第40話 違和感の正体
文字数 1,361文字
何か違和感があった。だが、それがなんだかわからないでいるうちに、さらに行彦は、先を続ける。
「その後も、お母さんは、何度も部屋にやって来ては泣いていたけれど、いくら僕が話しかけても、気づいてはくれなかった。僕も泣いた。悲しくて、寂しくて、お母さんに申し訳なくて。
そして、いつしかお母さんは、やって来なくなった。僕が死んだ後も、ときどき部屋の掃除をしてくれていた、家政婦の芙紗子さんも。
それから、長い長い時間が経った。無遠慮に部屋に上がり込んで来る人たちを見て、この洋館には、もう、お母さんも芙紗子さんもいないんだと悟ったよ」
行彦は、疲れたように、ふぅ、とため息をついた。伸は言う。
「無理に話さなくていいよ。少し休んだら?」
行彦は、わずかに首を振ってから、ゆっくりと上体を起こし、ブランケットを体に引き寄せた。
「大丈夫だよ。もう少しだから聞いてほしい」
伸は仕方なく、黙ってうなずいた。本当は、自分のほうが聞くのが怖いのかもしれないと思う。
「いくら僕が死んだからと言って、お母さんが黙っていなくなるはずはないから、きっと何か事情があるんだと思っていた。時間が経つにつれて、おそらくは、お母さんも、もう生きていないのではないかと……。
それならば、死者同士、会うことが出来るんじゃないかと期待したけど、そういうことにはならなかった。僕は死んでさえ、この部屋から出ることが出来ないでいるし。
僕は永遠に、この部屋で、一人ぼっちでいなくてはならないんだ。それはきっと、お母さんを苦しめた僕に対する罰だ。
そう思って、半ばあきらめていた。だけどあの日、伸くんがやって来たんだよ」
行彦が、濡れた瞳をきらきらと輝かせて伸を見た。
伸は、初めてこの部屋を訪れたときのことを思い返す。行彦のことを、ミステリアスな美しさをたたえた少年だとは思ったが、まさか、この世の者でないなどとは露ほども思わなかった。
それは、今でもまだ、そうなのだが……。
「驚いたよ。それまで、僕のことが見える人は一人もいなかったから。僕を愛してくれていたお母さんでさえ見えなかったのに」
夢見るような表情で、行彦は微笑んだ。
「次の日に、約束通り伸くんが会いに来てくれたときは、すごくうれしかった。来てくれなかったらどうしようって、ずっとドキドキしながら待っていたよ。
ドアをノックする音を聞いて、思わず駆け寄って、いつの間にか、ずっと触ることが出来なかったドアノブを握って回していた。それに、伸くんにだけ僕が見えた理由もわかった気がしたよ」
伸が、問いかけるように見つめると、行彦は話し出した。
「僕たちは、とてもよく似ていたから。お母さんを大切に思っていることも、いじめに遭っていることも、どうしようもない孤独を抱えていることも。
きっと、傷ついた魂同士が呼び合ったんだと思った。お互いの魂が、助けを求めていたんだよ」
あぁ、そういうことかと、さっき感じた違和感の正体がわかったのと同時に、行彦の言葉に納得した。行彦は続ける。
「僕は、ひどい目に遭わされても、じっと耐えている伸くんを見て、なんとかしてあげたいと思った。それに、僕みたいに逃げ出したりせず、気丈に学校に通って、いじめている相手の事情まで思いやる、強くて優しい伸くんに惹かれたんだ……」
「その後も、お母さんは、何度も部屋にやって来ては泣いていたけれど、いくら僕が話しかけても、気づいてはくれなかった。僕も泣いた。悲しくて、寂しくて、お母さんに申し訳なくて。
そして、いつしかお母さんは、やって来なくなった。僕が死んだ後も、ときどき部屋の掃除をしてくれていた、家政婦の芙紗子さんも。
それから、長い長い時間が経った。無遠慮に部屋に上がり込んで来る人たちを見て、この洋館には、もう、お母さんも芙紗子さんもいないんだと悟ったよ」
行彦は、疲れたように、ふぅ、とため息をついた。伸は言う。
「無理に話さなくていいよ。少し休んだら?」
行彦は、わずかに首を振ってから、ゆっくりと上体を起こし、ブランケットを体に引き寄せた。
「大丈夫だよ。もう少しだから聞いてほしい」
伸は仕方なく、黙ってうなずいた。本当は、自分のほうが聞くのが怖いのかもしれないと思う。
「いくら僕が死んだからと言って、お母さんが黙っていなくなるはずはないから、きっと何か事情があるんだと思っていた。時間が経つにつれて、おそらくは、お母さんも、もう生きていないのではないかと……。
それならば、死者同士、会うことが出来るんじゃないかと期待したけど、そういうことにはならなかった。僕は死んでさえ、この部屋から出ることが出来ないでいるし。
僕は永遠に、この部屋で、一人ぼっちでいなくてはならないんだ。それはきっと、お母さんを苦しめた僕に対する罰だ。
そう思って、半ばあきらめていた。だけどあの日、伸くんがやって来たんだよ」
行彦が、濡れた瞳をきらきらと輝かせて伸を見た。
伸は、初めてこの部屋を訪れたときのことを思い返す。行彦のことを、ミステリアスな美しさをたたえた少年だとは思ったが、まさか、この世の者でないなどとは露ほども思わなかった。
それは、今でもまだ、そうなのだが……。
「驚いたよ。それまで、僕のことが見える人は一人もいなかったから。僕を愛してくれていたお母さんでさえ見えなかったのに」
夢見るような表情で、行彦は微笑んだ。
「次の日に、約束通り伸くんが会いに来てくれたときは、すごくうれしかった。来てくれなかったらどうしようって、ずっとドキドキしながら待っていたよ。
ドアをノックする音を聞いて、思わず駆け寄って、いつの間にか、ずっと触ることが出来なかったドアノブを握って回していた。それに、伸くんにだけ僕が見えた理由もわかった気がしたよ」
伸が、問いかけるように見つめると、行彦は話し出した。
「僕たちは、とてもよく似ていたから。お母さんを大切に思っていることも、いじめに遭っていることも、どうしようもない孤独を抱えていることも。
きっと、傷ついた魂同士が呼び合ったんだと思った。お互いの魂が、助けを求めていたんだよ」
あぁ、そういうことかと、さっき感じた違和感の正体がわかったのと同時に、行彦の言葉に納得した。行彦は続ける。
「僕は、ひどい目に遭わされても、じっと耐えている伸くんを見て、なんとかしてあげたいと思った。それに、僕みたいに逃げ出したりせず、気丈に学校に通って、いじめている相手の事情まで思いやる、強くて優しい伸くんに惹かれたんだ……」