第60話 ルインの悪魔

文字数 4,492文字

 夏休みが明けた直後、衝撃なニュースが駿を襲った。隣のクラスの会長が交通事故で亡くなったそうだ。あまりにタイミングがおかしい。
 家のパソコンで記録していた今までの情報を何度も確認し、自分自身を記録されている媒体、全てをもう一度確認する。
 そこで記憶にはないはずの音声を見つけた駿は、一つの秘密を知ることとなった。
 僕たちは二日目の調査で事件に巻き込まれ、同じように巻き込まれた石橋りっかが殺された。そして、おそらく政府関係者の揉め事に巻き込まれ記憶が消された。
 駿はまずいことを知ってしまったのではないかと、全てが繋がっているような気がして内心少し気後れしてしまう。駿の直感が何か大きなものうごめいていることを想起させる。
 もし石橋りっかの死んだ理由が芽瑠とコノハに起因するならば僕の仲間を頼る選択は間違っていたことになる。いや……おそらく間違っていたんだ。
 夏休み明けの放課後の部室はいつもよりも寂しかった。暑苦しいカイトは事故の件で入院中で、夏希はそのお見舞い。皆で行かない理由は二人きりの時間を大切にしてあげたかったからで、藍は家の事情でまた少しの間が学校を休んでいる。
 三人しかいない部室なので静かなのも無理はない。それに男子は僕一人だけ。
 計画のため部室を後にする駿。廊下に出て少し歩いた所で紗香さんの声が背中から聞こえた。
「駿くんちょっと待って」
 少し息を荒げている紗香さんは駿の目の前で立ち止まり、呼吸を一度整えてから続けた。
「何かあったんですか?」
「何もないですけど、どうしてですか?」
 紗香さんは少し黙って僕を見つけてからゆっくりと声をかける。
「何かあるなら、私たちが手伝いますし、私だけでも」
「大丈夫ですよ、お気遣いありがとうございます」
 駿は笑って答えると紗香を一人取り残しその場を後にした。

 面会の終了時間を伝えるアナウンスが院内に響き渡る。
「え、もうこんな時間?」
 愚痴をこぼす夏希にカイトが笑って答える。
「ああ、そうだな、ありがとう」
 あの時、藍の告白現場を見に行ったカイトは傷がふさがる前に勝手に動いてしまったために怪我が悪化してしまいに入院が長引いている。
「じゃあまた明日ね」
 手を振る夏希に同じように手を振り返すカイトは部屋に一人取り残された。
 夕日の指し込む病室の中、トライアングルのロゴの入った一つの会社をタブレットで見つめていた。
 日本の三大企業の一つともいわれているカイド株式会社。カイトが何度も見てきたトライアングルのマークは、カイド株式会社の旧ロゴであった。

 すべての下準備を終えた駿は西条たからを連れ薄暗い廊下を早足で歩いていた。すべての部活が終わり静まり返っている廊下はどこか気味が悪い。
 次の道を右に曲がろうと思っている時、その先から現れた一人の女子生徒に歩みを止めた。無言で見つめてくる彼女の名は、中山コノハ。
 なぜこの場に……最悪だ。
 そんな焦りを胸に抱きつつ振り返り来た道を戻ろうとすると、その道も塞ぐように一人の女性生徒が現れる。彼女の名は、吉村芽瑠。
 どうすればいい、どうすればいいと必死に思考を回していると、冷たい声が後ろから聞こえてくる。
「来て、西条」
「はい」
 感情のない声で答える西条はゆっくりとコノハの隣へと歩いて行った。
 自分の計画が崩れるずがない、失敗するはずがない。今回は誰にも邪魔されず、僕一人の力で計画を立て行動したんだ。僕の計画は完ぺきで完全なはずだ、絶対に絶対にありえない。
「あんがい、もろものね」
 芽瑠の笑い声の含む言葉が駿の体を毒していく。
「西条と入れ替わろうとしてた」
 コノハの小さい、しかし透き通る声が脳に直接響き駿のプライドを傷つけていく。
「そうして、私たちのしていることを動画や音声として記録に残し証拠を作り出す。大体そんなところ?」
 すべて見ていたかのような口ぶりのコノハに駿は大きく目を見開き動揺を隠すことができない。
「……そう。盗聴なんてするまでもない。とってもわかりやすいのね、あなた。事実に基づく証拠が一番の勝利の鍵になる物ね。ほんと正直。……あなた、友達を巻き込みたくなかったから、使いやすい西条を使った」
「なになに?まさか全部コノハの言う通りなの?まじウケるんだけど」
 駿への嘲笑が廊下を響き渡り心の傷を広げ、力なくい地面に膝を付ける駿の瞳からはだんだんと光が消えていく。
 コノハはそんな駿を近づき冷たい目で見下ろした。もうその瞳は完全な虚ろとなった。
 顔をギリギリまで近づけるコノハが続けて囁く。
「あなたにあの人たちは入らない。私たちと組むべき……ねぇ、ほんとの貴方を見せてみて」

 カイド株式会社本社、四八階社長室。
 健次郎の机の上に開かれているパネルに六芒塔会議の緊急招集のメールが届く。
 素早くパネルを操作し一つのボタンを押すと一面に広がっていた窓ガラスにシャッターがかかりはじめ、外の光の一切を遮断する。
 市松状に設置され、天井の明かりが手前から奥に順番についていき部屋全体に明かりをともす。
 早速六芒塔会議に参加すると、すでに全員が集まっていたようだ。
 第一塔が初めから参加しているおかげか、いつもの様な騒がしさはない。
「やっと来たにか二番じ。で、なんなんだ。全員きただろ。はやくしろよ、総塔」
「……それほど重要な要件だ」
 その次に続いた言葉は予想だにしていなかった。
「奴が目覚める」
 六芒塔会議を終えた第二塔の健次郎はパネルを閉じると、3Ⅾ映像で浮き出る六人の部下が椅子に座った状態で映される。
「聞いていたか」
 その問いに全員が黙って頷いた。
「ならば、HBR計画を開始しろ。第一塔、この均衡を終わらせてやる」
 沈黙を保っていた第二塔が本格的に動き出した。

 駿が目を覚ますと霧のかかった水面の上にいた。まるで夢の中にいるように体が浮くような感覚がし、思う通りに動けない。意識もはっきりとしない。ここは何だろうとあたりを見渡すと、遠くの方にカイト、夏希、紗香、藍、青薔がこちらを見つめて立っている。
 何となく皆の方向に行こうとするが、後ろから何か凄い誘惑に引っ張られ振り返った。
 すると、同じように遠くの方に顔に靄のかかった誰かが立っていた。
 どっちに行けばいいのか迷っていると、靄のかかった誰かが引っ張ってくる感覚に襲われる。流されるように僕はそちらへと歩いて行った。
 ふと少しだけ気になり振り返ってみれば、すぐ後ろ紗香さんがいた。さっきまで遠くにいた皆は消え、代わりにすぐ目の前に立っている紗香さんが手を差し伸べて来てくる。
 僕は流されるように引っ張られるように謎の人の方を向き、紗香さんに背を向けてまた歩みだす。
 すると、いきなり誰かに手を掴まれその歩みを止められた。振り返ってみれば、どうやら僕の手を掴み引き留めたのは紗香さんの様だった。
 でも、先ほどよりもさらに強い誘惑に引っ張られた僕は直ぐに振り返り、靄のかかった人間の方を見る。
 さっきまで遠くにいたその人はいつの間にかだいぶ近くまで来ていた。僕がそこまで歩いたのか、それとも靄の人が近づいて来てくれたのか。もう僕にはそんなことどうでも良かった。
 誘惑のまま進むと紗香の手が僕の手から離れる。少しだけ心残りがあった僕は最後にもう一度紗香さんの方を向いた。
 紗香さんが口を大きく開き身振り手振りで必死に何かを訴えかけて来ていたが、何を伝えたいのか僕にはわからなかった。
 紗香必死な表情に僕は穏やかな声を返す。
「何を言ってるか分からないです」
 紗香さんは見えない壁を必死に叩いている、如何やらこれ以上こっちに側には来れないみたい……どうしてだろう。でも、どうでもいいや。
 謎の靄の人はもう目の前まで迫っていた。顔は靄がかかって見えないけど、ここまで近づいたら何となく男だという事だけは分かった。
 彼が僕に手を差し伸べてくる。
 僕はその手に手を伸ばそうとした時、聞きなれない声が聞こえる。
「駿」
 その言葉と同時に目の前に突然現れた女性が駿に抱きついた。
 いきなり目の前に現れ抱きついてくる女性の顔をしっかりと見ることはできず、声にも聞き覚えはなかった。しかし、なぜか心を締め付けられた。涙が出てきそうになたった。聞き覚えのないその声が駿を落ち着かせ胸を満たしてくれる。
 その時だった。
 駿の右手を謎の男に掴まれると同時に目の前にいた女性が消え去った。そして、その先に現れる靄のかかった男の顔。靄は口元からゆっくりと晴れていき、その顔を完全に表した。
 僕の腕を掴む謎の男は僕自身だった。
 目の前にいる僕はいびつな笑みを浮かべ大きく目を見開きは言った。
「よお……駿」

 STCO本部地下三階。
闘技場の観戦席に藍と石原先輩が一緒に座り試合を見つめていた。
「今年もこの時期かー」
「今年は参加するんですか?ランキング戦」
「あったりめーよ。もちろんお前もだろ」
 目の前で次のランキング戦の準備をしている戦場の用意をぼーっと見つめながら藍は答える。
「はい」
「強くなったんだろーな」
「それは、まあ……はい」
「おいどっち何なんだよ」
 石原先輩の言葉お聞き流しながら、藍は指さして尋ねた。
「あそこ、なんかあったみたいですよ」
 その言葉に流されるように、一際豪華な作りの観戦席に目を向ける。そこには国のお偉い人と並んで座るSTCO最高責任者津崎龍雅の姿があった。
 しかし、何かあったのか司書の女性が耳打ちしている。すると津崎龍雅が腰を上げ観戦席から出て行った。
「ほんとだな、いつもだったら最後まで見ていくのに……年に一度か二度しかないイベントなのにな。結構大きな問題でも起きたんじゃないか」
 そう話している間にも次の試合が始まり会話はそこで途絶える。
 すると、珍しくその場に現れたのは殿草先輩だった。ランキング戦に参加しないのになぜこんなところに来たのか疑問に思っていると、彼女の方からその答えを教えてくれる。
「まずいことが起きた」
「まずいこと?それって、さっき総監が出てったことと何か関係あるのか?」
 石原先輩の言葉に黙って頷き続ける。
「ええ、そうよ。だから、さっき手に入ったばかりの情報、他言無用でお願い」
「ああ」「はい」
 唾をのむ二人に殿草先輩の口から思いもよらない言葉が出てきた。
「ルインの悪魔が目覚める」

 今までと明らかに様子が違う駿にコノハは少し身を引いた。
 立ち上がった駿は、ふらふらとコノハに近付くと千切れんばかりに目を見開き狂人じみた笑みで彼女の顔を覗き込む。あまりの迫力と威圧にコノハは固まって動けない。
「いいぜ……お前の下についてやる、その前にお礼を言わないとな」
 駿はそのままコノハのおでこに自分のおでこを押し付けながら、全くの別人の声色で言う。
「コノハ、ありがとな。俺が……ルインの悪魔だ」

(完)

あとがき 
 稚拙な文章で分かりづらい場所が多々あったと思いますが、ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
 もしよければ、続編を書いていきますので読んでいただけると幸いです。

(『ルインの悪魔2』へ続く)
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