第29話 エゴ

文字数 568文字

 私は間違っていたのだろうか。
 真実を知った行彦は、ひどく動揺し、学校に行けなくなったばかりの頃に戻ってしまったようだ。最近は、部屋からは出られないものの、穏やかに毎日を過ごし、笑顔も見せてくれていたのに。
 今は、終日ベッドにうずくまって涙を流し、食事もろくに受けつけない。頻繁に見る悪夢に悩まされてもいるようだ。
 
 やはり、行彦を引き取るべきではなかったのか。自分を捨てた男の子供を育てるなど、独りよがりな感傷でしかなかったのか。
 いや、志保に育てられていたら、果たして行彦は、幸せだっただろうか。そんなはずはない。
 あんな女に育てられていたら、繊細な行彦は、今より、もっとひどい状態になっていたのではないか。それは、約束もなしに突然やって来た、志保の常軌を逸した行動を見ればわかる。
 では、自分の本当の子だと偽って育てたことが間違いだったのだろうか。あるいは、志保の両親によって、よそに養子に出されていたら、行彦には、もっと別の……。
 
 だが、私は行彦を、どうしても自分の子として育てたかった。あの頃はまだ、照彦を忘れられずにいたから。
 行彦は、自分と照彦が愛し合った証なのだと思い込みたかった。私は、真実から目を背けて、幸せな幻想を見続けていたかったのだ。
 そう。すべては私のエゴだ。私のエゴで、行彦の人生を台無しにしてしまった!
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