第79話 難問
文字数 1,406文字
有希が、そこで言葉を切ったので、ふと思い出して、立ち上がりながら言う。
「喉が渇いただろう? コーヒー淹れる? それとも」
「いいよ」
有希は、首を横に振る。
「僕の話を最後まで聞いて」
「……わかった」
伸は、座り直した。
「それでね、納得するには何が必要かって考えて、この前の休みに、墓地に行って来たんだ」
伸は、身を乗り出した。
「それは駄目だって言ったじゃないか。また倒れたりしたら……」
「ごめん。伸くんにそう言われたのは覚えていたけど、どうしても確かめたいことがあって」
有希は微笑む。
「でも、大丈夫だったよ。具合が悪くなったりもしなかった。
実は、僕もちょっと怖かったから、管理事務所の人に、場所を聞くふりをして、お墓まで付き合ってもおうと思ったんだ。そうしたら、その人、僕が倒れたことを覚えていて」
救急車を呼ぶなんて、そうあることではないだろうから、印象に残っているのも無理はない。
「だから、あのとき倒れちゃったから、ちゃんとお参りしてないんです。場所もちゃんと覚えていなくて、って言って」
いたずらっぽく笑う顔が、とてもかわいらしい。
「僕が確かめたかったのは、お墓に書かれている名前だよ。伸くんが言った通り、桐原行彦っていう名前も、桐原響子っていう名前も、ちゃんとあったし、享年も、聞いていた通りだった。
それで、やっぱり伸くんが言ったことは本当だったんだなぁって。だけど、自分がその人の生まれ変わりだっていうことは、なかなか実感がわかなくて……。
それで、気持ちを整理するのに、少し時間がかかった」
有希が、真っ直ぐに伸の目を見る。
「たくさん考えて、僕なりに結論を出したよ。
伸くんとの日々を全部忘れてしまっても、それでも伸くんのことを好きだと思うのは、やっぱり、それ以前の僕が、本当に伸くんのことを愛していたからだと思うんだ。もちろん、記憶を失っても、好みのタイプは変わらなかったのかもしれないし、それで今の僕も好きなのかもしれないけど」
まじまじと見つめられて、頬が熱くなるのを感じ、うつむく。
「それから、伸くんと出会ってから、ずっと僕の中にあった行彦の記憶が、突然なくなってしまったのはどうしてだろうって考えた。これは難問だったよ。
でも、答えを出した。これは、あくまで僕が考えたことだから、正しいかどうかはわからないけど。
行彦は、伸くんのことを深く愛していたけど、出会ったとき、彼は、すでに亡くなっていた。愛し合えば合うほど、伸くんの体をむしばんでしまうこともわかった。それで、やむなく身を引いたんだよね。
だけど、それでもなお、行彦は、ずっとずっと伸くんを愛していた。行彦の願いは、生まれ変わって、生きた人間として、普通に伸くんと愛し合うことだった。
どういう経緯でそうなったのかはわからないけど、彼は、西原有希として生まれ変わったんだ。
伸くんも、ずっとずっと行彦のことを思い続け、僕は、伸くんと出会ったとき、行彦としての記憶を思い出した。晴れて二人は、再び愛し合うようになった。
長い時間を経て、ようやく行彦の願いが叶ったんだよ。それで、行彦の魂は開放された。
一つの体の中に、二つの心や記憶があるのは不自然だし、正しいことではないから、あの日、お墓の前で、僕の体の中から行彦が抜け出たんだ。お母さんや、自分の遺骨が眠るお墓に、ようやくたどり着くことが出来たのかもしれない」
「喉が渇いただろう? コーヒー淹れる? それとも」
「いいよ」
有希は、首を横に振る。
「僕の話を最後まで聞いて」
「……わかった」
伸は、座り直した。
「それでね、納得するには何が必要かって考えて、この前の休みに、墓地に行って来たんだ」
伸は、身を乗り出した。
「それは駄目だって言ったじゃないか。また倒れたりしたら……」
「ごめん。伸くんにそう言われたのは覚えていたけど、どうしても確かめたいことがあって」
有希は微笑む。
「でも、大丈夫だったよ。具合が悪くなったりもしなかった。
実は、僕もちょっと怖かったから、管理事務所の人に、場所を聞くふりをして、お墓まで付き合ってもおうと思ったんだ。そうしたら、その人、僕が倒れたことを覚えていて」
救急車を呼ぶなんて、そうあることではないだろうから、印象に残っているのも無理はない。
「だから、あのとき倒れちゃったから、ちゃんとお参りしてないんです。場所もちゃんと覚えていなくて、って言って」
いたずらっぽく笑う顔が、とてもかわいらしい。
「僕が確かめたかったのは、お墓に書かれている名前だよ。伸くんが言った通り、桐原行彦っていう名前も、桐原響子っていう名前も、ちゃんとあったし、享年も、聞いていた通りだった。
それで、やっぱり伸くんが言ったことは本当だったんだなぁって。だけど、自分がその人の生まれ変わりだっていうことは、なかなか実感がわかなくて……。
それで、気持ちを整理するのに、少し時間がかかった」
有希が、真っ直ぐに伸の目を見る。
「たくさん考えて、僕なりに結論を出したよ。
伸くんとの日々を全部忘れてしまっても、それでも伸くんのことを好きだと思うのは、やっぱり、それ以前の僕が、本当に伸くんのことを愛していたからだと思うんだ。もちろん、記憶を失っても、好みのタイプは変わらなかったのかもしれないし、それで今の僕も好きなのかもしれないけど」
まじまじと見つめられて、頬が熱くなるのを感じ、うつむく。
「それから、伸くんと出会ってから、ずっと僕の中にあった行彦の記憶が、突然なくなってしまったのはどうしてだろうって考えた。これは難問だったよ。
でも、答えを出した。これは、あくまで僕が考えたことだから、正しいかどうかはわからないけど。
行彦は、伸くんのことを深く愛していたけど、出会ったとき、彼は、すでに亡くなっていた。愛し合えば合うほど、伸くんの体をむしばんでしまうこともわかった。それで、やむなく身を引いたんだよね。
だけど、それでもなお、行彦は、ずっとずっと伸くんを愛していた。行彦の願いは、生まれ変わって、生きた人間として、普通に伸くんと愛し合うことだった。
どういう経緯でそうなったのかはわからないけど、彼は、西原有希として生まれ変わったんだ。
伸くんも、ずっとずっと行彦のことを思い続け、僕は、伸くんと出会ったとき、行彦としての記憶を思い出した。晴れて二人は、再び愛し合うようになった。
長い時間を経て、ようやく行彦の願いが叶ったんだよ。それで、行彦の魂は開放された。
一つの体の中に、二つの心や記憶があるのは不自然だし、正しいことではないから、あの日、お墓の前で、僕の体の中から行彦が抜け出たんだ。お母さんや、自分の遺骨が眠るお墓に、ようやくたどり着くことが出来たのかもしれない」