第23話 勝利、貴方のことよ。

文字数 956文字

「もか……泣いてた。私はいいから彼女を助けてあげて。……彼女には何の罪もない」
 最後の言葉を勝利に投げかける。
 海里の後ろから微かに聞こえる暴力団の足音。
 人を助けるためにこの組織に入った。しかし、結果今回できたことは何もない。
 誰一人救えなかった無力さ。何にもできなかった自分に悔しくて涙がこぼれる。死ぬ前の恐怖は海里にはない。あるのは悔しさだけだった。
 歯を食いしばり、体を起こす。せめてもの抗う意志を示すために。


 もかは誰もいない廊下をゆっくり歩く。何かが体を流れていくのを感じる。冷たく重いものがどっと体に流れ込み、そしてキサラギに吸い込まれていく。自分の命が消耗されていくような感覚。すーっと何かが同時に削れ抜けていく感覚。
 これは何なのか。早死にするのか。そんなくだらないことを考える。死ねるならそれでいい、死ぬ勇気もない私をこの力が殺してくれるならそれでいい。
 もうこれ以上誰かと関わりたくなかった。自分と関わったことで相手を不幸にしたくなかった。抱えきれないほどの不幸がもかを襲った。そして零れ落ちる不幸は周りを襲う。
 何度もその光景を見てきたもかは一人で歩いていく。
 少しでも苦しみを紛らわすために。



「よくも俺たちの仲間を」「ひっひっひ、お礼はたっぷりとな」「日頃お前たちには迷惑かけられてんだ」
 無数の罵声と暴力が海里を襲う。朦朧とした意識の中、対処をするがもう体力限界だった。もかに付けられた傷が響く。
 もう声を発する力も残ってない。気力だけで立っていた。
 勝利がもかを、この戦いを終息てくれる。それだけを信じ、生きざまに後悔のないように。
 そんな海里の頭に勝利の言葉がよぎる。『死ぬとき、最後に何を思って人は死ぬのかな?誰を思い浮かべて死ぬのかな?』その問いに、海里は答えられなかった。物心がついたときから両親はいない。だから、その問いに答えられなかった。
 けど、今ならはっきりと答えられる。
 そんな問いに虚ろな瞳でぼーっと立ち尽くす海里は、わずかに顔を上げる。

 勝利、貴方のことよ。

 目の前に立つ勝利に言葉にしない声を投げかける海里。
 いつになく勝利のパワポが荒々しく揺れているような気がした。
 海里は勝利の足手まといにならないよう、今の自分にできる事のためにその場を離れもかをおった。
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