第44話 見舞い
文字数 1,189文字
入院中、思いがけないことがあった。病院で目覚めてから数日後のことだ。
少しずつ食べられるようになり、わずかずつではあるが、体力が回復しているのが、自分でも感じられるようになっていた。
それは、そろそろ早い夕食が配られるという時間だった。人の気配を感じ、入り口に目をやると、制服姿の松園が立っていた。
思わず起き上がって身構える。まさか、こんなところまで嫌味を言いに来たわけではないと思うが。
松園は、無言のままベッドのそばまでやって来た。
「な、何?」
それには答えず、手に持っていた紙袋を差し出す。
「翠月堂の和菓子」
受け取りながら答える。
「あっ。ありがとう」
「和菓子、苦手だったか?」
「そんなことは、ないけど」
それよりも、松園がやって来た理由がわからない。
じっと見ていると、松園が、ぼそっと言った。
「見舞い。っていうか、謝りに来た」
「……え?」
数秒間固まった後、ふと気づいて言う。
「そこの椅子」
「あぁ」
松園は、畳んであったパイプ椅子を広げて、どかりと座った。伸は、紙袋を両手で持ったまま、松園を見つめる。
やがて、松園が口を開いた。
「親父に聞いたよ。お前が、あの洋館で倒れてたって」
松園の父親は、再開発事業のスポンサーでもあるから、そんな情報も伝わるのだろう。
「お前がおかしくなったの、俺が、あそこに肝試しに行かせてからだよな」
「おかしくなったって……」
人の目には、そう見えていたのかもしれないが、そんなに自分は、おかしかったのだろうかと思う。
「それって、やっぱり俺のせいかなって」
「いや、そんな」
もちろん、松園が、嫌がらせで、伸を洋館に入らせたことはわかっている。でも、そのおかげで行彦に会うことが出来た。
悲しい結末にはなってしまったが、行彦に会って、二度と出来ないような素晴らしい経験をすることが出来た。松園には、むしろ感謝したいくらいだ。
それを今、ここで話すことは出来ないが。
「俺、お前に、ずいぶん、ひどいことをしたよな。……今さらだけど」
「いや」
松園が、がりがりと頭を掻く。
「言い訳にもならないけど、いろいろあって、お前に八つ当たりしたっていうか」
父親の女性に関する噂に、松園が鬱屈を抱えていたことは知っている。おそらくは、父親と、伸の母親の仲を勘繰っていたであろうことも。
そう思っていると、意外にも松園は、それについて自分から話し始めた。
「俺の親父の女癖が悪いのは、この町じゃ有名な話だよな」
「いや……」
松園は苦笑する。
「気を遣わなくていいよ。ここはそういう町だもんな。
お前だって母子家庭で、いろいろ言われて来たんだろ? ま、俺が言えた義理じゃないけど」
「それは、まぁ」
「俺、そういう親父が嫌でたまらなくて、反発して、私立の高校も、わざと受験のときに試験用紙を白紙で提出したんだ」
「えっ……」
受験に失敗したわけではなかったのか。
少しずつ食べられるようになり、わずかずつではあるが、体力が回復しているのが、自分でも感じられるようになっていた。
それは、そろそろ早い夕食が配られるという時間だった。人の気配を感じ、入り口に目をやると、制服姿の松園が立っていた。
思わず起き上がって身構える。まさか、こんなところまで嫌味を言いに来たわけではないと思うが。
松園は、無言のままベッドのそばまでやって来た。
「な、何?」
それには答えず、手に持っていた紙袋を差し出す。
「翠月堂の和菓子」
受け取りながら答える。
「あっ。ありがとう」
「和菓子、苦手だったか?」
「そんなことは、ないけど」
それよりも、松園がやって来た理由がわからない。
じっと見ていると、松園が、ぼそっと言った。
「見舞い。っていうか、謝りに来た」
「……え?」
数秒間固まった後、ふと気づいて言う。
「そこの椅子」
「あぁ」
松園は、畳んであったパイプ椅子を広げて、どかりと座った。伸は、紙袋を両手で持ったまま、松園を見つめる。
やがて、松園が口を開いた。
「親父に聞いたよ。お前が、あの洋館で倒れてたって」
松園の父親は、再開発事業のスポンサーでもあるから、そんな情報も伝わるのだろう。
「お前がおかしくなったの、俺が、あそこに肝試しに行かせてからだよな」
「おかしくなったって……」
人の目には、そう見えていたのかもしれないが、そんなに自分は、おかしかったのだろうかと思う。
「それって、やっぱり俺のせいかなって」
「いや、そんな」
もちろん、松園が、嫌がらせで、伸を洋館に入らせたことはわかっている。でも、そのおかげで行彦に会うことが出来た。
悲しい結末にはなってしまったが、行彦に会って、二度と出来ないような素晴らしい経験をすることが出来た。松園には、むしろ感謝したいくらいだ。
それを今、ここで話すことは出来ないが。
「俺、お前に、ずいぶん、ひどいことをしたよな。……今さらだけど」
「いや」
松園が、がりがりと頭を掻く。
「言い訳にもならないけど、いろいろあって、お前に八つ当たりしたっていうか」
父親の女性に関する噂に、松園が鬱屈を抱えていたことは知っている。おそらくは、父親と、伸の母親の仲を勘繰っていたであろうことも。
そう思っていると、意外にも松園は、それについて自分から話し始めた。
「俺の親父の女癖が悪いのは、この町じゃ有名な話だよな」
「いや……」
松園は苦笑する。
「気を遣わなくていいよ。ここはそういう町だもんな。
お前だって母子家庭で、いろいろ言われて来たんだろ? ま、俺が言えた義理じゃないけど」
「それは、まぁ」
「俺、そういう親父が嫌でたまらなくて、反発して、私立の高校も、わざと受験のときに試験用紙を白紙で提出したんだ」
「えっ……」
受験に失敗したわけではなかったのか。