第54話 変化

文字数 2,752文字

 普段よりも学校全体がふわふわしているのは、夏休みがすぐそこまで迫ってきているからだ。
 夏休み課題として出されたのは自由研究のグループ発表だった。
 バス遠足の時のように六人の班を作るように先生が言うので、いつものメンバーのカイト、藍、駿、夏希、紗香、青薔の六人が集まり、リーダーの藍が班長として先生に報告する。
 自由研究の内容だが、夏希の要望で福島県の大災害についてまとめることになった。夏希のお爺ちゃんとお婆ちゃんが福島県に住んでおり、一応連絡はとれているものの心配で直接会いに行きたいようだ。
 夏希のお爺ちゃんとお婆ちゃんの家は山の麓にあり福島県の立ち入り禁止区域外にあるそうだが正直不安もある。
 夏希の意見以外に案は出ることがなかったが今回はあくまで班決めだったため一旦保留にしようと藍がまとめた。

 夏希のアイデアに賛成だったカイトは、母と夕食時に今日の話をしたが黙って最後まで聞いてくれ頑張ってと応援してくれた。
 正直、禁止区域外とはいえ危険な場所に近付くことを否定されるかと思ったがそんなことは無かった。
 母は急に席を立つと物置から何かを取り出してきた。それは一つのネックレスと紙の地図。
 まずトライアングルの形をしたネックレスを差し出してくる母に戸惑いながらも、カイトは両手で受け取り答えた。
「これどうしたんだ」
「あなたの母親の形見よ……あなたが持っていなさい。いえ、持っているべきよ」
 母の優しい言葉にうなずき、残っている母のぬくもりを感じ取るように心に残っている声を思い出していた。
 そして、続いて渡された地図を受け取る。
「これは、あなたの母親が住んでいた生まれ故郷の地図よ」
 その言葉を聞き、まじまじと微かな記憶をたどるように地図を見つめていると、左下の文字に目線が吸い寄せられた。
「そう、あなたは福島県で生まれたのよ。なにか、残ってるかもしれないわね」
 勢いよく立ち上がったカイトは自分の部屋へと駆け込み、急いで藍に通話をかけた。
「あ、なん」
「藍!お願いがあるんだ。夏休みの研究課題を福島県で起きた大災害についてにしてくれないか」
「なんで急に……皆の」
「ああ、だけど頼む。藍の伝手を使ったら福島県の禁止区域にも入れるんじゃないか?」

 思いもよらない言葉に藍はあからさまに黙り込んでしまった。
 カイトはいったいどこまで知っていて誰から聞いたのだろうか、その疑問を問いかけることは無くただ誤魔化した。
「何言ってるんだカイト。そんなわけないだろ」
「出来たらでいいんだ。……家族の思い出がそこにある、藍にしか頼れないと思ったから」
 藍のはぐらかしを聞いていないのか、どこか余裕がないように感じるカイトは力なく言った。
 藍は黙って通話を切ってからしばらく答えの出ない問題を考え込んでいた、このモヤモヤはいったい何なのかと。
 視界の端に映るSTCOの端末に目が行く藍はおもむろにその手を伸ばした。

「私は何も思いつきませんでした!」
 夏希が呆れ顔で小突き青薔は照れる。
 今日も学校の最後の授業を使い、夏休み課題の発表題材について改めてみんなと話し合った。
「わかった、福島県の大災害についてにしよう」
 目を大きく見開き口をぽかんと開けてカイトがまじまじと藍を見つめた。
「藍~~」
 暑苦しく抱きついてくるカイトを藍は引き剝がすように声をかける。
「中にも入れるように話付けといたから、言いから離れろ」
「ほんとに?さすが藍だわ」
「にしても何でコネがあるって分かったん……」
 そこで藍の言葉はつまり自然と青薔の方に視線を向ける、
 目線を感じてか青薔は藍に小さく手を振って笑って見せた。
「青薔か」
「そんなことは置いといて、報告に行きましょー」
 紗香にうなずき班長の藍は先生に報告を済ませた。

 夏休みが目前まで迫っていたある日の事、駿が廊下を歩いていると見覚えのある女性が視界に映り込む。
 そう、西条たからさん。
 どこか元気のない彼女の姿が駿は妙に引っかかった。孝蔵と周磨はもういなくなり、彼女をむしばむものは誰もいないはず……だ。
 観察してみると西条さんは明らかに教室で浮いていて、あからさまに独りぼっちにされている、正確の優しい彼女が皆から迫害されているのは明らかにおかしい。それにどの女子グループからも均等に無視されていた。
 しかし、それを指図しているように見える人が見当たらず、それ以前にこのクラスにはカーストのようなものが存在していなかった。ただ、西条たからだけが下にいるという気味の悪いカーストができている様。
 休み時間に西条さんの教室を確認していた駿はふと自分の行動に疑問を持った。
 なぜこんなことをしているのだろうか、西条さんがどうなろが僕には関係ない。
 その時、『怖くて逃げだしたっていい。でも、誰かを守りたい、助けたいという気持ちは持ちなさい。その気持ちが自分を何倍にも強くしてくれる』という東京大神宮で言っていたカイトの言葉がどこからか聞こえてきた。
 あまりにも非科学的な言葉だが、実際あの時のカイトに力を与えたのはその言葉、気持ちによるものだろう。それに僕があの状況で何もできなかったことは事実だった。
「僕に足りないもの……」
 目線を自分の手のひらへと向けながら独り言を漏らした時、後ろから聞きなれた声が聞こえる。
「駿くん」
「紗香さん、どうしたんですか?こんな所で」
「それは私のセリフです」
 苦笑いを浮かべる駿に紗香は続けた。
「気になってたんですか、たからちゃんの事、でも元気そうでよかったですね」
「はい、助けられてよかったです」
 教室にいる西条さんに目線を向けて駿は言った。紗香は西条さんの異変に気付いていないようだったが、実際そんなに顔を合わせているわけではないので分からないだろう。それに、孝蔵と周磨の時のような明確に疲弊している態度とは違い、じわじわと心をむしばんでいるようなそんな感じが駿には見て取れた。
 ふと、盗聴していた時に孝蔵と周磨言っていた『あいつら』という言葉を思い出す。あの時、僕は生徒会のことを言っていると思っていた。
 しかし、生徒会副会長の麗華さんは『私たち生徒会でもとても入り込める内容ではありません』と、さらに『裏には裏があります』と最後に助言までしてくれていた。要するに、まだこの問題は終わってはおらず誰かが西条さんを標的にしている。
「駿くん?」
 いつの間に深く考えこんでいた駿は紗香の言葉で引き戻される。
「なんですか?」
「なんでも一人で抱え込まないで、皆を頼っていいんですよ」
どこかは儚げに言う紗香さんに駿はハッと息をのんだ。
「それでは先に部室で待ってますね」
 紗香の後ろ姿を見つめながら僕はもう一度見つめ直した。
 今までの行動、そしてこれからの行動を。
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