第41話  同じ間違い

文字数 1,293文字

 行彦の言葉に、頬が熱くなる。
「俺も、行彦に強く惹かれたよ。多分、初めて会ったときから。
 最初のうちは、同性に対して、こんな気持ちになるのはおかしいと思って戸惑ったけど、途中から、そんなことはどうでもよくなった。行彦のことが好きなんだ」
 だが、そう言いながら、抱き寄せようとすると、行彦が、すっと身を引いた。伸は、頬を叩かれたような気持ちになって、行彦の顔を見る。
 
 行彦の顔が歪む。
「駄目だよ」
「どうして? 俺たち、愛し合っているんじゃないか」
 だが、こぼれた涙をぬぐいながら、行彦は言う。
「ねぇ、気づいてないの? 伸くん、僕と愛し合うたびに、どんどん弱って行ってる。そんなに痩せて、とうとう入院するまでになって……。
 僕も、最初のうちは気づかなかったんだ。だけど、初めて会ったとき、とても健康そうで輝いて見えた伸くんが、どんどんやつれて行くのは、多分、僕のせいなんじゃないかって思って。
 やっぱり、死者と交わったりしちゃいけないんだ。このまま続けていたら、伸くんまで死んじゃう!」
 
「そんなこと……」
「いけないってわかっていたけど、伸くんのことが大好きだから、伸くんに愛されたくて、伸くんと一つになりたくて、あともう一回、もう一回だけって……」
 行彦は、両手で顔を覆った。細く白い肩が震えている。その悲愴な様子からして、行彦が嘘を言っているとは思えない。
 だからといって、それが事実だとは、とても思えない。魂が呼び合っていようがいまいが、すぐそばにいる、実態も体温も感じられる行彦が、いわゆる幽霊だなんて信じられるはずがない。
 
 伸は、再び行彦を抱きしめる。行彦が押しのけようとするが、腕に力を込めて阻止する。
「愛してる。行彦としたい。それで死んだってかまわない」
「駄目だよ……!」
 なおも腕を振りほどこうとしながら、行彦は嗚咽する。
「伸くんは、死んじゃ駄目だよ。伸くんが死んだら、お母さんが悲しむよ」
 その言葉に、はっとして、一瞬、腕の力がゆるんだ。すかさず、行彦が体を離す。
 
 行彦は、伸を近づけまいとするように、ブランケットを握りしめ、広いベッドの際まで後ずさった。
「伸くんに、僕と同じ間違いを犯してほしくない。僕は、お母さんに、とても辛い思いをさせてしまった。
 発作的にそうしただけで、深い考えがあったわけじゃないし、本当のところ、死にたかったわけでもない。でも、自分の浅はかな行動のせいで、お母さんの人生まで台無しにしてしまったんだ。
 いくら後悔してもし切れないよ。一度死んだら、生き返ることは出来ないし、今では、お母さんだってもう……」
 
 確かに、母を悲しませることは本意ではない。母を悲しませたくない一心で、今までずっと、孤独にも、いじめにも耐え続けて来たのだ。
 病院で目を覚ましたときの、母の心配そうな顔が頭に浮かぶ。そして、初めて見た母の涙。もしも自分が死んだら、母がどれだけ辛い思いをするか……。
「行彦の言うことは、よくわかったよ。俺だって、お母さんのことは好きだし、悲しませたくない。
 でも、俺と別れたら、行彦はどうなるの?」
 行彦の瞳が揺れる。
「それは……」
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