第62話 記憶障害
文字数 1,577文字
過呼吸発作による意識の消失。原因は、おそらく疲労や精神的なストレス。
伸から倒れたときの状況を聞いた医師は、そのように判断した。目を覚ましたら、簡単な問診をした後、特に問題がなければ帰ってかまわないと。
だが、やはり母親に知らせなくてはいけないだろう。伸は、ユウの母親の連絡先を知らないので、ベッドのそばで、ユウが目を覚ますのを待つことにした。
行彦の墓に対峙することは、ユウには大きなストレスになったに違いない。もう少し配慮するべきだった。
かわいそうなことをしてしまった。ユウが倒れたのは自分の責任だ。
不安な気持ちで寝顔を見つめていると、やがてユウは、ゆっくりと目を開いた。
「ユウ、大丈夫か?」
ユウは、ぼんやりと伸に顔を向ける。
「どこか痛いところや苦しいところは?」
ゆるゆると首を横に振るユウに言う。
「今、お医者さんを呼ぶけど、その前に、お母さんの連絡先を教えてくれないか? 君が倒れたことを知らせないと」
まだぼんやりとしたまま、ユウがつぶやいた。
「……僕のスマホは?」
「あぁ、ここに」
ナースコールのボタンを押して、ユウが目覚めたことを知らせると、伸は、彼の母親に電話かけるために病室を出た。伸が一通り状況を説明した後、母親が聞いた。
「なぜ、そんなところに?」
伸は答える。
「私の古い知り合いの墓参りに付き合ってもらったんです。まさか、こんなことになるとは思わず、軽率でした。
申し訳ありません」
母親は、これから、すぐにそちらに向かうと言い、電話を切った。
病室の前で待っていると、問診を終えて出て来た医師が、伸に向かって言った。
「少しよろしいですか?」
「……はい」
「それではこちらに」
医師は、廊下を先に立って歩いて行く。
小さな面談室のような部屋に案内され、テーブルを挟んで腰かけたところで、医師は口を開いた。
「失礼ですが、西原さんとのご関係は?」
「あ……友人です」
怪訝そうな目で見られ、さらに言い添える。
「彼が、私の職場のアルバイトの面接に来まして」
「あぁ、なるほど」
それで納得したのか、医師はうなずいている。
「ところで」
医師は、思いがけないことを言った。
「西原さんには、一部、記憶障害があるようなのですが」
「……それは?」
「倒れたこと自体は、それほど心配はないと思いますが、彼は、ほかのことはともかく、あなたのことを知らないというのです。それから、墓地にいた理由も」
そんな……。愕然とする伸に、人のよさそうな医師は、申し訳なさそうに言った。
「彼は、未成年ですし、その……」
医師の言わんとすることはわかった。つまり、血縁者でもない胡散臭い男に、ユウの身柄をゆだねることは出来ないと。
いたって真っ当な話だと思う。虚しい思いを隠して、伸は言った。
「彼の母親に連絡しました。もうこちらに向かっていると思います」
「そうですか」
医師は、ほっとしたような顔をした。
本当にユウは、自分のことを忘れてしまったのか。ということは、行彦としての記憶も?
どういう理由でそうなったのかわからないが、初めて伸の顔を見た瞬間、彼の中で大きな変革があったように、墓の前に立ったときにも、同じようなことが起こったのかもしれない。
確かめたかったが、怖くて、ユウと顔を合わせることが出来なかった。面と向かって、お前など知らないと言われたら、いったいどうすればいいのか……。
結局、伸は、有希の母親が到着するまで、病院のロビーに座り続けた。
「安藤さん」
声をかけられ、顔を上げると、以前レストランで会ったときよりも、ずっと簡素な服装とメイクの、有希の母親が立っていた。あわてて立ち上がり、頭を下げる。
「すいませんでした」
それから、ユウがいる病室まで案内した。そして、母親が病室に入るのを見届けてから、伸は一人、病院を後にした。
伸から倒れたときの状況を聞いた医師は、そのように判断した。目を覚ましたら、簡単な問診をした後、特に問題がなければ帰ってかまわないと。
だが、やはり母親に知らせなくてはいけないだろう。伸は、ユウの母親の連絡先を知らないので、ベッドのそばで、ユウが目を覚ますのを待つことにした。
行彦の墓に対峙することは、ユウには大きなストレスになったに違いない。もう少し配慮するべきだった。
かわいそうなことをしてしまった。ユウが倒れたのは自分の責任だ。
不安な気持ちで寝顔を見つめていると、やがてユウは、ゆっくりと目を開いた。
「ユウ、大丈夫か?」
ユウは、ぼんやりと伸に顔を向ける。
「どこか痛いところや苦しいところは?」
ゆるゆると首を横に振るユウに言う。
「今、お医者さんを呼ぶけど、その前に、お母さんの連絡先を教えてくれないか? 君が倒れたことを知らせないと」
まだぼんやりとしたまま、ユウがつぶやいた。
「……僕のスマホは?」
「あぁ、ここに」
ナースコールのボタンを押して、ユウが目覚めたことを知らせると、伸は、彼の母親に電話かけるために病室を出た。伸が一通り状況を説明した後、母親が聞いた。
「なぜ、そんなところに?」
伸は答える。
「私の古い知り合いの墓参りに付き合ってもらったんです。まさか、こんなことになるとは思わず、軽率でした。
申し訳ありません」
母親は、これから、すぐにそちらに向かうと言い、電話を切った。
病室の前で待っていると、問診を終えて出て来た医師が、伸に向かって言った。
「少しよろしいですか?」
「……はい」
「それではこちらに」
医師は、廊下を先に立って歩いて行く。
小さな面談室のような部屋に案内され、テーブルを挟んで腰かけたところで、医師は口を開いた。
「失礼ですが、西原さんとのご関係は?」
「あ……友人です」
怪訝そうな目で見られ、さらに言い添える。
「彼が、私の職場のアルバイトの面接に来まして」
「あぁ、なるほど」
それで納得したのか、医師はうなずいている。
「ところで」
医師は、思いがけないことを言った。
「西原さんには、一部、記憶障害があるようなのですが」
「……それは?」
「倒れたこと自体は、それほど心配はないと思いますが、彼は、ほかのことはともかく、あなたのことを知らないというのです。それから、墓地にいた理由も」
そんな……。愕然とする伸に、人のよさそうな医師は、申し訳なさそうに言った。
「彼は、未成年ですし、その……」
医師の言わんとすることはわかった。つまり、血縁者でもない胡散臭い男に、ユウの身柄をゆだねることは出来ないと。
いたって真っ当な話だと思う。虚しい思いを隠して、伸は言った。
「彼の母親に連絡しました。もうこちらに向かっていると思います」
「そうですか」
医師は、ほっとしたような顔をした。
本当にユウは、自分のことを忘れてしまったのか。ということは、行彦としての記憶も?
どういう理由でそうなったのかわからないが、初めて伸の顔を見た瞬間、彼の中で大きな変革があったように、墓の前に立ったときにも、同じようなことが起こったのかもしれない。
確かめたかったが、怖くて、ユウと顔を合わせることが出来なかった。面と向かって、お前など知らないと言われたら、いったいどうすればいいのか……。
結局、伸は、有希の母親が到着するまで、病院のロビーに座り続けた。
「安藤さん」
声をかけられ、顔を上げると、以前レストランで会ったときよりも、ずっと簡素な服装とメイクの、有希の母親が立っていた。あわてて立ち上がり、頭を下げる。
「すいませんでした」
それから、ユウがいる病室まで案内した。そして、母親が病室に入るのを見届けてから、伸は一人、病院を後にした。