第27話 入院
文字数 1,683文字
体のだるさと息苦しさを感じて目を覚ますと、伸は、見慣れない部屋に横たわっていた。
ここは? ぼんやりと見回すと、壁際に座っていた誰かが近づいて来た。
「伸!」
泣きそうな顔で叫んだのは、母だ。母は、畳みかけるように言う。
「いったいどうしたっていうの? なんであんなところに。お母さんが、どれだけ心配したと思ってるの!」
そんなに一度に言われても、答えられない。それよりも。
「ここ、どこ?」
呆れたように、伸の顔を見つめながら、母が言った。
「病院よ。あなた、ホテルで倒れて、救急車で運ばれたのよ。突然、病院から電話がかかって来て、驚いたわ」
「お店は?」
「そのときいたお客さんに事情を離して、臨時休業にしたわよ」
「ごめん……」
母がため息をついた。
「そんなことはいいわよ。それより、なんであの人、立花さんに会いに行ったりしたの?
駄目じゃない、ご迷惑かけて。あなた、とても痩せているし、顔色がよくないから、最初から心配だったっておっしゃっていたらしいわ」
痩せているし、顔色が悪い? 自分では、そんなふうに思っていなかったが。
この頃、あまり食欲はないけれど、体は、いたって元気なつもりだった。ただ、今はとても疲れているし、ひどく体が重い。
「お母さんだって、ずっと心配していたのよ。ご飯も食べられないほど何を悩んでいるのかと思ったけど、伸、何も話してくれないから」
「悩んでなんてないよ」
行彦と出会ってから、ずっと、とても幸せだった。ただ、洋館を取り壊すことに納得がいかないだけだ。
母が言う。
「お医者様は、おそらく疲労と栄養失調だと思うけれど、どこかに疾患があるかもしれないから、念のために精密検査をするって。
そのために、何日か入院してもらうから、手続きをしてくださいって」
「え?」
それは困る。今夜だって、行彦に会いに行くつもりなのに。
「俺は元気だよ。入院なんて必要ない」
「いい加減にしなさい!」
突然、母が大きな声を上げたので、驚いて、伸は、びくりと身を縮めた。
「あなた、自分の姿を鏡に映してよく見てみなさい。これ以上、勝手なことは許さないわよ。
お母さんの言うことが聞けないなら、今すぐ親子の縁を切るから、どこへでも行きなさい!」
そう言うなり、母は、顔を覆って泣き出した。
初めて母の涙を見た。小さい頃からずっと、母に心配をかけまいと思って、辛いことにも耐えて生きて来たのに、今になって、とんでもなく心配をかけてしまっている。
「ごめん……」
小さな声で謝った伸に、母は涙をぬぐいながら言った。
「お願いだから、入院して、ちゃんと検査を受けてちょうだい。お母さん、伸にもしものことがあったら、どうしていいか……」
「わかった」
母は、入院手続きをしたり、伸の食事の世話を焼いたりして、面会時間が終了するぎりぎりまで病室にいて、明日の朝、必要なものを持って、また来ると言って帰って行った。
行彦のことが、とても気になったが、母と約束をしたし、そうでなくても、体がふらついて力が入らず、とても洋館まで行けそうにない。今まで元気だったのが嘘のように、壁につかまりながら、病室のすぐ外にあるトイレに行くのが精いっぱいだ。
せめて連絡だけでもしたいと思ったが、行彦の電話番号もメールアドレスも知らない。毎晩、会いに行っていたから、連絡する必要を感じたことがなかったのだ。
きっと行彦は、心配していることだろう。いつまで待っても来ない伸のことを思って、一人ぼっちで泣いているかもしれない。
行彦、ごめん。行彦、会いたい……。
母に言われたことを思い出し、トイレに行った際に、洗面台の鏡に映る自分をまじまじと見てみた。驚いた。
これが、俺? 今まで、どうして気がつかなかったのか。
言われてみれば、ひどく痩せていて、顔色も悪い。これでは見た人に、どこか具合が悪いのかと思われても仕方がないだろう。
そう言えば、松園たちも、最近は目が合っても、不愉快そうに目をそらすだけで、何も言って来なかった。さすがに、半病人のような伸に、手を出す気にはなれなかったということか。
ここは? ぼんやりと見回すと、壁際に座っていた誰かが近づいて来た。
「伸!」
泣きそうな顔で叫んだのは、母だ。母は、畳みかけるように言う。
「いったいどうしたっていうの? なんであんなところに。お母さんが、どれだけ心配したと思ってるの!」
そんなに一度に言われても、答えられない。それよりも。
「ここ、どこ?」
呆れたように、伸の顔を見つめながら、母が言った。
「病院よ。あなた、ホテルで倒れて、救急車で運ばれたのよ。突然、病院から電話がかかって来て、驚いたわ」
「お店は?」
「そのときいたお客さんに事情を離して、臨時休業にしたわよ」
「ごめん……」
母がため息をついた。
「そんなことはいいわよ。それより、なんであの人、立花さんに会いに行ったりしたの?
駄目じゃない、ご迷惑かけて。あなた、とても痩せているし、顔色がよくないから、最初から心配だったっておっしゃっていたらしいわ」
痩せているし、顔色が悪い? 自分では、そんなふうに思っていなかったが。
この頃、あまり食欲はないけれど、体は、いたって元気なつもりだった。ただ、今はとても疲れているし、ひどく体が重い。
「お母さんだって、ずっと心配していたのよ。ご飯も食べられないほど何を悩んでいるのかと思ったけど、伸、何も話してくれないから」
「悩んでなんてないよ」
行彦と出会ってから、ずっと、とても幸せだった。ただ、洋館を取り壊すことに納得がいかないだけだ。
母が言う。
「お医者様は、おそらく疲労と栄養失調だと思うけれど、どこかに疾患があるかもしれないから、念のために精密検査をするって。
そのために、何日か入院してもらうから、手続きをしてくださいって」
「え?」
それは困る。今夜だって、行彦に会いに行くつもりなのに。
「俺は元気だよ。入院なんて必要ない」
「いい加減にしなさい!」
突然、母が大きな声を上げたので、驚いて、伸は、びくりと身を縮めた。
「あなた、自分の姿を鏡に映してよく見てみなさい。これ以上、勝手なことは許さないわよ。
お母さんの言うことが聞けないなら、今すぐ親子の縁を切るから、どこへでも行きなさい!」
そう言うなり、母は、顔を覆って泣き出した。
初めて母の涙を見た。小さい頃からずっと、母に心配をかけまいと思って、辛いことにも耐えて生きて来たのに、今になって、とんでもなく心配をかけてしまっている。
「ごめん……」
小さな声で謝った伸に、母は涙をぬぐいながら言った。
「お願いだから、入院して、ちゃんと検査を受けてちょうだい。お母さん、伸にもしものことがあったら、どうしていいか……」
「わかった」
母は、入院手続きをしたり、伸の食事の世話を焼いたりして、面会時間が終了するぎりぎりまで病室にいて、明日の朝、必要なものを持って、また来ると言って帰って行った。
行彦のことが、とても気になったが、母と約束をしたし、そうでなくても、体がふらついて力が入らず、とても洋館まで行けそうにない。今まで元気だったのが嘘のように、壁につかまりながら、病室のすぐ外にあるトイレに行くのが精いっぱいだ。
せめて連絡だけでもしたいと思ったが、行彦の電話番号もメールアドレスも知らない。毎晩、会いに行っていたから、連絡する必要を感じたことがなかったのだ。
きっと行彦は、心配していることだろう。いつまで待っても来ない伸のことを思って、一人ぼっちで泣いているかもしれない。
行彦、ごめん。行彦、会いたい……。
母に言われたことを思い出し、トイレに行った際に、洗面台の鏡に映る自分をまじまじと見てみた。驚いた。
これが、俺? 今まで、どうして気がつかなかったのか。
言われてみれば、ひどく痩せていて、顔色も悪い。これでは見た人に、どこか具合が悪いのかと思われても仕方がないだろう。
そう言えば、松園たちも、最近は目が合っても、不愉快そうに目をそらすだけで、何も言って来なかった。さすがに、半病人のような伸に、手を出す気にはなれなかったということか。