第30話 原因

文字数 1,038文字

 精密検査をしたが、体のどこにも異常は見つからなかった。だが、一向に体調は回復せず、むしろ当初より悪化していると言ってもいい。
 食事が喉を通らず、体がだるくて、長く起きていられないのだが、原因がわからず、医師も首をひねっている。しばらく入院を続け、輸液などの治療をしながら様子を見ることになった。
 もうずっと洋館に行くことが出来ずにいる。行彦に会いたいし、彼がどうしているのか心配でならないが、今の状態では、どうすることも出来ない。
 伸はただ、心の中で呼びかける。行彦、ごめん。必ず会いに行くから、どうか待っていてほしい。どうか、一人で泣いたりしないでほしい……。
 
 
 浅い眠りから覚めると、ちょうど病室に、医師が入って来たところだった。
 母が、立ちあがって頭を下げる。母は、伸が入院して以来、病院に通うために、カフェの営業を午後からにしている。
 医師が、母に向かって言う。
「どうぞお座りになってください」
 それから、母と伸の顔を見ながら言った。
「少しよろしいですか?」
 
 
 医師は言った。
 内臓の働きが少し弱っているものの、疾患というほどのレベルではない。それにも関わらず、食欲不振と体調不良が続いている。
 内臓以外の原因の一つとして、心因性のものが考えられるが、何か心当たりはないか。一度、心療内科の医師の診察を受けてはどうか、と。 
 話を聞いた母は、心配そうに伸を見つめている。
 
 伸は、医師に聞いた。
「それは、悩みがあるかとか、そういうことですか?」
 医師がうなずく。
「そうだね。君の場合だったら、たとえば、学校で、何か嫌なことがあったとか」
「嫌なことなんて、別にありません。少なくとも、具合が悪くなるようなことは」
 松園たちには、ずいぶんひどいことをされたが、今に始まったことではないし、それも、最近では止んでいる。行彦と出会ってからは、むしろ毎日が幸せだったのだ。
「そう。でも、自覚していなくても、ストレスになっているということもあるからね」


 心因性の原因などないと言ったにも関わらず、その日の午後、心療内科の医師が病室にやって来た。学校のことや家でのことを、根掘り葉掘り聞かれた。
 学校に友達がいないことを知ると、医師は、ふんふんと意味ありげにうなずいていたが、それは小さい頃からずっとそうだし、そんなことが原因であるはずがないのは、伸自身がよくわかっている。
 もちろん、松園たちのことや行彦のことは話さなかった。誰にも話すつもりはないし、誰にも知られたくない。
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