第2話 悪夢2

文字数 3,665文字

 授業中にもかかわらず教室はうるさくい。
 その騒がしさに目を覚ましたコノハは周囲を見渡してから、小さく溜息を吐く。
「ああ……またこの夢」
「はーよ、なんか夢目たのか?」
 一つ前の席に座る芽瑠が笑ってコノハに微笑んだ。遠くのようで近くで感じる。頭の中でこだまする声がこの世界がいつもの悪夢であると理解させた。
 夢の中で芽瑠がコノハを起こす。決まってこの悪夢はそうやって始まった。電車の中やグラウンド、飲食店、カラオケ、今期は教室だった。
「先生はいないのね」
「席替えしたのに座席表のシート忘れて取りに行ってんだ。にしてもすぐ隣の席なんてラッキーだよなー。ってあれか、そうさせた?」
「……ええ」
 コノハは思考を巡らせているため空返事を返す。未来を変えるため物理的な手段を何度も試したが、それで芽瑠の死を止めることができなかった。超能力を使い意識を支配することも考えたが、この夢の世界ではそれも使えなかった。
 この運命を変えるには片っ端から違う行動を試すしかない。幸い夢なのだから、何度でもやり直せる。
「芽瑠……大事な話がある。放課後の教室で」
「了解」
 勝手に時は飛び放課後を迎える。世界が勝手に時間を流していく。まるで未来を変えさせないように。そのせいでコノハは何度も失敗し、芽瑠の死を目の前で見てきた。
 今度はそうさせない。
「で、何?大切な話って」
 コノハは内に秘めていた、隠していた気持ちを口に出す。
「芽瑠……あなたが好き」
 それがコノハの隠していた気持ちだった。
 変に汗をかき、顔が赤くなるのを感じた。夢なのにもかかわらず、感情の高鳴りはリアルに感じる。
「ちょっ……何言ってんの?じょーだんしょ?ウケるんだけど」
 コノハは芽瑠を睨みはっきりと言い切った。
「本気」
 少なからず普通ではない感情だと理解していたから、コノハは今まで隠していた。
 しかし、今のコノハに残された選択はこれぐらいしか思いつかなかった。その結果の未来を見て、また可能性を探る。この告白でうまく行くなんて思ってはいない、しかし、期待を捨てきれない自分がいた。
「いやぁー……まじないっしょ……うちはそっち系の趣味ないからさ」
 苦笑いする芽瑠の言葉がコノハの胸に刺さる。実際の芽瑠が断るにしろこんな断り方はしないだろうと、思うがその可能性を完全に否定しきることはできない。
「ずっと一緒にいたからわかってる。……ただ卒業が近いから心残りを消しておきたかっただけ」
 コノハの言葉に芽瑠の返事はない。
 ただそこに気まずい空間が流れるだけだった。
 しかし、時は流れ気づけばコノハは芽瑠と楽しそうに下校をしていた。たわいのない意味もない会話、その光景にコノハは安堵する。まだ死んでいない。
 しかし、運命は決まっていた。
 次に目を開けば私たちは屋上にいた。芽瑠は決まってフェンスの先でコノハを見つめる。その右手にはコノハの手紙。
 どのタイミングで、どんな内容を書いて送ったのかコノハは覚えていない。
「やめてよ!気持ち悪いよ!信用なんかできない!あたし自身が無理なの!」
「何を……」
 運命において置いて行かれるコノハ。ただ手を伸ばし掠れる声を出すことしかできない。
 簡単にフラッシュバックする。最愛の人の死。刺激しないように、それでも芽瑠を止めたいコノハはゆっくりと近づいた。
「うるさい!うるさい!うるさい!」
 そういって芽瑠は耳を両手でふさぐ。
 フェンスの先で、おぼつかない足もとで両手を耳元に持っていき、眼を瞑る芽瑠。その光景を知っているコノハは急いで近づいた。
「こないで!」
 芽瑠がそう叫ぶと、一歩身を引き足が滑り落ちる。
「え?」
 そんな気の抜けた声を出すコノハは涙を流し空に手を伸ばしていた。瞬きをするとそれはいつもの天井。自分の部屋のベッドの中で一筋の涙を流していたコノハはいつものように学校の準備を進める。



 放課後の文芸部。
 広い部室に置かれる大きなテーブルと十五を超える椅子とは対照的に、そこにいるのは二人の女子生徒だけだった。
 六人の生徒会が受け継いできた伝統的な部、文芸部。その部活に入った六人の二年生。
 井坂藍。大人びている彼は六人のまとめ役である者の家の事情でしばらく学校を休んでいる。最後に聞いたのは「補修が確定だー」という嘆きの言葉だった。
 越谷青薔。天然というか不思議ちゃんの彼女は藍の幼馴染らしく、今は藍の恋人。今日は用事があるらしく帰ってしまったが、部室には来ている。
 管崎カイト。体育会系の見た目通り性格も豪快で人懐っこく、正義感が無駄に強い。だからトラブルを持ってきやすいタイプ。そのせいもあってか夏休みに事故に会い今は入院生活を送り学校には来ていない。夏希と幼馴染。
 相川夏希。同じく体育会系で空手の有段者。カイトは幼馴染で片思い中。カイトの誰でも助けようとする優しい性格が好きだが、やきもちすることも多い。紗香と親友で、今も一緒に二人寂しく部室にいる。
 成瀬紗香。おとなしく地味な眼鏡をかけた女の子。昔いじめられていた所を助けてくれた夏希とは親友。今は静かに部室で本を読んでいるけど、駿のことが心配で気になっている。
 赤崎駿。クールで頭の良さが垣間見えることが多い。以前はいじめを受けていて、心に暗い過去を持つ。最近は悪名高いコノハと芽瑠と関わることが多く、部室にもほとんど顔を出さなくなったため、特に紗香に心配されている。
 本を読み飽きたのか夏希が机にうつ伏せになり籠った声で紗香に話しかける
「ひまねー。せめて、青薔がいてくれたら賑やかで楽しいだけど」
「青薔ちゃんは一人でもにぎやかにしちゃいますもんねー」
 紗香は青薔がこの部室にいる光景を思い浮かべ笑う。
「あの子が、ある意味一想像しやすいわ。予想外を含めてね」
 同様に夏希も笑う。
 しかし、そんな会話も長くは続かない。
「やっぱり心配……駿くん今日も来ませんでした。最近雰囲気も少し変わりました」
「そうねー。ある意味あいつが一番何考えてるかわからない」
「多分……駿くんは本当の意味で私たちにはまだ心を許していないです。だから、一人でやろうとする。私たちを頼らないです」
「でも紗香……それは」
「いいんです。私たちは駿くんとしっかり向き合わないといけません。そのために私も自分の過去にしっかり向き合います」
 紗香は本を閉じ自分の胸元で両手を強く握った。
 夏希は紗香の姿を心配そうに見つめる。



 校舎の屋上。
 そこにいる芽瑠と駿。
 芽瑠は駿を睨みつけていた。
「あんたさー、立場わかってんの?」
「どうしたんですか?芽瑠先輩」
 顔色一つ変えずつまらなさそうに言葉を返す。
「なんか企んでんだろ!」
「俺たち仲間ですよね」
 ちっとそう思ってはなさそうに答える駿、その態度が芽瑠をいらだたせる。
「誰がお前なんかを!」
 駿の胸ぐらをつかみかかる芽瑠に駿は反応を示さない。何処かうわの外。
 相手にされてないと身にしみて感じる芽瑠はさらに突っかかる。それは、コノハや目の前の駿のように頭が回らないことを自覚していたからだった。
「てめぇ!」
 こぶしを握り締める芽瑠に駿がため息交じりに言葉を漏らす。
「コノハ先輩が俺をなかまにいれたんですよ。そんなことしていいですか?それよりもコノハ先輩の事、気にしたほうがいいじゃないですか?」
 本当に眼中になさそうに吐き捨てる駿に怒りがどこかへ抜けていく。駿から手を放し、様子のおかしい最近のコノハの事を芽瑠は下を向きながら思い出した。
 その時、とっさに感じ取った不気味な雰囲気に芽瑠はすぐに顔を上げる。それは駿の奇怪な笑みとともに語られた。
「コノハ先輩の家庭は複雑ですし、誰にも言えず大変そうですよね。もっと頭使ってくださいよ、気配りもできないならなんで芽瑠先輩はコノハ先輩と一緒にいるですか?正直釣り合ってませんよね?まさか操られてたりしてます?あ~……それとも。レ・ズってやつですか?」
 唐突な最後の言葉の意味が分からず芽瑠は聞き返す。
「は?何言ってんだ気持ちわりぃ」
「……」
 駿は急に真顔に戻るとつまらなさそうに別れの言葉を告げる。
「じゃあ僕はこれで失礼しますね」
 姿を消した駿の姿を見届けてから芽瑠はフェンスの外をぼーっと見つめた。
「あれで年下かよ」
 芽瑠は静かに愚痴を漏らす。コノハの言う通り、一人じゃ歯が立たない。食われて終わるだけだった。
 コノハが心配なのにその自分から約束を破ったことに今更ながらばつの悪さを感じる。それは駿の言葉を聞いて思い出さされた。
 駿の奴は初めからわかっていて、ああいったような気がしてならない。恐らくそうだと芽瑠は遅れながら理解した。
 幸いにも今の所の駿は、その地位や立場に興味はなさそうだけど、いつ芽瑠の立場が駿に取られるかわからない。コノハのことは私がどうにかしないと。それによくわからないけどあいつの言っていたレズってことも気にかけておかないと。それと最後の一つ。考えたくはないがコノハに操られている可能性を捨てきれない自分がいた。
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