第34話 無敗の嬢王

文字数 2,690文字

 言い終わるやいなや、左に立っている男は左へ、右に立っている男は右へ、そして真ん中に立っている男は後方へ飛びながら同時に詠唱を始め小さな魔法陣が手刀の前に浮き上がる。
 直樹は瞬時に真ん中の男へ標的を決め、一直線に駆け出した。
「オン バサラダルマ キリソワカ」
 同時に詠唱を終えると、魔法陣は消滅し代わりに二メートルを超える炎の塊が直樹めがけ一直線に飛飛来する。
 流れるように跳躍しギリギリで三つの炎の塊をかわす。すると、後方でぶつかった炎は烈火の如き火柱を立てた。一瞬でも遅れていたら消し炭になっていたことを知らしめる。直樹は改めて戦闘への意識を集中させた。
「バサラダマッ……」 
 詠唱させる隙を与えないように、右手に持ったハンドガンの魔法機具VF—807を発砲しながら相手の頭に押し当てる。お腹、胸、首、口、頭と空いた風穴が五回分の発砲音、そのすべてが男の体にあたったことを知らせた。この戦いの決着は一瞬だった……いや、まだだ。
 左右の後方からさっき程と同じような熱を感じ、真後ろへと素早く飛ぶ。すると、男に向かってさっき程の炎の塊があたり火柱を立てた。直樹は見ていた、炎の塊が火柱を立てる瞬間、まるで魔法の様に体が消滅し代わりにお札がちらりと姿を現し燃え尽きたのを。
「式紙か…早々に終わらせた方がよさそうだ。私はただ交渉に来ただけだからな」
 着ていた上着を脱ぎ棄てると、くすんだ灰色に赤いラインが数本入ったドレーピングされた服が姿を現す。これが魔導アーマーMX八式、攻撃に特化した直樹専用の魔導アーマー。腕にある入力欄にコマンドを素早く打ち込むとアーマーの赤いラインがかすかに、光始める。
「私もそろそろ本気で行くぞ」
 言い終わるやいなや空気を裂くような衝撃音と同時に先ほどまでとは比べものにならない速度で突き進んだ。

 真夜中の山の奥にぽつんと建てられた廃墟の建物。何か目的を持って建てられたであろうコンクリート製の三階建ての建物は、今でも形をしっかりと保っていた。その建物の中で一人待機する藍に緊張感はなく、壁に寄りかかってはあくびしている。イヤホン越しからは聞きなれたオペレーターの声だけがせわしなく聞こえてくるだけだった。
「ほんとにくるのか?」
「ええ、大丈夫。作戦はちゃんと頭に入ってるね、タイミングは七瀬ちゃん、お願い」
 少しの静寂の後、七瀬さんの声返事が聞こえてくる。また通信を遮断されたのかと藍は一瞬焦ってしまった。
「……了解」
「あ、そういえば藍くん。藍くんが狙われている理由を探るために今まで七瀬さんと二人で監視してたの、ごめんね」
 全然気づくことはできなかったが、今思い返してみればあのファミレスの一件がひかかった。
「別に全然だ丈夫ですよ」
「俺知らなかったぞ……」
「あんたは向いてないから、ね」
「石原先輩なら気づけそうですけどねー」
「んな」
「あ、そうそう。藍くんがあの高校に飛ばされた理由なんだけどね。数少ないルインの情報が、高校付近からちょくちょくでてるの。あと、最後の目撃情報がその高校だったりするから、STCOの兵士餌に何か釣れないかなって。七瀬さんも高校周辺の調査を行ってるし、私も大学周りで調査は行ってるの」
 餌という言葉にのど元まで出かかった藍の突っ込みを、緊張感を含む七瀬さんお声が遮った。出かかった言葉を、藍は唾と一緒に飲み込み意識を戻す。
「区画に六人の敵兵の侵入を確認。コズーフ含む三名は藍の建物へと一直線に向かっています。残り三人のうち二人は、挟み込むように裏側へ、もう一人は双方を確認できる丘上へ移動しています」
「今の所は計画通りだな」
「じゃあまずは藍くん、頼んだよ!」
「なるべく早くお願いしますね、死にたくないので」
 通信を済ませた藍は体を起こし身構えるように、耳を研ぎ澄ませる。何か金属の留め具が外れた音が外からかすかに聞こえ、一階二階三階すべての階に何かが投げ込まれた。二階にいた藍は三つの壁を三角錐の様に作り出し衝撃に備えた。一階で少し先に爆発したことによりスタングレネードだと判断できる。藍は瞬時に両耳を手で押さえ目をつむるが、スタングレネードの衝撃をゼロにすることはできなかった。頭御打つような音が視界を動かし方向感覚をゆがませる。同時に展開していた三つの見えない壁のうち一面が消失した。続いて連続して襲ってくるスタングレネードの衝撃が隙間を縫うように滅した壁の側から内側へと襲ってくる。それにより完全にすべての壁が消滅し藍の身を守るものは何もなくなった。
「くそ…」
 あまりにも早すぎる展開力に感心にも近い思いで言葉を漏らしてしまう。藍はそんな思考を無理矢理戻し、何とか状況を確認しようとする。左右に動きぼやける視界の中、かすかに何かが投げ込まれたのが見えた。ぷすーと、空気の抜けるような音があちらこちから聴こえ頭の中でこだまする。
 ほのかに感じる始めた刺激臭に全身の筋肉が危険だと訴えてきた。受け身も何も関係なく、急いで二階から外に飛び出し地面に背中を強打する。すぐに立ち上がることはできない藍を囲むように、コズーフを真ん中に三人の傭兵が姿を現す。そして、建物の屋根には二人傭兵が藍を見下ろしていた。まともに戦うことすらさせて貰えず、一瞬で追い詰められた現状に、自分の実力不足を痛感させられる。コズーフは右耳に指を添え仲間に連絡を始めた。
「標的を奪取した、そちらの……」
 しかしそこでコズーフは言葉は止まり前を改めて前を向き直る。
 藍がいた場所には石原先輩が代わりに倒れていた。
「こんな体勢で登場とかはず過ぎるだろ」
 地面から立ち上がり、服に着いた砂を払いながら独り言をぼやく。緊張感のなく状況を把握できていない石原先輩は周りを見渡してから、態度を急変させる。怯えたように腰を引き両手を前に伸ばしながら焦り声で言う。
「ま、まった!まった!俺じゃないからな相手は……勘違いするなよ。俺じゃ勝てるわけないからな、俺だって死にたくないし…………どうせ知ってるんだろ?お前らの相手は……STCOのAランカーの第一位、その二つ名は『無敗の嬢王』」
 石原先輩は自信満々に、ニヤリと笑いながらその言葉を口にすると、入れ替わりの能力で殿草先輩がその場に姿を現した。
 ほんの少し目を閉じると、ため込んだ息をふーっと吐き出し、そして目を見開いた。
 先程までの目つきとは一変し鋭い瞳孔が相手を体を突き刺すように、圧倒的な重圧感を醸し出す。数の有利を得ているにもかかわらず、腰を落とし戦闘態勢に入った殿草先輩を前に傭兵たちは唾をのみ、一歩身を引いた。
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