大胆に頭をかきながら青薔は笑って言う。この子は凄い子だと俺は思った。
「えっと、俺は菅崎カイト」
 青薔はにっこりと笑いながらピースサインを作り言った。
「知ってるよ、カイトくんに夏希ちゃんに紗香ちゃんでしょ!」
 やっぱりこの子は凄い。感心しているのか戸惑っているのか自分でもよくわからないでいると、青薔は続けて言う。
「もし良かったらみんなで連絡先交換しよ?」
 な、先を越されてしまった…。そんな事を思いながら、俺たち五人は連絡先を交換した。
「なぁ、今日学校早く終わるだろ?放課後、良かったら遊ぼうぜ!」
 俺の言葉に青薔は笑顔で答えてくれる。
「いいよ!藍も空いてるもんねー、って言う事でファミレスいこー」
「私はいいですよー」
「うちも!」
 すんなりオーケーを出す紗香と夏希。俺は藍に近づき半ば無理矢理肩を組み耳元で小さな声で話しかける。
「藍の幼馴染凄いな」
「いや、まじそれ」
 藍はいきなりの肩組み嫌がる様子はなく、返事も意外とラフに返してくる。あんまり緊張させないようにと言う俺なりの気遣いは不要だったようだ。
「尻に敷かれてねえか」
「いや、だってアレだぜ」
 藍は三人の中で一際アクティブに会話している青薔の後ろ姿を指さして言った。
「確かにな」

 青薔さんから逃げるようにして僕は教室を出ていた。そして、今は廊下の道を真っ直ぐ歩いている。
不満そうな顔をしている生徒、つくろった笑顔を向けている生徒、クラスを仕切ろうとしている上位カーストの生徒を確認していた。ふと足を止め、なぜ自分がこんな事をしているのか考えた。
しかし、答えが出ることはなく残ったのは失踪感だけだった。僕は行き先を自分の教室へと戻した。前に出す足を止めること無く動かし続けた。オレは何も考えず…いや、考えないように…ただただ足を止めない様に…ひたすら、ずっと。そして、僕は教室に戻って来た。一体なんの為にあの世界から向けたのか、その理由を…改めて脳に刻み込んだ僕は教室に入り自分の席に座った。
すると、案の定青薔さんが僕の背中を叩いてきた。後ろを向くと青薔さんが全く表情を変えること無く口を開いた。
「ねぇねぇ、なんでいなくなっちやったの?紹介しようと思ったのに」
カイトくん達に紹介されそうだったから、と心の声で言った。でも、青薔さんはこの心の声にも気が付いてるかも知れない。僕は何となくだがそう思った。本当何なんだろうこの人は。
「ごめん、ちょっと用事があってな」
別に話てもいいんだよね、大丈夫なんだよね。話ぐらいなら…僕はそう思えた。
「あ、何かあったんだぁー」
やっぱり青薔さんの表情は変わっていなかった。けど、声が少し優しくなった様な気がした。気のせいかもしれないけど…。彼女はこう言う人なんだろうな。僕はここ数年間やっていなかった態度を取った。
「いや、なんにも」
そう言って笑顔で答えた。すると、青薔さんもあの笑顔から少し温かみのあるような笑顔で返してくれた。
「そっかぁ」


 すべての日程が終わり放課後に入った。
「じゃ、行こっかファミレス!」
 どこからともなく現れた青薔は俺たち四人に言う。なんか慣れてきた気がするぞ。
「おう。はやくいくか。」
 俺たち五人は早速学校を出てファミレスに向かった。
 途中から自然と女子三人男子二人で別れて歩いていた。
 隣を歩く藍が俺に言う。
「空いてる?ファミレス」
「あー、確かにな」
「今日も部活あるから大丈夫だよ!」
 どこからともなく現れ会話に割り込んでくる青薔。
「そうなのか。って言うかいつから聞いてたんだよ」
「今さっきだよ!」
「どんなタイミングだよ!」
 突っ込むように俺は青薔に少し大きな声で言う。すると、感心したように藍がボソッと言ってきいた。
「慣れて来てんなー」
 俺は一度藍の顔を見てからもう一度青薔の方を見る。青薔はいつの間にか、夏希と紗香の輪の中に戻っていた。また俺たちは二人で会派を始める。
「いや、慣れるか?」
「どっちも慣れる慣れる」
「どっちも?」
「青薔もだけど、夏希さんにも」
「夏希に?」
 唐突に出てきた夏希の名前に頭が?でいっぱいになる。態度に出ていたのか、俺の顔を見ながら藍は笑って言う。
「悪い悪い、かけてみた」
「かけてみた?」
「あー、何でもない。所でカイトと夏希さんは幼馴染?」
「ああ、凄いな!良く分かったな!」
「職業柄的な?」
「職業柄?」
 笑って答える藍に俺は思わず質問した。転入前の学校のことも何か聞けるのだろうか。もっとお互いを知って仲良くなりたいと思った。藍とは正直馬が合う気がする。
「秘密」
「なんだよー気になるだろ。教えてくれよー」
 俺たちは自然と笑いながら話していた。
「秘密ー」
「なら青薔に聞こう!」
「いや、青薔もしらねーよ…いや、知らねーよな?」
 急に疑心暗鬼になった藍は不審な目で聞いてくる。
「いや、俺に聞かれてもな」
 改めて青薔は凄いなと感じた。
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