第5話 ワーストワン

文字数 3,793文字

 大阪
 STCO本拠点、地下闘技場
 年に2回の祭りに皆が湧き足だっていた。AからEまでの戦闘員らが一対一で決闘をするランキング選。その成績で順位が大きく変わることもある。
 何よりも戦闘員として日々ライバル視をしている隊員と直接、力比べができる。血気盛んな戦闘員にとってまさにお祭りだった。
 そんな中、Cランカー181位で今回のランキング選に参加していた藍は真剣にDランクのランキング戦に注目していた。
「おいおい藍。何そんなに注目してんだ?Dランクなんかお前興味なかっただろ」
 そういって藍の隣に座ったのはCランカー12位の石原先輩だった。彼は自身と相手の場所を入れ替える超能力を持っている。
 二人とも数々の任務をこなしたおかげでいくつか順位は上がり、藍はランクも一つ上がっていた。
「そのつもりだったんですけど……とんでもない奴が表れて」
 珍しく委縮した声で藍は言った。
 それは数日前にさかのぼる。


 地下闘技場の中で向かい合う二人の男がいた。
 黒髪で童顔の青年と金髪で容姿の整ったハーフの青年。
 今回はセメントで作られた円形に開けたステージ。
 ステージの端に立つぬいぐるむを持ったゴシックなワンピースの幼い少女がこのランキング戦の仲裁役。同時にステージの構成も少女が一人で作成している。
 Eランカー、150位の黒髪の青年は汗ばむ手で鉄の鞘のようなものが付いた刀を握っている。対するEランカー3位の金髪の青年は両腕に魔導器具を付けていた。 
「おいおい。ワースト~。そのおもちゃさっさと捨てたらどーだ?」
 そんな外野の叫びが5年連続ワーストワンの僕に突き刺さる。
 僕は時代遅れの日輪等を武器に戦う無能力者。僕の血筋がこの組織STCOへと誘っている。
 本来、戦闘員であるSTCOは全員が超能力者でこの日本を救うために日々修練を続け、任務では結果を残していっている。
 しかし、僕だけは違った。
 確かに皆と同じように誰かを助けたい、皆のために役に立ちたい気持ちは持っている。でも、その気持ちだけで人と殺し合う戦場の恐怖に立ち向かうことはできなかった。
 それは僕だけが超能力が使えない。そんな劣等感から来るものだった。
 本来はいるはずもできないはずのこの組織に父、龍崎の影響で無理やり入っているに過ぎない。だからこそ周囲からのけ者にされる。そして、父の力でこの試合に出されている。
「おもちゃじゃ……ない」
 その刀に刃はなく、両面が鉄の鞘でコーティングされている。人を殺傷することのできない刀だ。そんな刀を持った僕の力ない回答に対戦相手のレオンが嘲笑う。
 欧米とのハーフ顔で整った容姿にエリート家系。元傭兵上がりのこともあり彼の実力は本物だ。
「おいおい。なんかいったのか?どうしたんだ勝利!その名前の通り俺に勝って見ろよ!」
 その言葉に会場が勝利に嘲笑を向ける。そして、勝利を馬鹿にするヤジが飛び交った。
 僕の名前は勝利。こんな名前とは裏腹に実際の僕はひどく弱い。
「ほら!」
 そんな掛け声と同時にレオンの右腕に生み出された赤い槍。瞬く間に生み出された赤い槍は高音を奏でながら勝利へと飛来する。
 遠さに横に飛ぶ勝利。
 地面に突き刺さる赤い槍が少しして消えるとセメントの地面に黒く焦げた穴を残す。
「おーよくかわせまちたねー。えらいでちゅよー」
 子供をあやすかのように馬鹿にする。
「今度は続けて五本飛んでいくでちゅよー。もし当たったらかすり傷じゃすまないぞ!」
 言葉を続けるにつれ荒い口調が漏れる。
 金属のこすれるような高温と共に熱を帯びた赤い槍が宣言通り5つ生成された。
 勝利は横に走り少しでも被弾を防ごうと距離をとるが、遠距離が得意なレオンには逆効果であることはわかっていた。
 逃げる子供を追いかけるようにレオンの赤い槍が勝利を襲う。距離が開けば開くほど、飛来する槍を回避しやすくはなるが攻撃を与えることができない。
「いつまでつづくか見どころだな。せいぜいあがくがいい」
 レオンの両腕の周りにそれぞれ五本ずつ生み出された槍が勝利を一方的に襲う。一本の刀に対し相手は10本の槍。打ち出される槍は地面に刺さっても消えず、また動き出し勝利を背後から襲う。
 受け流すことしかできない。しかし、それでも赤い槍の熱と爆発を受け流すことができない。擦り傷や火傷が増えていく一方だった。
 隙をついて近づこうとしても、出していた赤い槍を爆発させ、自分の手元から新しい槍を生み出されてしまう。
 10本の赤い槍を自由自在に消したり作ったりすることができるレオンの超能力に勝利のできることはなかった。
 体中の服が焦げ、手足からは血がしたたり落ちる。
 ボロボロな勝利に降り注ぐのは嘲笑だけだった。
 勝利はそんな中、ふと過去のことを思い出した。試合に集中できていない。
 そう思いながらも動くこともなく地面に膝を付けたまま過去に思いふける。そして小さく笑った。
「ちょっと!なにやってのよ、あんた!」
 そんな女性の叫び声が外野から聞こえるが勝利の耳には届かない。
「もう終わりか?詰まらないな」
 勝利の周りに散らばる赤い槍が一斉に勝利へと飛来する。

 僕にはお姉ちゃんがいた。父親のきつい修行からいつもお姉ちゃんが庇ってくれて、僕に優しく教えてくれた強く立派なお姉ちゃん。
 ある日、まだ日が昇らない朝にいつものように道場に向かうと扉が壊れていた。何か大きな力で無理矢理にこじ開けられたようなそんな壊れ方だった。
 急いで中に入るとそこにいたのは父親と父親と同じ年ぐらいの大人の男の人がたっていた。いつもの道場の姿はそこにはなく至る所が砕けちり、抉られ、いつ崩れてもおかしくはない状況になっていた。
 どんな訓練、どんな戦闘をしたらこんなことになるのだろうか。常人無垢の何も知らない当時の勝利には理解ができなかった。
 呆然と立ち尽くす僕の頬に何かが付いた。上を見上げると天井も至る所がこわれ、その一部から何かが滴り落ちていた。
 僕は頬に付いた液体を手で拭い絶望した。その液体はまぎれもなく誰かの地だった。
 そこで始めて勝利は気が付いた。2人の大人の前に広がる血の水たまり。その真ん中に浮かぶ一人の女性。それは間違いなくお姉ちゃんだった。
 僕は何もできず声も上げることができなかった。涙も出ない。
 その場に固まった僕に眼もくれず、2人の大人が淡々と会話を続ける。
「連れてくぞ」
 父の言葉に男は頷き血の池に沈んでいた姉の体を持ち上げる。体中傷だらけで、その血が男の服にもたくさんかかっていた。
「あいつは?」
「捨てていけ」
「ああ」

 僕は人を前にした時、剣を振れなくなる。
 あの血の海を思い出してしまうからだ。
 あの日の真実を知るための条件として父から手紙が来た。それはSTCOのランキング戦を勝ち上がりAランカーの一位を倒すというもの。僕は半ば無理やりSTCOと参加したが戦えなかった。知りたい思いとトラウマがリンクして上手く行動に移せない。人に刃を向けるたびに、その目的の意志を姉さんのあの別れとつなげてしまう。
 僕は雑念を抱きながら木刀でただひたすらに素振りを続けていた。それが何もできない僕に残されていた一つのことだ。
 そんな時、僕一人しかいない大きな家に来客が訪れた。タグを見せびらかす5人の男が勝利を突き飛ばし殺しにかかる。
 それはSTCOの戦闘員の肩書のせいであることはすぐにわかった。どこの部隊にも所属しない、STCOのワーストワン。
 傭兵にとっては、手ごろで狙いやすい練習相手なのだろう。僕に賞金がかかっているとは思えないし、僕が命を狙われる理由などそれぐらいしか思い浮かばない。
 そんな傭兵相手に僕は木刀を向けた。銃や拳で戦うのが当たり前ない時代。
 刀など、超能力と魔法が生まれた世界にとっては原始的なアイテムに過ぎない。時代遅れもいいところ。
 傭兵たちは勝利の木刀を見ては笑い転げ、遊び道具の様にぼこぼこにされた。
 ここで死ぬんだと。姉さんのことを知りたい。その思いですら自分を変えられないんだと絶望した。
 そんな時に、とある男の人が僕の前に立ちが抱かり傭兵を一人残らず倒していった。剣のようなものを扱う彼は容赦なく傭兵を切り捨て僕を助けた。
 僕とそう変わらなそうに見えるのに彼はぼくなんかよりもとても強かった。剣技も心も。
 その時、僕の中で失われていた憧れがよみがえった気がした。彼に頼み込み弟子にしてもらった。
 彼の実戦経験はすごく多彩で勝利にいろいろな戦い方を教えてくれた。代わりのお礼に行く当てのない彼を家に招いた。誰もいない大きな家が男二人だけど、少しだけ賑やかになった気がした。
 それから標的にされていた勝利は家もばれていたせいで何度も襲撃されたが、その旅に彼が追い払うのを助けてくれて、次第に標的から外されていった。そして僕も剣技に自信を持つようになっていた。
 しかし、どうしても人を前にした時に剣を握ることが出来なかった。
 そんな僕に師匠は優しい言葉をかけてくれる。『自分のためじゃなくていい。自分の意志じゃなくていい』。
 僕はそんな師匠にどうしてそんなに強くなれたのか聞いた。
 すると師匠は深く黙り込んでから一言だけ答えた。『誰かのためにその剣を振るえば、どこまでも強くなれる』。
 その言葉が勝利の頭に深く残った。
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