第11話 トイレです。

文字数 2,501文字

「やめてえええ」
 海未の叫び声が聞こえ手を止めた。海未は急いで僕の方に近づくと颯太の顔に覆いかぶさるように抱きしめる。それと同時に海未と颯太が声を上げて泣き出した。つられるように、まさとも泣き出した。
 意味が分からず、置いてけぼりにされた僕は跨っていた颯太から離れ、少し離れた所から眺めていた。それでも一向に泣き止む様子のない三人。僕はその場から離れることにした。街の様子も分かった僕はボートに乗り込む。気が付いたら夕方になっていたみたいだった。今日起きた不思議な事をお父さんに話すために心をウキウキさせながら潜水艦に帰った。
 お父さんと一緒に夕ご飯を食べる時、僕は今日の出来事を話した。するとお父さんは言った。
「常によく相手を観察し、相手に糸を汲み取れ。難しいだろうが、殺意がない相手とはなるべく戦うな。自分の方が強いと分かる場合は加減しろ」
 それからお父さんは黙り込んで何か悩んでいる様だった。そして、また僕に言う。
「明日、もし会ったのなら謝るんだ。それから…」
 お父さんは少し口籠ってから続けた。
「今は…平和だ」
 僕は驚いた。どんな時も警戒を怠らないように教わってきたお父さんの口から『平和』という言葉が出てくるなんて思いもしなかった。でも、お父さんの口からその言葉を聞いた時、少し肩の荷が下りた気がした。

 次の日も同じように港町に向かった。
 昨日僕は誤った判断してしまった。だから、それを謝らないと。
 昨日より少し早く公園に着いてしまったけど、三人はもういた。何かをして楽しく遊んでるみたい。
 僕が公園に入ると皆、僕を見て固まった。僕は動かなくなった三人に近づく。海未は颯太の背中を押しながら何か言っている様だった。僕は颯太の前まで行って、頭を下げて謝った。
「ごめんなさい」
「ほら〜先越されちゃったぁ」
 海未が颯太にそう言った。
「わかったから」
 颯太は海未をあしらうと僕の顔を見据えて深々と頭を下げた。
「こっちこそごめん。何も聞かないで一方的に怒って」
 怒っていない僕に対して颯太は何故か謝った。謝られる必要を僕の中では感じなかったから、少し不思議な感覚。
 少し戸惑っていた僕に海未が近付いて来る。海未は僕の手を掴むともう片方の手で颯太の手も掴む。そして、無理やり僕と颯太を握手させた。
 海未は僕と颯太を見ながら満面の笑みで笑った言う。
「コレが仲直りの印!友達だからね!さっ、はやく遊ぼ!」
 海未は僕と颯太の背中に腕を回して、缶蹴りだァ〜と叫ぶ。
 僕は今日はじめて友達が出来た。これが平和って事?命のやり取りの無く安心していい。気が緩ん出てもいい。そして、遊んでいる余裕もある。言葉の意味としてしてる平和は実際に感じてみると余りにも違うものだった。
 平和ってすごくいいね、お父さんありがとう。
 僕は心の中でお父さんに感謝した。そして、心置き無く皆と遊ぶ事にした。
 それから次の日もまた次の日も何日も続けて遊んだ。帰ってはお父さんに今日何をしたのかを事細かに説明をする。
 お父さんはいつも潜水艦からは出ずに、部屋で誰かと連絡を取ったり、何か資料に目を通してる様だった。お父さんはいつも何らかの仕事をしていた。だから、最近はお父さんと一緒に何かをする時間も減っていた。それが少し寂しかった。だから、僕は楽しかった時間を少しでもお父さんと共有したかった。お父さんは特に質問はしてこなかったけど、最後に「そうか」と一言だけ言ってくれた。聞いてくれている。その一言が僕にはとても嬉しかった。

 そんなある日の事、お父さんは何時もよりも表情がくらい気がした。その日も遊ぶ約束をしていた僕はいつものように公園に向かった。
 港町の様子もいつもと少し違った。大人たちの数が普段よりも少し多い気がする。そうな違和感を覚えつつも公園で皆と合流し一緒に遊ぶ。そんな日常を今日も繰り返した。
しばらく遊んでいると颯太が大きな声で言う。
「俺おしっこ〜」
「僕も〜」
 まさともそう言うと颯太の隣に走っていき、隣に並ぶ。公園の隅の方へ二人は並んで歩いて行く。
「ちゃんとトイレでしたいとだめでしょ~!」
 海未は颯太とまさとに対して大きな声で叫んだ。それに後ろを向いた颯太が大きな声で返す。
「いいんだよ。トイレの方がよっぽどきたねーし!」
 颯太は言い返すと前を向き直し歩いて行く。
 近くにいた海未に僕もう言う。
「僕もトイレ行ってくるね」
 そう言って、颯太達の元へ歩こうとすると海未が僕の腕を掴む。
「誠くんはだめ!ちゃんとトイレでしないと!こっちにトイレあるから」
 そう言って、僕の腕を引っ張っていく。僕は不思議だった。お父さんとインドでテント生活している時は当たり前の事だった。

「ねー、颯太。…海未の事好き?」
 まさとはトイレをしてる最中に聞く。颯太は動揺を隠せずにいた。
「はぁぁ!?そんな訳ねーし!」
 まさとは慣れているのか、颯太の否定を流しながら続ける。
「でも、このままだと誠くんに取られるかもにね。…少し髪長いけどイケメンだし、髪切ったら更にかっこよくなっちゃうよね」
「は?違ぇよ!あいつのかっこいいのは見た目じゃなくて、やっぱり運動神経だろ!ゲーム強いし、喧嘩も強いし、俺の目標だ」
 颯太は目を輝かせながらそう言った。
「僕は……颯太の方に憧れるけどね…」
 まさとは小さな声で颯太に言った。颯太は理由を聞こうとするが、それを遮るようにまさとは続けて言う。
「明日はお祭りだね!」
 まさとはそう言うと、颯太よりも先に終わったのかその場を離れようとする。颯太はまさとに大きな声で言った。
「ちょ、お前…待ってくれよ」

 トイレの前に着いて、海未は僕の手をようやく離してくれた。
 二つの入口を交互に指さしながら海未は言う。
「こっちが、女子トイレでこっちが男子トイレ」
 僕は黙って頷くと歩き出す。海未は慌てて僕の腕を掴んで歩きを止める。そして、もう一度指を刺して言った。
「こっち女子トイレ、こっちが男子トイレ!」
「うん」
 僕は海未に頷くと歩き始める。
「え…」
 海未はそう小さく声を漏らした。そんな海未のことを一切気にしないで僕はトイレに入った。
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