第76話 混乱

文字数 1,064文字

 次の日、噴水の前に行くと、伸は、先に来ていた。有希を見て立ち上がった伸は、以前にも増して痩せたように見える。
 その原因は、やはり自分なのだろうか。自分は、そんなに伸を悩ませているのか……。
 それでも伸は、近づいて行くと、右手を上げて微笑んでくれた。有希は、小走りに近づく。
「待たせてごめん」
「いや。俺も今来たところだよ」

 それから、二人そろってベンチに腰を下ろした。
「はいこれ。前のコンビニで買って来た」
 有希は、肩にかけていた布のバッグから、ペットボトルの飲み物を出して、一本を伸に差し出す。
「ありがとう。気が利くね。こういうことは、俺がしなくちゃいけないのに」
「うぅん。喉が渇いていたから」
 伸は、キャップを外して、飲み物を口に運ぶ。そして、何口か飲んで、キャップを閉めた後、おもむろに話し始めた。
 
「これから話すことは、にわかには信じられないような内容だと思うし、本当は、君は何も知らないほうがいいと思う。俺は、今もまだ、出来ることなら、君は、このまま帰ったほうがいいと思っている。
 でも、もうそれではすまないこともわかっている。俺が、もっとうまくやればよかったんだけど、ろくなことが言えなくて、君に不信感を抱かせてしまった」
「不信感なんて……」
 自分が感じているのは、決して、そんなことではない。

「自分なりに、いろいろ考えて、その結果、やっぱり、すべてを話すしかないと思った」
 そこで伸は、ふっと笑う。
「要するに、もっともらしい言い訳が思いつかなかったんだけど……」
 有希は、伸の横顔に向かって言った。
「どんなことでも、僕は受け止めるよ。僕は、真実が知りたいんだ」

 伸が、有希の目を見た。
「これから俺が話すのは、真実だよ。でも、信じるか信じないかは君の自由だし、そこから先は、自分で判断してほしい。
 最後に言っておくけど、君は、聞いたことを後悔するかもしれない。それでも聞きたいかい?」
 有希は、即座に答える。
「聞きたい」

「そうか。とても長い話になると思うけど」
 そう前置きをして、伸は話し始めた。
「高校生のとき、俺は、いじめに遭っていたんだ……」


 伸が、すべて話し終えたとき、辺りには夕暮れが迫っていた。もう間もなく、閉園のアナウンスが聞こえて来ることだろう。
 何も言葉が出ない。頭の中が、ひどく混乱している。
 有希は、ふらりと立ち上がると、呆然としたまま出口に向かって歩き始めた。伸に、挨拶もせずに来てしまったと気づいたときには、すでにゲートの前だった。
 はっとして振り返ったが、どこにも伸の姿は見当たらなかった。
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